手紙

綴る手紙は小さな小さな恋文


幼い彼女に出会った時、運命を感じた

当時から人見知りで友達も作れないほどに

名前を知った、誰かが呼んでいたのが耳に入ったから

その名を頭に、胸に、心に焼き付ける

それでも足らないからノートに書き続ける

今思えば異常だと思う

だけど当時は純愛だと信じていた

若気の至り、とは言ったものだが若すぎるだろうか?


そこから思い、想い、重い、気持ちが重なる

助かるにはどんな道があるのだろう

心が苦しい、なぜこんなにも苦しい?

理解するまでにとても時間がかかった

この感情にこの想いに名前がついていることを理解したのはもう少し後のこと

それは彼女がここを離れ遠い地へ向かうという知らせを聞いた時だ

居なくなってほしくない、どこにも行かないでほしい

思い、考え、彼女が去る当日まで手紙を書き綴った

何度も何度も書いては消し、書いては捨ててを繰り返す

何枚書いたか記憶にはなくてゴミ箱だけが許容量を超過していた

完成には程遠く、完璧には書き綴れない

言葉を知らないから、恋文なんて書いたことはないから

でも、それでも、何もしないなんて考えられなかった

素直な想いを書き、自分なりの言葉で綴った手紙


そして当日

その可愛げのない便箋に描いた想いを質素な封筒へ収める

小さな足で彼女の家へ向かう

走っているためなのかこれを渡すために高鳴っているのかわからないほどに心臓が脈動する

到着すると荷物を積み終わりそろそろ出ようというところだった

間に合った安堵もつかの間で早々に彼女に会わなければ

探すことなく目の前に彼女が現れた

驚きと喜びが入り交じり言葉に詰まる

彼女は首を傾げ不思議そうにこちらを見つめていた

口を開くも言葉が出ない、緊張とまともに話したことも無い負債が今になって自分を襲う

意を決して手紙を差し出す

彼女は疑問に思いながらもそれを受け取ってくれた

この時、お互い笑顔ではない

かといって涙を流しているわけでもない

彼女は不思議な、僕は緊張した顔のままだ

ご両親が来る前に僕は走り出していた

安心や安堵といった感情で埋められたのだが、この時の僕は結果なんて考えていない

伝えられたという自己満足だけが心を埋め尽くしている

帰宅し、喜びと安堵のままその日は終始にこやかに過ごした


次の日から彼女の居ない生活を送ることになる

僕は全てを忘れたかのようにいつもの生活へと戻っていった

忘れたわけではないが不思議ともやもやした感情は昇華されたように以前よりもすっきりとしていたことを覚えている


結局その日から待てど暮らせど返事は返ってこなかった

気にも留めず毎日を懸命に生きて今日までに至る

ふと思い出しあの手紙は読まれたのだろうか?返事が無かったということはダメだったのだろうか?

今更になって懐古的になっている

結果として何もなかった、何事も無く今まで生きていて思い出した

それだけのことである

相手にとってはわからないが僕にとってはいい思い出となった

ありがとう、どこかで幸せに暮らしていることを願う

そう考え紫煙をくゆらせ白紙の味気ない便箋に文字を綴る

今度は結果を聞くことも忘れないようにしなくては

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