紫煙

僕は煙草を吸う

理由は憧れの人が愛煙家だから

何か繋がりが欲しかった、どうにかして話しかけたかった

趣味も知らないし仕事もわからない

通勤の途中でいつも喫煙所に居るのを見ていた

話しかけるタイミングも無いしずっと見ているのも危ない人だ

通り過ぎるとき横目で見ていた


初めてコンビニで煙草とライターを買った

銘柄もわからず、彼女の吸っているものもわからない

仕方がないので聞いたことがあるものを買ってみた

家路を急いだ

彼女と同じことが出来ると思うと少し足が速くなった


玄関を開け逸る気持ちを抑え家事をこなす

頭から彼女の顔が消えず逐一煙草を見てしまう

湯を沸かしパックの茶をコップに注ぐ

一息入れつつそれを取り出した

灰皿代わりに水の入ったペットボトルを用意し意を決して火をつける

なかなかつかず困惑する

喫煙所を見ている限りすぐつけて吸っている人が大半だった

わからないままなんとか火が付いた

咥えてみたがなかなか燃え切らない

そういえば煙は口や鼻から出ていたはずだ

ならば吸うのだろう

咥えながら呼吸をしてみたのだが、特に苦しさもなく入っても来ない

これの何が良いのだろうか?

吸うっていうのは呼吸のことじゃなくてこれを吸うことなのか?

ものは試しに口を窄(すぼ)め一気に肺に空気を入れる

不意に異物が肺に混入したため思いきり咽せた

こんな苦しいものの何が美味しいのだろう

僕には理解できなかった

しかし理解できないということは彼女のことも理解できないはず

その後何度か吸ってみたものの咽せるばかりで一向に慣れなかった


翌日、あの後風呂に入って寝たのだが部屋中が臭い

強い不快感に襲われる

しかしあそこまでの醜態ではまだ見させられない

煙草は置いて朝食の準備を始める

不快な臭い、気怠い感覚、口内の苦みなど良いことなど一つもない

トーストとホットコーヒーを用意し、口の苦みを誤魔化しながら全てを流し込んだ

着替えを済ませ勤務先へ向かう

いつも通り喫煙所の前を通る

彼女の喫煙姿を一目見てから出社するいつもの日課のはずだった

それが違っていた

知らない男と親しげに話していたのだ

にこやかに話し美味しそうに煙草を吸う彼女

男の顔は見えないが笑顔なのだろう

どんどんと僕の歩く早さが早くなっていく

彼女が視界から外れるとひどく虚しい気分になってきた


その日の仕事はまったく手がつかなくなってしまった

なんとか仕事を終え無心で帰路へ

家に帰りシャワーを浴びる

その後、なんだか全てがどうでもよくなって煙草とライターを捨てた

いつもと変わらない空間に戻っただけ

心にぽっかりと穴が開いたようにその穴に吸い込まれるように眠りに落ちた


起きたらいつもの寝起き、臭いもなく口の苦みもなくなった

気怠さはいつものことだったのを思い出しいつもの朝食をとる

ああ、いつもの朝だ

落ち着き家を出る、途中までは変わらない道のり

今日からは違う道のりに変わる

思い出の喫煙所を避けていく

さようなら勝手な恋、ありがとう一時の恋

煙草は二度と吸わないと心に決めた

次の恋はいつだろう、勝手な思いはいつも突然に

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