1-24 体育祭じゃああああ!
陽射しが強いグラウンドに全校生徒がクラスごと、番号順で並んでいる。暑い。暑過ぎる。校長先生のながったるい話が耳に全く入ってこない。
が、最後の最後に言い放たれた言葉は、辛うじて耳に届く。
「熱中症に気を付けて体育祭を楽しんでください」
……今この時が一番熱中症になりそうじゃボケー!!? と心の中でツッコミつつ、手に持ったハンドタオルで汗を拭き取る。
その後、選手宣誓とか校歌とか歌ったあと、準備体操に入る。その際、八十メートル走に出場の方は入場門に集まってくださいとアナウンスが聞こえた。俺は一つため息をついて向かう。
「あ、巽君」
佳那芽さんの横を通り過ぎた時、呼び止められる。俺は顔だけ佳那芽さんに向けた。
「頑張って、巽君」
ああ、これは嬉しいな。俺は嬉しさで顔がにやけないようにポーカーフェイスを作って、少しだけ顔を緩ませる。
「ありがと、それなりに頑張るよ」
それだけ言った。うん、空回らない程度に凄く頑張ろう。移動完了後、準備体操はラジオの言う通りに進められ、八十メートル走出場選手以外が各クラスのテントに戻ったのを皮切りに選手入場のアナウンスが入った。
八十メートル走は各学年男女二人ずつで、一レース六人を一二レース行う。体育祭のチームは一組が赤、二組が青、三組が黄色、四組は緑、五組が紫、六組が白だ。
俺が走るのは六レース目なのでまだ少し走るまで時間があるため、暇だ。赤チーム速いです、緑チーム頑張ってくださいという体育祭らしい実況をぼーっと聞きながら足首を回していると、突然肩を叩かれる。
なにかと思って振り向くと、全く知らない男がいた。低身長気味で、髪をきっちり七三分けした白髪にきついつり目。絵に描いたようなお坊ちゃまだなというのが第一印象だ。ハチマキの色が黄色なので、三組なのはわかるが。
「……誰?」
「ほう、この私を知らないとな」
「知りません」
「万死に値するぞ」
「わあ、それはすごいですね」
「ちょっと反応が適当過ぎないか天篠巽!」
怒りをあらわにして俺を睨むお坊ちゃま。どうしろってんだ。
「それで何の用です? てか誰」
「知らないとは本当に残念よな。私は
「……っていう設定、とかですかね?」
「本名じゃコラー!」
「あ、すいません」
「え? あ、別にわかればいいのだ。だから顔を上げないか」
流石に失礼過ぎたと思って素直に頭を下げると、城善道院君は先程の勢いが完全に消え失せ、いきなり優しくなった。
それはまあいいとして、俺になんの用だろうか。そういえばまだ聞いてなかった。って、そんなこんなで出番きちゃったよ。
「城善道院君は何レース目?」
「ん? 六だが」
「じゃあ行きましょう。出番ですよ」
「うむ、ならば行くとしよう。いい勝負をしようではないか」
まさかそれだけ言いにきたのか? まあいっか。俺は青のハチマキを頭に結び、スタートラインに立って、腰を落としてスターターピストルが鳴るのを待ち……
パンと響いた刹那、駆ける。八十メートルという距離はあっという間にゴールに着く。流石に陸上部の短距離走の人には勝てず、二位だったが、まあいい方だ。
そして城善道院君は三位のようだ。本当にいい勝負になってた。
「速いんだね、城善道院君は」
「君の方が速かったがな」
「逃げ足はまあ速いと自負してる」
「なんだ、それは。まあいい、次は負けないぞ」
そう言って城善道院君は歩いてこの場を後にして、何故かダッシュで戻ってきた。
「違あああああああああうッ!」
「なになになに!? 何なのさ?」
「違うんだよ! 私がしたいのはこんなどこぞの熱血バトル漫画のようなものでなく、真剣な恋の勝負だ!」
「え? 城善道院君も俺のことが好きなの?」
「違うに決まっているだろう!? ていうか『も』ってなんだ『も』って!」
しまった。勝負と聞いて頭の中に玲司がよぎったせいで変なことを言ってしまったようだ。気を付けなければ。
「ごめん、いきなり叫ばれたから俺の中で『は』と『も』が同じ意味になってた」
「ああすまんな。確かにこれはびっくりするよな。……いやだから違う! とりあえず聞き給え天篠巽」
「うん」
こくりと頷きつつあんな言い訳で納得するんだと心の中で思う。誰もがは? となりそうなものだが。
「私は朱野さんが好きなのだ。つまり何が言いたいかわかるか!」
ああ、なるほど。とすぐに理解した。彼は俺の恋敵と呼ばれる人なんだと。確かに真剣勝負になるな、これは。
「その顔、わかったようだな。首を洗って待っていろ。朱野さんの前で恥をかかせてやるからな!」
その言葉を最後に、城善道院君はどこかに去っていった。ああもう、面倒くさい人に絡まれてしまったなぁ。
***
自分のクラスのテントに戻ると、部のメンバー全員と、沙和ちゃん、そしてルーシーさんがいた。
ルーシーさんは俺を見つけるや否や飛びついてくる。
「やあタツミ! 足速いんだね!」
「あ、ありがとうございます。ちょ、離れてください」
