2-11 夏休み最後のイベントへ!
合宿以来、俺と佳那芽さんは特に何もなく過ぎた。雅さんとは何度か連絡を取り合ったが、進展などありやしないまま夏休みが過ぎていき、気付けばもう花火大会当日。
おかしいな、夏休みこんなに少ないっけ。あと二ヶ月くらい足りなくない?
朝にやらねばならない家事を終えた俺はソファーに寝っ転がり、スマホの画面に浮かぶ二十四という日付を見ながらそんなことを考えていた。
「おはよー、お兄ちゃん」
「ん、おお。おはよう咲哉」
咲哉は中学の部を引退し、受験勉強を始めており、昨日もそれなりに遅くまでやっていたんだろう。お疲れさん咲哉。
「受験勉強はどうだ?」
「めんどくさい」
「だよなあ、俺もめんどくさい思い出しかねえ」
赤本も個人的にはうーんって感じではあった。一応真面目に解いて解説もちゃんと理解したけどさ。
「俺と同じところにするんだったよな」
「うん」
頑張れよ、はやめたほうがいい。現代っ子はもう頑張ってるじゃん! ってなるからねえ。俺は別にどうでもいい派なんだけど。
「高校で待ってるな」
微笑みかけながらそう言うと咲哉が嬉しそうに笑った。
「うん、待っててよ」
うん、いい笑顔だ。こんな応援でもやる気が出てくれるのなら、安いもんだ。頑張れよ、咲哉。
「そいや、今日って花火大会だよね? 皆さんくるの?」
「ああ。今回は合宿のメンバーに加え、都合で合宿にこれなかった人もくるよ」
「へえ、男の人? 女の人?」
「女性。魅羅いたろ?その彼女さん」
「魅羅さんって彼女さんいるんだ」
「そ。超別嬪さんだよ」
「へえ」
咲哉は大して興味なさそうに返事を返す。個人的にはもっと女性に興味を抱いてほしいのだが。あ、別に寝取りやれってことじゃないよ。そういうのは二次元だけにしようね。
「待ち合わせはお兄ちゃんの高校の最寄り駅に六時半だったよね」
「そ。楽しみだよ。着物着てくるらしいし!」
「お兄ちゃんが楽しそうで何より。でも犯罪はダメだよ」
「そこは懸念しなくて大丈夫だぞ咲哉」
まったく、お兄ちゃんを何だと思ってるのか。超真摯でへたれな俺がそんなことするわけがない。ないですとも。
「本当かなぁ。まあいっか。僕もう少し勉強してくるよ」
「なんか飲み物とか食い物いるか? 持っていくぞ?」
「あ、じゃあ紅茶淹れてほしいな」
「おっけ、すぐに持っていくよ」
キッチンに立ち、紅茶の準備をする。咲哉は受験勉強、じゃあ俺は何をしたらいいんだろうか。みんなはどう過ごしているだろうか。
……まあ夏休みくらい、やることなければぐうたらしてていいか。なんか、宿題早く終わらせたは終わらせたで寂しいものだ、と漠然と思いながら、俺は紅茶をカップに淹れた。
***
食っちゃ寝をして過ごすと、案外あっという間に時間が過ぎた。こんなにだらだらしたのはいつぶりだろう。小学校入ってからは真面目に宿題と予習と復習してたからそんなにだらだらしてない。中学もその頃から家事しだしてだらだらできてない。
……流石に勤勉過ぎない? もっと怠惰になりたい。
「お兄ちゃん? そろそろ着替えなきゃじゃない?」
「ん、ああ。そだな」
「うん、というわけで事前に引っ張り出しておいたこれ着ようよ、お兄ちゃん」
「それは、甚平か」
咲哉が持っているのは二種類の甚平。黒を基調としたしじら織りの物と、紺の綿麻甚平だ。そんなの、この家にあったんだ。
「お父さんに聞いたらあるけどどこにあるかわからんって。せっかく掘り起こしたから着てこうよ」
「まあ、せっかくだしな」
用意してくれたんなら着なきゃ失礼ってもんだ。俺が快く承諾すると、咲哉はとても嬉しそうに笑う。そんなに嬉しいもんかね。
「さて、さっさと着て行くかね」
「うん!」
二人でせっせと着替えて集合場所に向かう。道中、佳那芽さんの着物はどんなのかなと空想しながら。
待ち合わせ場所にはほとんどみんな揃っているようだ。姿が見えないのは、女子メンバーのみ。
「よ、玲司」
「あっ! 巽! 久しぶり!」
びゅーんと飛びついてくる玲司をひらりと躱し、その後ろにいる魅羅たちに手を振る。
「よ、おひさ」
「久しぶり、たっつん、咲哉きゅん」
「お久しぶりです、天篠先輩、咲哉君。甚平着てきたんですね」
「ああ、何か着ることになってな」
「お兄ちゃん似合ってるよ! いいよ!」
「確かに、似合っているぞ天篠」
「ありがとうございます」
そんなになのか。そこまで言われると天狗になりそうになっちゃうから少し控えてほしい。ていうか俺が似合ってる似合ってないはどうでもいい。俺は早く佳那芽さんの浴衣姿が見たいです。
「佳那芽さんたちは?」
