2-10 わからないから
みんながホテルに戻る中、俺は散歩に行くと告げて、夜の砂浜をゆったりと歩いていた。
静かな中歩いているとごちゃごちゃになっていた頭がクリアになっていくように感じた。未だに指針は狂ったままだけれど、まだましだ、と思う。
雅さんの告白が、昔の嫌な記憶と類似していることで、俺は過剰に動揺しまった。でも、同じと言い切る証拠なんかどこにもない。雅さんが俺のことを本当に好きか、好きじゃないかなんてわかりっこない。
説明しようのない違和感がまとわりついている状態で、それを無視することは俺にはできない。
……俺が勝つ条件は女の子とお付き合いをすること。雅さんでもいいのではないか。佳那芽さんに告白して、それ次第にしたらいいんじゃないか。
そんなくそ野郎みたいな考えが浮かんだ俺は頭を激しく振った後、両頬をパチンッと叩く。その答えは最悪だ。許されるわけがない。
「あーくそ、頭痛い」
「ふむ、頭痛薬でも持ってこようか」
夜空を気怠く見上げてながら、声をこぼすと何故か反応された。振り返ってみてみれば、城善道院君がいた。
「……いや、遠慮しておくよ、明日には治るはずだから」
「わかった。取りに行くのが面倒だしな」
「いやもらうならもらうで俺の方が取りに行くよ流石に」
「……思い悩んでいるようだな。この分では面倒ごとは増やせまい。また後日にするよ」
「ん? なんか用があるの? 別に今でも構わないよ」
立ち去ろとする城善道院君を呼び止める。今以上に厄介なことにはなるまい。
「無理をするな天篠巽。私は単に一つの質問をしにきたに過ぎない。いつでも可能だ」
「たった一つの質問だろう? 今済ませておこうよ」
「ふむ、天篠巽がそういうなら、お言葉に甘えるとするか」
城善道院君は俺の隣に立ち、地平線辺りを見つめていた。一体いつ切り出してくれるのか。
「一つだ。私が質問したいことは」
「うん、どうぞ」
「ある人のことを思うと、胸が高鳴り、同時に痛むのだ。これは何だ?」
……??? 何でそんなこと聞くのだろう。そんなこと、佳那芽さんを好きな城善道院君ならわかるのではないか。まあいっか。
「恋とかじゃないのかな」
「ふむ、そうか」
城善道院君はしばらく黙り込む。そして――
「ならば私は天篠巽、お前のことが好きなのか」
特大爆弾を投下した。刹那、俺の頭をフル回転を開始。対応パターンとそれに対する城善道院君の発言パターンそすべて算出し、一番完璧に乗り切ることができる答えを導き出す。その時間、実にコンマ一秒未満!
「少し待とうか、早合点はよくないぞ城善道院君。俺は恋『とか』と言ったはずだ。断言などしていない」
「う、うむ、そうだな。……なんかキャラ違くないか? そんな雰囲気賢そうなキャラだったか?」
「誰が普段は馬鹿でろくでなしの甲斐性なしだ!」
「そこまでは言っていないだろう!?」
「まあそれはいい。大体合ってるからな」
「合っているのか……それで、その『とか』には何が当てはまるのだ?」
「……えっと、その、あれだよ。親友になりたいって思ってるんだよ」
少しばかり、静けさが漂う。うん、流石に苦しいよねこれは。さっきの頭超回転みたいなのどこ行ったんだって話だ。
「なるほど、合っているかもしれない」
え、これで行けるの? てか合ってんのかいな。こりゃたまげたなぁ。
「そうか、腑に落ちたぞ。そうか」
どこか嬉しそうに首を縦に振り続ける城善道院君。まあ尋ねてきた本人がいいのなら何も言うことはない。
「ならば天篠巽、これからは私のことは有男夢と呼んでくれ。特別に許可しよう」
「ああうん。じゃあ俺のことは巽でいいよ」
「そうかそうか。ならば、またな巽。私は戻るよ」
「ああうん。またね、有男夢君」
こちらに背を向けて歩いて行く有男夢君に少し声を張ってそう言うと、ぴたと止まって、一つ。呼吸を入れた。
「ああ、二学期にな」
背中越しに手を振って、ホテルに戻っていく。
……あああああ!? どうなってんだよ此畜生! 今更何で男が寄ってきやがるんだ。俺いつ好感度上げました? 出会ってそんなに経ってねえじゃんか!? 俺は頭を抱えてその場に蹲る。有男夢君の言葉に甘えてまた今度にすべきだった!
