思いつき
神山人海
声
山奥に佇む屋敷が一軒。
私はここに住まう一人の女。
屋敷に人は多いけれども私は一人、孤独といっても過言じゃない。
生家ではない。
ここは私が背負った責務を果たすために住んでいる。
逃げ出せるものなら逃げ出したい、繋がれた足を見ながらそう思う。
ここは鳥籠、私はその中の鳥。
いや、鳥は飛ぶことが出来るけど私はそれすら叶わない。
窓も扉も鍵はかかっていないというのに、自分の力ではそこまでたどり着くことも出来ない。
日に三度の食事は与えられるもののそれ以外で扉が開くのは『御役目』のときだけ。
そんな生活にも例外は訪れる。
外からの来客時には私の鎖から放される。
客人から役人へと繋がる可能性を断つためである。
私にとっては唯一外との接触であり情報を得られる貴重な日だ。
そんな来訪者の一人に私は恋をした。
彼は一月に一度訪れる行商人。
売り歩く品は女性の化粧道具や飾り物。
この屋敷に女性は私しか居ない。
そのためこの行商人は私に売るためだけに一月に一度訪れる。
商品を買っているだけなのだ、彼も買わせるために世辞を言っているだけなのだろうと理解はしている。
でもこの屋敷で私にそういった接し方をしてくれる初めての男性だった。
最初は違和感で次に興味を持ち、そこから恋に落ちるのは早かった。
化粧をすれば美しいと褒め、髪飾りの一つでも付ければ可愛らしいと褒める。
私に免疫が無かったのは理解している。
それにしてもここまで想いが強くなろうとは思わなかった。
出会ってから数ヶ月、彼がここに滞在するのは一日だけ。
それも私が会話できるのは品物を見ている数時間。
その時間は監視のようなものは無いのだが、仮にこの状況を話せば私だけではなく彼も処分の対象となってしまう。
だから伝えることは出来ない。
それも苦しかった。
会うことは真実を伝えられないもどかしさによっても胸を締め付けられる。
しかし彼への想いは募り、締め付けられるほどに焦がれ、そばに居られないことが切ない。
彼の姿を思い出す。
長身に端整な顔立ち、淡い青の着物だった。
黒い髪、吸い込まれそうな黒い瞳、男性にしては柔らかそうな唇。
それでいて手は男性らしく大きな手だった。
あの手を触れたかった。
後何度見えることが出来るだろう、何度あの声を聴くことができるだろう。
柔らかく透き通るような声。
荒みきった私を癒す。
次はいつなのだろうか、伝えたい、この心を想いを。
私は彼についてほとんど知らない。
年齢も出身も妻帯者なのかすらも聞いたことはない。
聞く事よりも肯定され続けたいがために品物を身に付け、化粧をする。
いや、質問で彼に嫌われたくないが正しいのだろう。
あの顔を曇らせたくない、笑顔だけを見せて欲しい。
この想いを身勝手だというのだろうか。
彼を失いたくないと思うことは間違っているだろうか。
わからない、屋敷の人間には話せない。
文を書くにも送り先を知らず、会いに行くにも自由を得られず。
逝く覚悟など毛頭無く、舌を噛み切る勇気さえ無い。
彼という光を知ってしまったから余計に思考からそれが外される。
生きている意味とは?存在理由とは?
誰にもわからない、私にもわからない。
神様が居るのだとしたら残酷な方なのだろう。
「御役目の時間だ」
扉が開かれ男が入ってくる。
鎖を外し強い力で私を引っ張る。
いつまで続くのだろうか。
次に彼が来るまで私は私で居られるのか。
外を見ると暗雲が立ち込め、野鳥が声を荒げている。
会えぬのなら、これが続くというのなら、世界など無くなってしまえばいいのに。
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