花冠(はなかんむり)

終戦を迎え久しい世界。

ここは敗戦国の荒れ果てた城砦。

ここを蹂躙し民草をも殺しつくした官軍の手はまだ及んでいない。


陛下から賜った鎧は砕け、聖剣と称された剣の美しき刀身は見る影も無く崩れていた。

やっとの思い出我が聖都まで駆けつけた時には間に合わず、身を隠す必要も無いほどに全ては終わっていた。

落ちた城門を潜り中を見て歩く。

衛兵達はここら辺に立っていた、真っ先に切り伏せられたのだろう。

兵士の名を覚えていない自分に腹が立つ。

名も知らぬ兵のために出来ることといえば祈りを捧げることだけだ。


進み焼かれ破壊しつくされた城内を見渡す。

自分がここに駆けつけられたら何かが変わっていたのだろうか。

一騎当千と称されていたが所詮は小国、自分が居なければここまで弱いものなのだ。

いや、自分が居たからといって変わらないのかもしれない。


歩みを進め謁見の間へと入る。

その荘厳といっても過言ではなかった部屋も変わり果てた姿だ。

国の象徴として獅子を模した彫像があったのだが、首から先を落とされている。

ここにも死者が多数、兵だけではなく使用人、侍女、文官達の亡骸もあった。

彼らも彼らなりに戦ったのだろう、その手には燭台や包丁等が握られていた。

ただただ祈る、彼らが天に召されることを、この世に留まらず幸せになることを。

祈りを終えここを去る。


中庭へと向かう。

あれほど美しく剪定されていた木々は焼け、花々は踏み荒らされている。

姫君が好きだったここも悪鬼羅刹によって蹂躙されてしまった。

姫は逃げることが出来たのだろうか、それとも。

遺体を見ていないため生きている可能性を持ち王室へと足を向ける。


普段はノックをする場面であろうが今その必要は無い。

ドアノブを捻り扉を開ける。

思っていた通り荒らされている。

調度品の数々は壊されあるいは奪われたのだろう。

それを見つけるのに時間はかからなかった。

ベッドの上で心の臓を一突きされた王が居た。


ああ、この国は本当の意味で死んでしまった。

王さえ生きていれば官軍へ挑む機会を作ることが出来たものを。

いやまて、姫はどうだ?王妃の姿も見えないのであればお二方は生きているのではないか?逃げ切れたのでは?

一縷の望みに賭け姫の部屋まで走る。


部屋の前、扉を勢い良く開ける。

居た。存在した。姫だった物がそこに。

彼女の遺体の衣服は破かれている。

敵国に我が姫君は蹂躙されたのだ。

怒りが湧き全てを破壊しつくそうとこの身体の奥底から憎悪にも満ちた物が生まれる。

今度は自分が悪鬼になろう、復讐鬼となろう。

思い立ち部屋を出ようとすると声が聞こえた。


「やめて」


姫の声のようだった。

ついに気でも触れたか、いや狂えるほどまだ正常だったのかと己を嘲笑する。


「復讐などやめて」


ああ、完璧に狂ってしまった。

蹂躙されたにもかかわらず復讐をやめろと我が姫君は言う。

国の象徴である王が殺され、その愛娘が犯しつくされたというのに、その本人は復讐するなとこの悪鬼に語りかける。

あり得ない、いやあり得てはいけないと自分に言い聞かせる。


「こっちを向いて、我が騎士よ」


振り向けとこの声で言われては反射的に振り向いてしまうではないか。

顔を向けると息を呑んだ。

遺体を見たはずの姫がそこに居た、いや正確に言うなら半透明な彼女が宙に浮いていた。

驚き戸惑い言葉に詰まる。


「憎悪を向けないで憎しみは何も生まない、彼らを許してあげて」


姫君の声色で自分を惑わそうとするのか。

呪いの類かそれとも何かの奇術によるものか、辺りを見渡し人が居ないか探る。


「我が騎士よ、これはまやかしではありません、私の意志です」


耳を疑い己を疑い頭を抱える。

姫の顔、姫の声。


「死した私に思いを割かなくて大丈夫、どうか騎士の任を降り一人の男として生きてください、それが私の願いです」


これは自分のことを思ってのことなのか。

国に忠義を尽くすことよりも己の人生を生きろと、むしろそれが忠義だと言わんばかりのお言葉。


「幼少の折、私があなたに花冠を送ったことは覚えているでしょうか?不器用で拙い花冠をあなたは笑顔で受け取ってくれましたね」


そのようなこともあった。

口元が緩み微笑む。

あれは心に残っている。

姫の顔は満面の笑みで花冠を持ってきた。

無邪気な笑顔に助けられ救われそれでいて愛しかった。

あの花冠は物として無くなってしまったが心に残っている。


「よかった、覚えていてもらえて、それを忘れないだけでいい、あなたの中で私は行き続けているのと一緒なのです」


姫が私の中で生き続けるというのか。

私の死が姫の死ということなのか。

重すぎる責務だ。


「重く受け止めないでください、あなたに幸せに生きてほしいだけなのです、約束していただけますか?」


簡単なことではない、姫の命を背負い生きていくなど一介の騎士には荷が重過ぎる。

いや、生き残ってしまった責務として背負うべきものなのだろうか、これは神が科した業なのだろうか。


「わかりました、そのためにこの命を使いましょう。この命尽きるまで城砦にて忠義の限りを尽くしましょう。」

「あなたは頑固者ですね、それで構いませんから復讐も自決もせず生きてください、お願いします」

「命果てるまで忠義を尽くしましょう。」


姫は呆れたように笑っていた。

自分は頑固なのだろうか?だがそれ以外に落としどころが見つからなかったのだ。

自決も復讐も姫が望まれぬのならば生きよう、この城砦にて。

鎧を脱ぎかつて聖剣と呼ばれた代物も置き、ここで生き続けよう。

心に決めたときには姫は消えていた。


あれが幻影だったのかそれとも本物だったのか、今となってはわからない。

生き続けよう、姫のため、国のため、そして己のために。

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