だが救いは今すぐどうにかしないといけないものではないということ。今は雅さんの方を……
「ま、待って有男夢君!」
「ん、どうしたんだ。巽」
有男夢君は慌てて呼び止められたことに少しばかり驚いているように見えた。だが、それに構ってられるほどの余裕はない。てんぱってわかんなくなったら、先ずは目を覚ますべきだ。
「俺は質問に一つ答えた。だから一つ質問に答えてほしい」
***
朝目が覚める。三日目の朝だ。と言ってもほとんど帰るだけなんだけど。今日も今日とて六時前に起きた俺は、カーテンを開けずに外側に入って、外を見る。
朝日は既に顔を覗かせ、世界を照らす。やらねばならないことははっきりとした。後は心の準備をするだけだ。
勝負は、八月二十四日の花火大会。佳那芽さんと雅さんに予定あったらその時考えよう。
「この夏が、勝負どころかあ」
憂鬱でもあるが、ここらでちゃんとしなきゃなあ。とりあえず、起床時刻まで昨日と同じように過ごした。
起床時刻を過ぎてから、俺は朝食を食べにバイキングへ。食うものを選びつつ佳那芽さんを探す。と言っても、すぐに見つかったが。
「おはよう佳那芽さん、少しいいかな。一分もかからないから」
「おはよ巽君。いいよ、別に一分以上になっても」
「ありがとう。それで、八月二四日なんだけど、予定空いてるかな?」
「二四日? 花火大会?」
「そう、それ。どうかな。別に二人で行こうってことじゃなくて、玲司とか、魅羅とか呼んでみんなでさ」
チキンな俺には二人でどう? という勇気はなかった。流石に無理。俺にはまだ早い。終始二人きりは。
「なるほど、いいよ。そういうことならみーちゃんも呼んでいい?」
「いいよ。というか誘うつもりだったからそっちで誘ってくれるならありがたい。あと、二人で話せる時間も、それこそ一分でいいからほしいんだけど、大丈夫かな?」
「……うん、いいよ」
佳那芽さんは驚いた様子で俺を見て、頷く。それを見て俺はほっと息をつく。
「ありがとう」
「こっちこそ誘ってくれてありがとね。楽しみにしてる」
「ああ、俺もだよ」
「宮原君とイチャイチャを」
「ちょっとならね」
そう言いながらサラダをさらに盛り付け、席に向かう。
「え……ちょ、どっ、どういう意味それ! ちょっとなら、ちょっとなら絡みが見れるの!? 巽君待って、詳しく! ちょっとの内容を詳しく!」
佳那芽さんが俺のサラダを持ってない方である右腕に抱きついてくる。俺は顔を赤くして離れてなんて言わない。堪能できるだけ堪能するんじゃあ!
「なーにやってんの、佳那芽」
雅さんの声が聞こえた途端、佳那芽さんは俺からぱっと離れてたははと笑う。くっ、なんていうタイミングだよ。
「やー、巽君が超意味深なこと言うからついと言いますか」
「なに、巽セクハラしたん?」
「してないしてない!」
「……巽?」
佳那芽さんが小さく呟く。それが聞こえてないのか聞かないふりをしているだけか、俺に近づいてきて腕を絡ませてきた。
「な、なに?」
「んーん、何でも?」
「さいですか。ならこれは?」
「愛情表現?」
そう耳打ちしてくる雅さんに不覚にもドキリとする。んああもう調子が狂う!
「とりあえずちょっと離れてくれるかな」
「つれないなあ」
心底残念そうに、でもどこか楽しそうに。俺には彼女が本当に俺のことが好きなんだとしか思えない。あの時の違和感は気のせいだったのだろうか。でも俺は決める。
八月二四日に自分自身と決着をつけて、本腰入れよう。
「佳那芽さん、ちょうどいいから誘っちゃうね」
「あ、うん」
「ん、なになに? 何に誘ってくれるの?」
「八月二四日の花火大会だよ」
「行く! てかいかない手はないね」
雅さんはよほど嬉しいのか、勢い良く万歳をする。そんなことをすればもちろん豊満な胸は揺れ、ついそれを見てしまって。というか普通に視界に入ってしまって、慌てて目線を逸らしてしまった。やらかした、こんなに露骨に反応したらからかわれる。
「何処見てたん? 巽」
「……別に」
「まあいいよ。見たければ見ればいいし。それでその花火大会は、みんなで行く感じ?」
「うん、玲司たちも今から誘うよ」
「そっか、わかった。細かいことが決まったら連絡してね」
「もちろん」
「もしかしたら返事、もらえたりするのかな?」
「……ああ、その日には必ず」
「ふふっ、楽しみ」
満面の笑みを浮かべて、雅さんはこの場を去る。それについて行くように、佳那芽さんも背を向ける。
「それじゃ」
「……うん。また」
今も測れない彼女との距離を。
今も消えない彼女の言葉の違和感を。
花火大会の当日に、はっきりしてみせる。それでやっと、スタートラインに立てる気がするから。
***
朝食を食べた後、少しして車に荷物を載せて学校に戻る準備をする。帰りも光に洲野尾先生の車に生贄……じゃなくて乗ってもらうことになり、沙和ちゃんが大変嬉しそうだった。
午前十時頃に学校に向けて出発。鏡嘉さんが運転する車内では俺と魅羅、部長以外は全員ぐっすり眠っていた。朝起きて二、三時間しか経ってないのによく寝れるな、と思いながら外の様子を眺める。
「巽君は寝ないの?」
突然問いかけられたが故、反応が遅れた。俺はきちっとどう答えるか考えてから口を開く。
「まあ、眠くないので」
「顔つきが変わったね。何かあったのかな?」
「はい、精神的にきついあんなことやこんなことが」
「冷静にね」
「冷静ですよ」
即答で返すと、鏡嘉さんは笑いながら「じゃあ大丈夫だね」と言った。ああ。きっと大丈夫だ。
俺は、わからないから。理解するためにやらねばならないことをやるんだ。
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