3-2 日常への乱入者

「と言う訳で、光のお姉さんの華さんもついてくることになりました」


「よ、よろしくお願いします」


 みんなが集まった所で華さんの紹介に入る。華さんも若干緊張気味にペコリと頭を下げた。まあ仕方ないことかもな。魅羅と玲司は知っているだけだろうし、正臣は俺と初めて会った時よりずっと柔らかい雰囲気にはなったが、それでも顔は強張っている。


「とりあえず向かわない?こんな所で立ち止まっちゃ、通行の邪魔になっちゃうわ」


 魅羅の言う通りだ。ホームルームを終え、帰宅しようとする生徒が多い。会話なら歩きながらでもできる訳だし。


「そうだな、んじゃ行くか」


 俺が先導するように歩き始める。俺のキャラじゃないなあと思いつつ。


「ねえねえ巽」


「どうした玲司」


「何で恋敵を連れてきたのさ」


「恋敵違うって。まあなに?ついてきたいって言われて、断る理由なかったし」


 玲司は大層不服そうだ。悪いとは思ってるが華さんにああもわちゃわちゃされるとなんか断れなかった。


「まあいいけれどね。メインは誕生日プレゼント買いに行くことだし」


「よくお分かりで」


「うん、今回ばかりはね」


 玲司は華さんをちらと見て、小さく呟く。彼女がアンチBLであることを知ってるんだっけか。俺も俺で実際にどのくらいのアンチなのかは把握していない。


「ね、ね、巽君」


「ん、どうしたの、華さん」


「弟さんへのプレゼントは何買うの?」


「あー、ブックカバー。弟相当本読むやつでさ、使ってるブックカバーがかなりぼろくなってて新しいのがほしいって言ってたから」


「そうなんだ!じゃあいいの買ってあげないとね!」


「ああ、ほんとにね」


 日頃の感謝の意味合いも込めて追加で何か買おうと思っているが、具体的な案も何もないので確定しているものだけでいいだろう。華さんは弟の顔すら知らないわけだし。

 しばらく雑談を交えながら歩いていると、ショッピングモールの前に着いた。


「それじゃあ先ずは昼ご飯にしようか。華さん持ち合わせは?」


「あー、今金欠なんだよねえ」


「そっか、どうしようか。俺も持ち合わせ多くないからな」


「うーん、じゃあアタシが立て替えるわ」


 と魅羅が名乗り出てくれる。


「いいんですか、三上さん」


「ええ、いいのよ。その代わり貸し一ね、たっつん」


「いや俺かよ。いいけど」


「いいんだ……」


 華さんが若干困ったように笑う。まあロクでもないことは言ってこないだろうし、貸しができたとしても問題なかろう。

 そうこう話しているとフードコートに着いた。フードコートは平日だからか幾らか空いている。この大人数でも固まって座ることができるな。


「さて、半分ずつ注文しに行く形でいいよね」


「いいと思うわよ。たっつんに賛成」


「僕も賛成だよ巽」


「俺も、同じくです」


「うん、なら良かった」


 さて、最初は誰が行くかだな。と言っても、俺が行くか行かないかで決まりそうだけど。


「たっつん先に行って来たら?」


「いいのか?」


「ええ、あと二人は……」


 魅羅が目くばせをする。その刹那、二人の男が手を挙げた。みなまで言わずともわかるだろう。玲司と正臣だ。ここまでは想定内であったが、この後に遅れて佳那芽さんが手を上げるとは思ってなかった。


「……じゃあ朱野さんは確定で、玲司と正臣はじゃんけんね」


「……負けないよ、正臣」


「玲司には負けない」


「いやばちばちすんなし。今奇跡的に空いてるから早くー」


「「じゃんけんぽん!」」


 ***


「さて、何を食うかな」


「俺は天篠先輩と同じところにします!」


「私もそうする」


 じゃんけんに勝った正臣は満面の笑みで、佳那芽さんは若干興奮気味に言う。うん、相変わらずだなあ。


「じゃあパスタでいいかい」


 二人が頷いたのを確認してからパスタのお店に向かう。人はそれなりに並んでいるが、五分も待てば注文できるだろう。

 最後尾に並び、壁に貼り付けてあるメニュー表を見て、何を頼むか考える。パスタの種類はど定番ばかりでハズレはほぼないと思っていい。


「天篠先輩は何にするんですか?」


「ナポリタンかボロネーゼの二択で迷ってる」


「俺ナポリタンにしようと思ってますけど、一口いります?」


 これは奇跡。今食いたい二種類を食べられるチャンスではないか。これを逃すという考えはない。


「マジか、ほしい」


「いいですよ」


 意外と即決だった。まあいい、これでかなり満足な結果が得られる。佳那芽さんも、満足な結果が得られるようで凄い笑顔だ。


「佳那芽さんはどうする?」


「え?ああ、どうしよっかな」


「全く考えてなかったでしょ、たかが一口貰うだけなのに」


「え?あーんしないの?」


「え?すんの?」


「しましょうよ」


「するんかい。まあ、いっか」


「いいんだ」


 その嬉しそうな顔を見れるかもしれないと思うと別にいいんじゃねと思ってしまう。この考え方ダメだな。わかってるんだよ。これが恋は盲目ってことかな!