「女子メンバーは一斉にくるわ。たっつんたちがきたから男子メンバー全員集合っと。これでもうすぐくるわ」
「……そう」
何を狙っているんだか。まあ今から超楽しみだ! 一体どんな浴衣を……
「たーつーみっ!」
「おわっ!?」
突如背中にのしかかる重みと柔らかい双丘。この声は雅さんか、いつの間に後ろにいたんだか。
「ちょ、いきなり抱きついてこないでよ」
文句を言いながら振り向いて、一瞬固まってしまった。
俺の後ろには雅さんがいた。
紫陽花柄の浴衣を着ており、帯も浴衣よりも濃い目の紫。髪型は右側に流したサイドダウンできちっとした印象を受けた。普段遊んでいるように見える分のギャップを感じているだけかもしれないが。
「どう?」
にやにやと笑いながら見せびらかしてくる雅さん。これは何らかのコメントしなきゃかな。
「凄い似合ってると思うよ」
「可愛い?」
「まあ、うん」
「へへっ、そっか」
大変満足そうな雅さんの後ろに、こちらをじっと見てくる佳那芽さんの姿が見えた。完全に不機嫌だなと彼女の顔を見て思った。
そんな佳那芽さんの浴衣は太さ、間隔が不揃いの白と紺のボーダーに椿の花が咲いており、黒の帯が巻かれている。髪を留めている
佳那芽さんは俺に意見を求めるような、そんな視線を向けてきた。なんて言うべきか悩む。
でも、好きだってことがバレてるなら、どストレートにかわいいって言っていいのでは?
佳那芽さんは好意を向けられていると知っても拒絶しなかった。あの日雅さんが言っていた、彼女の優しさなのかもしれないけど、賭けてみてもいいんじゃないかな。
俺は佳那芽さんに近づく。佳那芽さんは俺を見ているまま。というか睨んでるの方が近いかもしれない。まあ誤差だ。
「凄く、可愛い」
心の底から思っていることを正直に言う。とは言え綺麗だよ、は流石にキモがられるのではと思ってチキった。
「……それは、浴衣が?」
目を逸らして、佳那芽さんは俺に問う。そんな愚問を。
「うんん、全体的にかな。佳那芽さんと浴衣含めて可愛いと思いました」
「……そうですか」
そう言われて嫌だ、という反応はなかった。嬉しそうにする反応もないが、まあそれは当たり前か。
「むう、佳那芽には可愛いって言うんだね」
雅さんが俺の横腹を突きながら文句たらたらといった表情で言う。確かに言わなかったけれど。
「ちょっとお二人さん、出てきて速攻バトルしないでよ」
佳那芽さんの更に後ろから、ルーシーさんと沙和ちゃんがやってくる。ルーシーさんは紺色と白の市松模様の浴衣に、黄色の帯を合わせている大人びた感じで、沙和ちゃんはブルースターのちりばめられた白ベースの浴衣にピンクの帯と可愛らしい感じの装いだ。
がしかし、俺にはそれよりも気になったことがある。
「バトルとは?」
「え? あー、こっちの話だよ、気にしない、気にしない」
「そうですか」
明らかに隠したが、追求した所で言ってくれないだろう。
「たつみぃ、何で避けるのさ」
そう言いながら玲司が背後から抱きついてくる。しまった、油断して背後を取られた。
「いや、正面から突進されたら誰でも避けるだろ。あと抱きつかれると暑い!」
「僕は嫌じゃないよ」
「じゃあ俺は嫌だ」
俺は体を捻って非力な玲司の抱きつきから抜け出す。不満そうな顔でもするかと思ったが、少しの間抱きつくことができて嬉しかったっぽい。俺が言うのは変だと思うから心の中で。それでいいのか玲司。
「さてと、ともかく全員揃ったんだ、会場に向かおう」
部長の一言に、俺と正臣以外は元気よく「おー!」と返事する。かと言って俺と正臣は何も言わなかったわけでなく、「そうですね」と返事はしている。
花火大会の会場は駅から電車で十分ほどにある駅を降り、少し歩いたところにある川の近くだ。電車内は花火大会に行く人が多いせいか、満員に近い。これは佳那芽さんとラブコメ的展開が期待できるのではと思ったが、俺の周りを男子メンバーが囲むように陣取っているせいでそんなかけらもありやしない。
何この隔離みたいな男の壁は。流石に酷くないですかね。俺は早くこの状況から解放されたいと早く目的地につけと念じ続ける始末。
その地獄を抜け出し、花火大会会場に向かうと、徐々に周囲のざわめきが大きくなる。何年ぶりだろう、花火大会にくるの。覚えてないや。
「ようし、みんなで見て回るとしようか!」
『おー!』
ワクワクを隠せない様子の部長を見て、まあ最後にいつ行ったかなんてどうでもいいかと思い、俺も混ざって控えめに叫ぶ。
花火が打ち上がるまで、あと一時間。それまでには決着を決めよう。いいや、決めてやる。
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