桜
春は出会いの季節で別れの季節だ。
この舞い散る花びらには世界で起こっている出会いと別れが込められている。
そんなことを想い今日も花見酒だ。
ああ、また一枚の花弁が散っていく。
「あの、こちら空いていますか?」
地べたで一人酒盛りをしているだけの人間に空いてますか?と声をかけるなんて奇特な人が居るもんだ。
笑みを浮かべたがさすがに笑いながら見るのも相手に悪い。
なるべく平静を保ちつつ笑みを消すが振り返らずに応える。
「ああ空いてる。所詮は大地を間借りしてるだけだ、誰が座ってもいいもんさ。」
「面白い事を言いますね、大地の間借りですか。じゃあ私も遠慮なく間借りしましょう。」
おっとり口調で声の主は隣に座りこんだ。
桜とは違った香りが鼻孔をくすぐる。
声の高さで分かっていたが匂いで確信した。
だがそちらを向かない。
何故か?
簡単な理由だ、顔を知らぬ方が楽しいもんだ。
男女が揃ったら色恋に発展しがちだがそんなものはつまらない。
どちらに転んだとしてもろくなことにならないものだ。
「どうしてここで桜を?」
「愚問を投げかけるものだ。風流だからさ。季節が変われば海を見て月を見て降りしきる雪を見てそれに意味を見出し飲み耽る。」
我ながら涼しげな表情だ。
誰も見ていないが強いて言えば自分に酔っているといったところか。
クスクスと聞こえる。
どうやら納得したのか面白かったのか、まあお気に召してくれたようだ。
また花弁が散る。
その一枚が酒に浮かぶ。
酒に映る月と相まって風流だ。
「私も飲ませていただいても?」
「俺に許可を取る必要はないさ。」
「それもそうでした。」
ゴソゴソと何かを出しているようだ。
隣で何かを注ぐ音が静かな空間に響く。
注がれているのはどうやら日本酒だ、香りで分かる。
清酒か濁り酒か、どちらにしても良い趣味をしている。
これが散りゆく花びらの一つの出会いか。
何故だか心地が良い出会いだ。
これ以上の語らいは控え二人、ここで酒を飲み合う。
少しすれば別れるのだがまたここで飲めば会うだろうか。
名も知らぬ顔も知らぬ君よ。
心の中で投げかけた問いに応えはない。
それでいい、これでいいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます