菩提樹
世界は移ろうもの。
ここで生き続ける限り見守り続けることが私の願い。
ある日一羽の鳥が私に留まる。
この子は渡り鳥なのだろうか、それともこの一帯に住んでいるのだろうか。
出来ることはこのように考えることだけである。
会話することが出来るわけじゃない、かといって彼らの思考を読み取れるわけではない。
ただただ見守ることしかできない。
またある時は私を雨宿り代わりにする人が居る。
どうやら天気を確認しなかったようだ。
ここに佇んでいると空の機嫌もなんとなく分かるようになってくる。
朝方機嫌がよさそうに見えても後々悪くなるという時がある。
動物で言うならば匂いとでも言うのだろう、そういった形で理解できるようになった。
人にはそういうことが出来ないのだろうか。
不思議なものだ、私よりも自由で様々なことが出来るというのに存外不自由なのかもしれない。
翌日、以前雨宿りしていた少年がやってきた。
なにやらそわそわしている。
手元には手紙を持ち誰かを待っているようだった。
人とは面白いもので声を発する器官を持ち合わせているというのに何故に手紙などと回りくどいことをするのだろうか。
そんなことを思っていると一人の少女が訪れる。
ああ、なるほど。彼の手紙は恋文なのだ。
いつの時代も恋愛というものは大変なのだろう。
彼なりに書き連ねた愛の言葉を手紙で渡す、直接言葉で伝えるには気恥ずかしいというのか。
私たちからすればそんなものは無駄なのだが、これはこれは奥ゆかしいというのだったかな?見ている分には面白いものだ。
少女が受け取り、結果を聞かずに少年が走り去る。
それを目で追い姿が消えたことを確認し手紙の内容を見始める。
顔を赤らめもじもじし始めた。
ああ、初々しい反応だ。そして少女は俯きながら去る。
大抵私が結果を知ることは無いのだが今回は違った。
少年が帰り道としてここを毎日通るのだ。
珍しく人の恋を見届けることが出来るというのは素晴らしい娯楽だ。
彼らには悪いが楽しませてもらうこととしよう。
結果は早くに知ることが出来た。
手紙を渡した翌日の夕方、彼は少女と手を繋いでこの道を通っていたのだ。
彼は通り過ぎるときに私を見て笑った。
人の世では私に何がしかの呪(まじな)いの類があるのだろうか?
知らぬところで噂が広がったら静かに眠れもしない。
まあ勝手に幸せになっただけのことだよ少年、君の勇気の賜物だ。
私は何もしちゃいないのだから自身を持つと良い、などと少しは嬉しいもののそんな力は持ち合わせていないことは自分自身が知っている。
聞こえはしないのだが応援の言葉を送っておこう。
それから数年経ち、彼らが順調にいっていることを確認しつつ佇んでいる。
しかし一時期から彼らの姿を見なくなった。
ああ、ここを通らなくなってしまったのか。
渡り鳥と同じだ。同じ人物が永遠に私を止まり木として活用するわけではない。
寂しい反面いつもの日常に戻っただけのこと。
また移ろう時代の景色を見続けよう。
そこから数年、ある雨の日。
雨だというのに私の下には一人の人間が居た。
背格好も変わり、以前のような幼い顔ではなくなったあの少年だった。
大きくなったと思い久々に合間見えたと私は嬉しかったのだが、彼は違った。
泣いていた、この土砂降りの中泣きながら私を叩いていた。
人の拳で痛みを感じることはないのだが、それは肉体的な話だ。
声が聞こえる。
「僕がしっかりしていれば!僕が!僕が!」
何かを嘆いている。
何があったのか質問することも出来ない私は聞くことしか出来ない。
しかし人が涙を見せるということは悲しいことがあったのだろう。
悲しいという感情は理解できる。
それは知っている、私が小さい頃面倒を見てくれた人がここを訪れなくなったときに知った感情だ。
彼も誰かに会えなくなったのだろうか。
そんなときに私を頼ってなのか、それとも偶然なのか、ここに来てくれた。
私でよければいくらでも殴られよう、私でよければいくらでも悲しさを受け止めよう。
抱きしめられる腕があればもっと癒してあげられると思うのに、こんなとき本当に悔しくなる。
私は彼のなんでもない。
それは理解しているがどうも関わってしまったからには何とかしてあげたいと思ってしまう。
彼はひとしきり泣いた後、私を見上げた。
目は赤く腫れ上がり、顔はくしゃくしゃになっていた。
あの初々しい少年の面影はあったものの精悍な顔になっていた気がした。
そのまま俯き去っていった。
それ以来彼を見ることは無くなった。
彼は生き続けているだろうか、悲しみは取り除けたのだろうか。
私は弱い、彼らに何も出来ない、してあげられない。
時代は変わり、人も変わる。
私はいつまで生き続けるのだろうか。
今日も一羽の鳥が留まる、あの時とは違う鳥が。
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