名前
夕焼けの中、息を切らせこの場へやってきた。
白い部屋、白いベッド、様々な管を繋がれた君。
理解が出来ない、思考が止まる、焦点が合わない。
駆け寄り名前を呼ぶ、いや叫んだ。
身体にしがみつき叫び続けた。
後ろから何かに引っ張られる。
振り返ると白衣を着ているので医師だとわかった。
この叫びを聞きつけやってきたのだ。
話を聞くと、今は落ち着いているが今後どうなるかわからないためなるべく衝撃を与えないで欲しい、と。
理解した。
言葉としては理解しているのだが、身体がそうはいかないようで震える。
先日まで笑いあい、馬鹿なことをして遊んでいたというのに今は言葉をかけても反応は無い。
手を握り名前を呼び続ける。
ただただ自分の声だけが部屋に響く。
しばらくすると声をかけられた。
もう時間だと、また明日に来てくれと、先ほどの医師だった。
ふと外を見ると日が落ちていた。
時計を見ると日付が変わるところだ。
静かに立ち上がり、医師に礼を言って部屋を後にする。
なぜあいつなんだ、なぜ自分じゃないんだ。
終わらない問答が続く。
それは眠るまで続いた。
翌日もその翌日も足を運んだ。
時間を戻したい、代わってやりたいとも思った。
そんなことは出来ない。
起こってしまったから、過ぎてゆく時だけは戻せないから。
無力だ、自分は何も出来ない。
翌年、翌翌年、そのまた翌年。
毎日通った、何度も何度も。
医師から言われたのは諦めないこと、何度でも名前を呼んでほしい。
何気ない話、それだけで変わることがあるらしいと。
身体は問題が無いと、あとは何かきっかけさえあれば目を覚ます可能性があると。
それが明日かもしれないし一年後、いや十年後、それよりも先になるかもしれない。
ただ、起きない可能性も零ではないとも言っていた。
愚か者の自分を呪った。
どうして、どうして、どうして。
自分の力ではどうしようもない。
手を握るしか出来ない。
こんな手なんて要らない、切り取ってしまいたい。
ずっと、ずっと、そう思い力をこめて握る。
ふと窓から空を見ると一本の飛行機雲が見えた。
二人の鼓動だけが聞こえる。
脈動するように飛行機雲も動いているようだ。
小さく名前を呼び、空の美しさを語る。
蒼穹が一片の雲も無く世界を覆っている。
二人だけの空間、二人だけの世界。
不思議と鼓動以外は聞こえなくなっていた。
虫の声、鳥の声、人の声、自然な音さえも消えている。
この瞬間だけは、二人のために世界が回っている。
もう一度名前を呼ぶ。
呼びかける。
少しだけ、目頭が熱くなった。
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