1-5 俺攻略を本格的にやるそうです!

 翌日、七時五十分。いつも登校するときに出る時間になり、家事を終わらせた俺は行ってきますと適当に言い捨てて、家を出た。家に残っていたのは俺だけ。両親は共働きで、朝早くに出て行き、弟は部活の朝練。なので返ってくる言葉は一つもなかった。

 いつも通り過ぎて、逆に安心する。

 学校に着くと、案の定と言うべきか。校門前で玲司がいた。玲司は俺の姿を見つけるや否や、笑顔を浮かべて手を振ってくる。その隣には正臣の姿があり、じっと俺を睨んでいる。ごめんね、二人の時間邪魔しちゃって。


「おはよう、巽!」


「ああ、おはよう玲司、正臣」


「……おはようございます、先輩」


「今日は何時から待ってたんだ?」


「七時」


「いや早過ぎだから。全く、俺はいつもこのくらいに学校着くから」


「でもそれに合わせたら巽わざと早く来そう」


「しないから三十分以上待つのは勘弁しろ」


「うん、わかった!」


 また、笑顔。何故そんなにも笑顔になれるのか。もしかしたら玲司とは生まれた星が違うのかもしれない。じっと見ていると玲司がふっと顔を背けた。


「た、巽? そんなに見られると流石に照れるよ」


「ああすまん、考え事してた」


「そっか。ああそうだ、巽。今日のお昼一緒にご飯食べない?」


「ん、いいぞ。どこで食うんだ?」


「……」


 承諾するも、返事が返ってこない。不思議に思って玲司を見ると、何故か驚いていた。はて、俺は何か変なことを言ったか? いや、そのようなことは言っていないと思うが。


「玲司? どうした?」


「……………きた」


「何て?」


「巽のデレ期きた」


「ようし、別々で食べるのな。わかった」


「待って待ってごめん! あっさりと了承してくれると思わなくて」


 なるほど、とは思わなかった。何故俺が玲司と飯を食うことに反対しなければならないのか。その疑問だけが残っただけだ。


「まあ呆然としてたことはわかったということにして、どこで食うんだ?」


「うーん、どっちかの教室とか?」


「移動するの面倒だけど、中庭とかか?」


「移動面倒なら僕が巽の教室まで行こうか?」


「何だか騒ぎになりそうだけど」


「何回もウロチョロしたことあるから大丈夫だよ」


「そうか、何回も……おい? 何したことあるって?」


 ストーカーはもしかすると魅羅の冗談ではと思っていたが、これはガチかもしれん。


「正臣は来るかい」


「いい。二人でどうぞ」


「わかった。巽、二人っきりだよ! やったね!」


「はいはい、そりゃよかったな」


 俺は適当に流しつつ、昇降口に向かう。その時視線を感じたのはきっと気のせいだろう。


 ***


 教室に入ると、いつも律義に俺に挨拶してくる子と目が合った。

 仁科にしなはな。ぱっちりと大きな瞳。薄紅色の唇、ふっくらとした頬、そしてボンキュッボンという基本的な男の理想のスタイルをしている濃い茶髪の元気っ子だ。

 何故いつも挨拶してくるのか、未だ謎だ。高校一年の頃からずっと。


「お、おはよう天篠君」


「うん、おはよう仁科さん」


 俺は笑顔を作って、挨拶を返した。

 本当は無視したいのだが、そうしてしまえば彼女の友達にボロクソ言われるからな。まあ挨拶返したら返したらで男にヘイト向けられるんだけど。彼女は誰とでも仲良くしようとするから人気が高いし。

 席に着くとふわと欠伸がひとつ。今日も授業中寝そうだな。俺は寝ても問題ない時間が何時間目か確認してから、ラノベを取り出して読み、担任が来るや否や片してぼーっとする。授業は板書だけ真面目にやり、聞き流した。

 だからか、昼の時間が来るのが早いなと思った。玲司、本当に来るのかな。なんて考えていると、教室に玲司が入ってくる。まだ昼休みになって五分程度しか経っていないというのに。

