2-13 俺らしいっちゃ俺らしい
「俺は質問に一つ答えた。だから一つ質問に答えてほしい」
そう呼び止めると、有男夢君は何だと言わんばかりにの表情でこちらを振り向く。だから俺は言葉を続ける。
「もし、有男夢君が船の船長だとして、指針が狂ってしまったらどうする? 周りには島が見えないとして」
「……その質問の意図が私にはわからんが、だからどうした。そう思う。指針など無かろうと、我が道を行けばいいだけの話ではないか? 遭難したのなら悪手だが、精神的話ならばそれで十分だろう?」
そんなこともわからないのかと今にも言われそうな雰囲気に、少しばかり言葉を失った。
「叶えたいと願えば、それに通ずる道には乗れるだろう。後はその道のりの途中の失敗を活かし、成功に繋げられるかだ。指針を失ったごときでころころ目的を変えてしまえば混沌まっしぐらではないか」
「……そう、だよな。貫くべきだよな。ありがとう有男夢君」
礼を言うと、有男夢君は問題ないと小さく言ってから俺に背を向ける。
「私の失敗談だよ。二兎追うものは一兎も得ず、というべきか。目的は、成したいことはひとつづつ成すべきだと思う。あれこれ追ってはいけない。それじゃあな、巽」
「ああ、ありがとう。有男夢君」
***
「俺は……雅さんを、選ばない」
俺の声はすぐに消えてしまい、辺りは静寂に包まれた。この静けさが、途轍もなく居心地が悪い。感覚では長い間に思われた静けさは実際ものの数秒で、雅さんはそっかと残念そうに言った。
「うーん、残念だけど仕方ないね。断ったってことは佳那芽と上手く行ったわけ? どうやって口説いたんだか」
「いや、佳那芽さんには何も言ってないよ」
「……え?」
明らかに、困惑した様子を見せる雅さん。何か言いだすそぶりを見せないので俺が続けようと言葉を探す。
「告白はまだしてない。この後でするつもりだよ」
「な、なんで? 別に佳那芽に告白してからでもいいって言ったじゃん」
「滑り止めみたいで嫌なんだよ。それに、誰でもいいわけじゃないから。俺は、佳那芽さんが欲しいから」
言ってることきもくない? 大丈夫? 内心ハラハラしながらちょっとカッコつけた言い方をしたことを後悔する。ま、まあ佳那芽さん本人いないから多少はね?
そんな風に内心でおどけて見せないと正直身が持たない。さっきから雅さん黙ったままだし、それが途轍もなく痛い。
「えーっと……」
「意味わかんない」
「え?」
「意味わかんないよ。佳那芽から返事貰ってからでいいって言ったのに、何でそんなに佳那芽に執着するわけ?」
「何でと言われても好きだからとしか」
そう言うと、雅さんはぎりっと歯噛みした、ように見えた。それはどういう意味を孕んでいるんだろう。それを、はっきりさせたいなあ。
「雅さんも本当の恋をすればわかるんじゃないの?」
少しだけ嘲笑気味に言って煽って見る。すると雅さんは煽りに乗ったようで、俺のことをキッと睨みつける。
「わかるわけないでしょ! 夢見すぎなんだよ! うちが長らくわからないこと、あんたなんかにわかられてたまるか!」
「好きでもないのに好きって言ったら、何がわかるのさ」
俺の言葉に、雅さんは何かを言いかけて、固まった。目が左右に泳いでいるのが見て取れる。
「……」
「否定しないの?」
「……なんで」
なんで。それはなんでわかったのかって事だろうか。まあ、普通なら気付かなかったかもしれない。彼女自身、上手く行っていたと思っていたんだろう。
「似たようなことを体験したことがあるからね」
ため息混じりに言うが、雅さんは何のことを言っているのかわからないようで首を傾げている。ならば言ってやる。吐き出してやる。一歩、また一歩近づいて、雅さんの目の前に立つ。
「好きだって嘘つかれたあげくに酷い目にあったことがあるんだよね、俺。だからかな。なんとなくわかるよ」
はったりでも何でもないただのつまらない実話。だからこそ、俺はこんなにも虚ろな目ができる。それを見て、雅さんは言葉を失っているように思う。
「……佳那芽に騙されるとか思わないの?」
「知らんよそんなん。知らん知らん」
「はあ?」
「だからこそ惚れさせる…………努力をしてます」
最初こそ正面を真っ直ぐ見据えて宣言するが、後半は目が泳ぎまくった。それを雅さんはジト目で睨んできた。
「いきなり弱腰」
「仕方ないでしょ自信ないんだから」
でも、と付け加える。でもそろそろ逃げてばかりは嫌だ。それに、玲司が走り出すきっかけを実質くれたようなものだ。逆戻りなんてできない。じゃないと二度と前を向けなくなる気がする。
だから。