 ***


「……あの、三上さん」


 たっつんたちが離れてから、仁科さんがアタシを呼ぶ。見れば何か言いたげだ。


「なにかしら。仁科さん」


「何で朱野さん確定だったんですか?」


 そう訊かれ、まあ当然の疑問だとアタシは思う。特に、彼に対して多少なりと興味があるなら。さて、それが予想できている現状でどう答えるべきかしらね。


「そうね、どう言ったらいいかしら」


「……朱野さんの好きな人が巽君だったりしますか?」


 その言葉に、少し驚いてしまった。でもアタシたちと彼女では見方が違う可能性がある。いや、それを差し引いても逆じゃないかしら?


「それは外れに近いわね。逆なのよ」


 言ってもいいだろうと判断した。彼女は重要なファクターにはなりえないだろうと思った結果だ。彼女がたっつんに固執するメリットはない。これは決して、たっつんがいい男ではないという訳ではない。


「やっぱり」


 小さく呟いたのがギリギリ聞こえた。どっちの可能性も想定済みということだろう。だが、それを聞いた彼女がどう思ったかまではくみ取れない。ポーカーフェイスが上手いこと。

 それからたっつんたちが帰ってくるまで他愛のない世間話が繰り広げられる。一部女子の間にある中身がほとんどない会話。だというのに笑顔が絶えない。少し苦手なタイプだ。


 ***


 しばらくして、全員が料理をテーブルに並んだところで食事開始。


「天篠先輩いつ一口いりますか?」


「あー、今もらおうかな」


「えっ?なにそれ」


 案の定というべきかなんというか。玲司が一番に反応する。


「まあ俺が食いたいやつが二種類あってね、だから一口正臣からもらうんだよ」


 なん……だと?とか何とか言っている玲司の隣でそれを聞いていた華さんがふふっと笑った。


「なんだか友達って感じだねー。私も女友達とするよ、一口貰ったり、交換するの」


 女の子同士、いいね。なんて感覚は華さんには伝わらないので口にはしない。こういうことを気にしない人が集まればこうなることも少なくないのではと思うことはある。

 まあ高一頃まではそこまでの関わりを持った友達いなかったから知らんけど。


「はい、天篠先輩」


 正臣が一口分をフォークで巻き取ってこちらに差し出してくる。それを俺は躊躇も何もなく食べた。言葉に発していないがまごうことなき「あーん」である。


「うん、安定して美味い」


「良かったです」


 玲司が尋常じゃないくらいに悔しそうな顔をしている。佳那芽さんはご満悦な様子でまあ何よりです。

 昼ご飯を食べ終えた後は先ず俺の用を済ませる。買うブックカバーは事前に調べ、決めているため探し回るだけで済んだ。そしてそれぞれが寄りたい場所を回りつつ、追加のプレゼントをこっそりと探す。案外早くいい物が見つかったので、もうほとんどついて行くだけに近かったが。

 午後四時を過ぎたあたりでお開きとなった。出た出入口はゴールデンウイークの時に出た出入口とは真逆。俺と華さんは一旦その方へ向かわなければならない。


「それじゃあ何というか、買い物に付き合ってくれてありがとう。また学校でな」


「また学校でね、巽」


「また明日です、先輩」


「また明日、たっつん。仁科さんも、ね」


 三人は軽く手を挙げて帰路を辿る。佳那芽さんも確かあっちのはずだが……


「私、そっちに用があるから。また明日、宮原君、三上さん、日野君」


 ひらひらと手を振った後、振り返って俺を見る。そして微笑んで「帰ろっか」と言った。どんな用があるにしろ、これはラッキーだ。

 だからと言って、今は好感度上げは厳しいかもしれない。なんせ、華さんがいるから。歩き始めてすぐは、しんとしていた。そんな沈黙を、華さんの言葉が切り裂いた。


「巽君は朱野さんのことが好きなの?」


「ぶふっ!?」


 まさかの本人の前で。俺の場合はもうバレてるからいいけど、もしバレていないという状況であったならとんでもないことになる。


「ええっと、まあそうだねえ。てかどストレート過ぎる」


「ああ、ごめんね。もっとやんわり聞くべきだったかな」


 そういう問題ではない気がする。その証拠に佳那芽さんも何か微妙な顔してるし。


「朱野さんはどうなんですか?」


「……私は……」


 この雰囲気、よろしくないのでは?とりあえず何か、話でも逸らせるような話題を考える。と、とりあえず間に入って……


「……巽?」


 前方から、高く響く女の声。全身が強張ったのが自分でもわかった。頭が真っ白になって行く。ゆっくりと、前を見るとその女と目が合う。その瞬間柔らかく微笑んだ。


「やっぱり、巽だ。雰囲気変わってたから一瞬わかんなかったよー!」


 こちらがどんな雰囲気であれお構いなし。自分が最優先は変わらずのようだ。


「久しぶりですね、橘さん」


 桃色の髪を緩い縦巻きにし、濃い目のメイクでスレンダーの女、橘花音は、俺が言葉を発すると笑った。


「……?」


「えっと?」


 彼女の乱入によって若干ピリついた雰囲気を壊された佳那芽さんと華さんは戸惑っている。そんな二人に、橘さんもようやく気付いた。


「あら?まさかどっちか巽の彼女!?」


「や、違うよ」


「そっかぁ、安心した!」


「……えっと、巽君とはどういった関係なんですか?」


 華さんが訊いて欲しくない事を訊いた。でもまあ、聞いちゃうよねえ。仕方なし。


「……あたしと巽の関係、か。ええっと……元カノ、になるよね。巽」


 申し訳なさそうな顔をしながら、嬉々として言う橘さん。その言葉に佳那芽さんと華さんは何も言わないままこちらを見た。その顔は「彼女いたんだ」と言わんばかりだった。







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