小箱

僕は一つの部屋を借りた

そこは六畳一間で便所も台所も付いているので便利だ

床は畳で窓は一つありちゃんと内側から鍵がかけられている

日当たりも良好で一階の角部屋、とても好条件だ

しかし、入った瞬間内見の時にはしなかった臭いがしていた

これはなんの臭いだろうか?

部屋を見渡す限りその原因は確認できない

押し入れだろうか、それとも流しだろうか

まさか天井裏では?

流しへと近づき臭いをかいだ

特に臭いは無く、先ほどよりも強くない

排水口まで見るが異物が詰まっているわけでもないみたいだ


では押し入れか?

嗅いだことのない臭い、鼻を突き思わず覆いたくなるようなそんな嫌悪感を感じるものだ

押し入れに近づくと少し顔が歪む、どうやら近づいてはいるらしい

正面に立ち戸に手をかける

意を決して開ける

だが、少し開いた段階で異常な臭気が一気に押し寄せてきた

顔を顰(しか)め息を止める

目に痛みを感じ細め後ずさってしまった

ここまでのものとは、想像以上だ

ここは一気に開けてすぐに外へ逃げよう、中を確認し何かが出てきたのならばそれこそ外部へ連絡をすればいい

戸の隙間へ指を差し入れ一気に開いた


ありえないはずなのに一陣の風が僕を襲い、悪臭が部屋に充満する

目に見えるわけではないのだが、一面が黒い霞に包まれた錯覚に陥った

一度目をつぶり、深呼吸をする

精神を落ち着けるために臭いは我慢した

その空気の中で目を開け押し入れの中を確認する

日が射さぬ暗闇の中にひっそりと小箱が一つ置かれていた

無造作にというよりは中央に鎮座しているように見える

これはいつからここにあったのだろう、誰がどういった目的で置いたのか?

僕の考えの及ぶところではない、いくら思考したところで答えにはたどり着けない

堂々巡りを止めそれを手に取る


触れた瞬間、全身に電流が走り背筋が凍った

何か嫌な感覚、指先に何か刺さったように感じ手放した

手から離れたものは畳にことんっ、と落ちた

しまったと思ったが箱が開いたわけでもなく壊れたわけでもない

指を見たが傷は特に無く幻肢痛のような感じだ

胸をなでおろしもう一度箱を持ち上げよく観察する

箱は市松模様で正四角形、蓋のようなものなく溝も見えない

顔を近づければ恐ろしいほどに悪臭がする

顰めた顔を戻す暇もなくそれの観察を続けようとした

すると、玄関をコンコンコンと叩く音がする

誰だ?友人に引っ越しのことは伝えてあるが場所までは教えていない

鍵をかけていないため反応が無ければ入ってくるだろう

声をかけてこない、ただもう一度、三回叩いてきた

この箱と関係があるのだろうか?この箱を取りに来た前入居者だろうか?

出るか隠れるか、それとも窓から逃げるのか決めかねていると叩く音が徐々に強く回数も多くなってきた

鍵がかかっていないことに気付くのも時間の問題だ


僕は箱を畳に置いた

そして押し入れに逃げ込んだ

戸を閉めて声を殺す

息をなるべく静かにする


音は先ほどよりも大きくなりしばらく鳴り続けると静かになった

大丈夫なのだろうか?出て行って確かめようか?

思考は巡るものの体は動こうとしない

すると玄関で大きな音がした

そのまま足音のようなものが大きくなり部屋の中央で止まったようだ

するとくぐもった声で一言聞こえた


『なんだ、まだ入っているじゃないか』


そう言い残すと足音は遠のいていき玄関が閉まる音が聞こえた

その後しばらく押し入れから出られなかった

声はくぐもっていて男とも女ともわからない

入っているとはなんだったのか、箱は声の主が持って帰ったのだろうか

もし戸を開けてまだあったらどうしたらいいだろう

とはいえいつまでも閉じこもっているわけにはいかない

奥歯を噛み締め右手に拳を作り左手で戸を思いきり開いた


すると先ほどと何も変わらない状態だった

玄関から箱までの間に不思議な足跡が残されている

大きさは二十五㎝から二十七㎝ほどで土足だったのか土で畳が汚れている

不思議な点はそれが靴ではなく跣(はだし)であることだ

何者なのか、この箱には何が入っているのか

それはまだわからない

僕が理解していることと言えばこの箱の異臭が消えていないということだけだった

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