「それなりに頑張りますよ。勝算なんてほとんどゼロだけど、悪あがきするよ」
それじゃと告げて俺はこの場を去ろうとする。でも甚平をグイッと引っ張られ、こけそうになるが何とか踏みとどまる。
「うおっとと、何さ」
「……玉砕しろ。あんたなんて絶対女に好かれないんだから!」
恨みがましく俺を睨みつけながら雅さんは叫ぶ。
「ひでぇ。男には好かれるってかよ。ちなみに否定も肯定もしてないけど俺のことは」
「嫌い」
「ですよね」
知ってた。正面からはっきりと言われ、思わず笑みがこぼれる。やっと、というべきか。彼女の素顔の一部を見れた気がして安堵した。心の引っかかりはもう何もない。後は思いっきり行くだけだ。
「それじゃあ、また」
今度こそ、雅さんに止められることはなかった。それを確認してから俺は佳那芽さんの元に走った。
***
馬鹿だなあと、遠くなっていく背中を見ながらうちはため息をつく。興ざめだ。途中までは上手く行ってたはずなんだけど。
「あほみたい。帰ろ」
うちが彼の真逆の方へ足を向けると、木の陰から人影が出てきた。巽に思いを寄せている男、宮原玲司。
「見事な玉砕っぷりだったね」
「見てたの」
「ああ」
「それで? 何しにきたの」
「僕は巽のことを見にきただけだよ」
「あっそ」
うちは宮原の横を抜ける。これ以上ここにいたっていみなんかない。
「いい男だと思わないか」
「は?」
突然そんな事を言い出すものだから思わず振り返り、反応してしまった。やらかしたと思いつつ、誰が? そう訊こうとしたが宮原はすぐに名前を言った。
「巽だよ」
「……どこが」
「それ僕に聞くかい? 全部って言うよ?」
ケラケラと笑いながらなんの恥かしげもなく言ってのける。今は鬱陶しいとしか思えなかった。
「あっそ。じゃあ帰るから」
今度こそ帰れる。そう思った矢先、宮原に腕を掴まれた。
「巽は優しいよね。すごく優しい。でも……僕は逃さないよ。こんな事しでかしておいてはい興醒めって言って逃げられると思うなよ?」
「ッ……!」
背筋が凍る。うちを睨みつける宮原の眼差しは、とても恐ろしい。
「さて……巽の様子、見に行かなきゃね」
一瞬にして、般若のような顔はいつもの万人受けするような笑顔に戻り、巽が向かった方へと歩き出す。うちの腕を掴んだまま。
「……え?ちょ、うちは帰るっての! てか普通に力あるくない? ちょ、離せーっ!」
***
指定した場所に着くと、佳那芽さんが一人で立っていた。おかしいな、玲司たちもいて、俺がきてから二人きりになる予定だったはずではなかったか。
「佳那芽さん」
「……や、巽君」
「玲司たちは?」
「宮原君はトイレに行ったっきり。他のみんなはついさっきどっか行っちゃった。十秒くらい前に」
「タイミング良すぎない?」
どうやったらそんなドンピシャにどっか行けんだよ。つーかどっかで見てるよね。絶対見てるよね!
どうせ見つからないだろうが一応周りを見てみる。うんいねえ。
「なんかねー」
「うん?」
何が面白くて笑っているのかは定かではないが、やけに楽しそうに話し出す佳那芽さん。
「巽君が通るであろう所に正臣君と仁科君と沙和ちゃんがスタンバイしててね、そこを通ったところで部長に報告、撤退したの。みんなスパイ映画でミッションこなしてるみたいだったよ」
「ノリがわかんねえ……まあ長い間佳那芽さんが一人きりじゃなくてよかったよ」
「それで、何か話があるんだよね」
「佳那芽さんもいきなりぶっ込んでくるねぇ」
「私、も?」
「雅さんも速攻本題入れてきたから」
「どんな話したの?」
俺の目をじっと見て問いかける佳那芽さん。この話題はやめた方が良かったかなと思いつつ、「ああ……」と言葉と言葉の合間を埋めるために適当に声を発する。
「告白を断ってきた」
「……なんで?」
「好きな人がいるから」
そう言うと、佳那芽さんは何も言えなくなったようで、すーっと目を逸らした。まあもうバレてるしね。こっちは大して恥ずかしげなく言えるわけさ。
「それで、本題だけど」
「……うん」
好きです。それを言うだけ。歌であれば簡単に言える言葉が、今は一向に言えない。喉で、引っかかっている。
でも、伝えなければ。ちゃんと、真正面から。
「す――」
き。最後の一文字が、突如として引っ込んだ。断られる。彼女の悲しげな眼を見て、そう感じた。その表情のまま、断られることに、恐怖を覚え、俺は……
「——好きな人います?」
馬鹿でろくでなしの甲斐性なし。ほら、完璧な自己評価だろう?
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