 すると、クラスの連中が騒ぎ出す。やっべー、超帰ってほしい。なるほど、俺が飯を食うのを断る理由はこれか。くそったれ、頭回ってなくて考え付かなかった。


「まさか、朱野さんかな」


 という声が聞こえた。朱野あけの佳那芽かなめ。この学校で一番美人と言われている。艶やかな黒髪をショートボブにし、目鼻立ちがすっとしているからかクールな雰囲気のある女の子だが、ふと見せる笑顔にクールな感じはなく、可愛い。スタイルはいわゆるスレンダーだが、胸は見た目よりあると噂されている。

 ……ちなみに、俺の好きな人でもある。

 それは置いておいて、クラスの連中がそう言うのも無理ない。玲司が教室に来ることで誰に会いに来たのかと考えれば、玲司と同じレベルの朱野さんになることだろう。

 マジで今は玲司と話したくねえな。どんな目を向けられるか、想像がつくから。

 とうとう、玲司が俺の横に立った。やっぱり、教室内がざわつき、皆バカみたいな推測をしだす。


「……や、巽! 来たよ」


「ん、じゃあ食うか、飯」


 俺は平然を装いながら自分の弁当を左端に寄せると、玲司は購買で買ってきたであろうパンを空いたスペースに置いた。ちらと玲司を見ると、一見いつもと変わらないが少しばかり居心地が悪そうだ。まあですよね。

 暫く経って、興味が失せた人がちらほらと見受けられるが、まだ視線を送ってくる奴がいる。世間話を続けるのも、苦痛になっている。


「……ごめんな、玲司」


「……え?」


「居心地悪いだろ?こうなるの、少し考えればわかることだった。中庭で食う方が絶対マシだったな」


「……そんなことない」


 そう言う玲司の声は微かに震えていた。正直何言っても何にもならないような気がして、黙りこくってしまう。


「こうなるかもしれないと思ってた。僕が巽に関わっていることが表に露見することで、見せ物みたいになるって」


 唐突に玲司が語りだす。そう、今この現状は見せ物。一番適切な言葉だなと思ってしまった。


「それでも、僕は巽の傍にいたいんだ。傍にいて、巽を苦しめることいっぱいある。それでも僕が巽の傍にいることで、楽しいって感じることの方が多くなるようにしたいって思った。攻略とか抜きにして、青春を一緒に楽しみたいんだ。笑顔が、見たいんだ」


 玲司は俺の目をじっと見つめたまま、言い切った。そういえば、最後に笑顔を浮かべたのはいつだっけ。

 じわり、じわりと胸が熱くなる。必要とされていることに嬉しさを感じる。俺をここまで見てくれていた人がいたかな?

 ……いない。親は弟ばかり可愛がっているし、他人だって……

 俺は、玲司をぎゅっと抱きしめた。


「え!? ちょ、巽!? そんないきなり……」


「ありがとうな、玲司。……本当に、ありがとう!」


 きっと今、笑えてる。笑顔ができてる。嬉しい。その感情だけでも、ここまで高ぶるものなんだ。


「た、巽。嬉しいけど、恥ずかしいよ」


「お前が周りなんて気にすんなって言ったんだろ?だから気にしない。今はお前だけ見てやるよ」


 俺は体を離し、玲司の頭をくしゃりと撫でて笑う。すると玲司は顔を真っ赤にして、両手で顔を覆う。


「巽、好きぃ……」


「はいはい、わかってますよ」


 適当にあしらいながらまた笑う。そこで、なんだか他と違う視線が向けられているような気がして、何気なくその方を見た。

 バッチリと、朱野さんと目が合った。俺は玲司を見ているのだと思ったが、確実に俺と目が合っている。数秒見返してみると、朱野さんは顔を赤らめ、そっぽ向いた。

 だからなんだって話だ。俺の目つきが悪かったから目を逸らしたのかも。頬が赤いのだって、何かしらの理由があるのだろう。なので気にしないのが得策だ。

 そこからは楽しく、時間の経過が早く感じた。


「おっと、もうこんな時間か、僕らは教室に戻るよ。また明日ね」


「明日? 放課後はいいのか?」


「ああうん。ちょっと用事があってね。部長もバイトでいないし、今日は休みにしようかなって」


「わかった、またな」


「ああ、じゃね」


 ひらひらと、適当に玲司が見えなくなるまで振って、下ろす。何でもない動作だ。でも、こんな何でもないような動作にも嬉しさを感じた。


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