戸惑いながら言うと、ルーシーさんはすぐに離れてくれた。ふう、何とか彼氏持ちに変な気起こさずに済んだぜ。
「おお、ごめんごめん」
ルーシーさんは余り悪びれもない様子で謝り、たははと笑う。笑いごとでもないように感じたが、魅羅の普段通りの様子を見てルーシーさんは頻繫にこれをしているのかと考える。
悶々とする方がおかしいのだろうか。無理だろ、あんなの脅威だぞ。
「てか、みんな次の競技に出る人いないんだ」
ここに全員いるってことはそうなんだろうけど、そういえばみんなが出る種目知らないな。
「そうね。次の次にある二人三脚でアタシと玲司、ひかちゃんと沙和ちゃんが出るわ」
「じゃあ少し時間があるわけだ」
だからといって何をするんだって話だが。
「そうだ、巽ー」
「なにー?」
「写真撮ろー」
「え? 何で?」
「体操服の巽の写真が欲しい」
「ああなるほど。こういう時しか撮る機会ないしな。スマホで撮るのか?」
「いいや」
玲司は首を横に振って、バックをごそごそと漁り始めた。そしてとある物体をすっと取り出す。
「一眼レフ」
「ちょっと待て。ガチすぎん?」
「でも、巽のことを撮るんだよ?」
「そんな当たり前じゃんみたいな顔されても」
超真剣な眼差しを向けられ続けられると、玲司が正しく思えてくるのは何でだろうか。まあいい、せっかくだし一眼レフカメラで撮ってもらおう。
「撮れればなんでもいいよ、うん」
「やった! じゃあ朱野さん、任せていいかい?」
「任せて!」
頼もしいな、おい。めっちゃうきうきしてるのが少し怖い。だが、カメラの構え方がなんか様になっているような気がする。良い写真が撮れそうだと感じるほど。
「はい撮るよー。もっと寄って寄って。ほらもっと寄らないと入らないよ。ぎゅって抱き合って!押し付け合って!」
「何を!? 佳那芽さん暴走してない!? あと玲司くっつき過ぎだ!」
どんちゃん騒ぎの状態になってしまった。ああもう最近玲司粘り強いんだけど。全然剥がせないし佳那芽さんは何故かその様子をパシャパシャ撮るし。
俺は助けを魅羅にアイコンタクトで求める。察しのいい魅羅すぐに気付いてくれた。
「撮るなら撮るで急ぎなさい。こだわりたいならお昼とかにしたらいいんじゃないかしら?」
おお、結局またこの状況になるやつだと思うがナイスと思っておこう。実際に現状だけなら何とかなったわけだし。
「む、確かにそろそろ僕の出番か。とりあえず一枚ツーショットだけ撮っておいて後で色々撮ろう」
「その色々が怖いけど、まあ妥当だな」
というわけで、無難に並んでピースして写真を撮る。なんでこれじゃあダメなんだろうか。玲司らが二人三脚に向かった後、コンクリートのちょっとした出っ張りに腰を掛け、俺は玲司から預かった一眼レフカメラで撮った写真を見ながらそんなことを思う。
そしてもう一つ、思うこと。
「……笑えてる……よな」
カメラに向かってピースして、笑顔を見せる自分はとても自然な笑顔をしているように見えた。
「巽君?」
突然隣から声がして、俺は少し驚く。佳那芽さんが隣に、拳二つ分空けて座っている。でも俺の顔を覗き込むようにこちらに体を傾けているので思ったより近い。
そんなこんなでドギマギしていると、佳那芽さんの視線が一眼レフカメラの画面に移った。
「ふふっ、いい笑顔じゃん」
「ああ、本当に。あいつはいつでもいい笑顔してるよ」
「巽君もだよ」
「あー、うん。そうだね」
妙な気恥ずかしさがあって、そっぽ向く。今目とか合ったら絶対きょどる。
「巽君は変わってくねー」
佳那芽さんはそう言いながら、立ち上がって俺に手を差し伸べてきた。
「……え?」
「応援行こ。ルーシーさんと日野君はもう行っちゃったし、宮原君の応援しないとだしね! 巽君が!」
「やっぱりそこ押すね」
俺は困ったように笑いながら、俺は差し伸べられた手を取って立ち上がり、すぐに離した。手を差し伸べてくれたのにそれを無下にするのは失礼だしな。
「ありがと。じゃあ行こうか」
とりあえず、体育祭を楽しむとしよう。今年は楽しく過ごせそうだからな。
***
足に紐を結び終え、僕は巽の方を見た。こちらを見て何かを言っているように見えるが……よく見るとわかる。口パクをしているようだ。
いけずだなあ、巽は。だがあまり見くびってもらっては困る。僕は脳内で巽に色んな応援をしてもらいながらスタート位置に立った。
ふふ……ふふふふふっ。
***
「巽君、応援は?」
佳那芽さんが口をパクパクさせて手を振っているだけの俺を見て何やっているんだこいつみたいな視線を向けてくる。少し痛いな、その視線。
「友達とはいえ今は敵だからなあ。それにこれだけであいつは喜んでるし大丈夫だろ」
「わぁ、適当だぁ」
そう思うのは致し方ないが、実際に玲司ニヤニヤしてるんだよなあ……
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