第27話 勝気なカノジョと初詣に行ったら、親友とカノジョに会った

 参拝が終わり、僕と樹里は鳥居の外の道沿いに並ぶ出店をあちらこちらと覗いて歩く。

「お二人さん仲がいいね」

 綿菓子を買おうかどうしようかと悩んでいる樹里と僕の後ろから紀夫の陽気な声が聞こえてきた。

 振り向くと、ダウンジャケットにジーンズ姿の紀夫が立っている。


「石野は見た目は本当に美人だな」

 樹里を見つめて、紀夫はほくそ笑んだ。

「どういう意味よ!!」

 樹里の顔がムッとなる。

「ただ、惜しいことにやっぱり着物には黒髪だよ。茶髪じゃちょっとな」

 樹里は茶髪を編んで胸の前に垂らすいつも通りの髪型をしている。


「うるさいわね。別にあんたに好かれようとは思ってないわ。わたしは隆司に気に入られればそれでいいのよ。ねえ、隆司」

 樹里が僕の肩を抱く。

 長身の樹里に肩を抱かれると、小柄な僕が女みたいな感じになる。

「そうだね」

 僕は曖昧な笑みを浮かべた。


「それより渡辺さんが鳥居のところで待っていると言ってたぞ」

「真紀が……。出店覗いてたらはぐれてしまったからずっと探していたんだ。よかった」

 紀夫が鳥居に向かって歩き出す。

 僕たちはその後をついて歩いた。


「どこ行ってたのよ」

 鳥居のところで下を向いて心細げに待っていた渡辺さんが紀夫を見ると、頬を膨らませた。

「どこって……お参りして、射的をしてたりしたら真紀の姿が見えなくなったんだ」

 紀夫が唇を尖らす。

「何度もスマホに電話したのに出なかったじゃない」

 渡辺さんの目が三角になる。

「スマホ、家に忘れた」

 紀夫は昔からよく忘れ物をする。

「馬鹿じゃないの」

 渡辺さんが軽蔑したような目で紀夫を見た。


「わたしたち、これからお茶をしに行くんだけど、真紀たちもどう?」

 そんな話を聞いてないけど。

 僕が樹里を見ると、樹里がウインクした。どうやら話を合わせろということみたいだ。

「そうだ。紀夫も一緒に行こう」

 僕は紀夫を誘った。

「でも、こんな元旦に開いている店があるのか?」

 紀夫がもっともなことを聞く。


「休日にどこにも連れて行ってくれない薄情なカレシはいるけど、わたしには友達がいないからこの辺りを一人でブラブラすることが多いの。この前、少しお腹空いたと思って、どこか食べるところないかなと思って探していたら、小さなお店だけど、ケーキがすごく美味しい喫茶店を見つけたの。その時、マスターに聞いたらお正月もやっているって言ってたわ」

 薄情なカレシでごめんね。

「行くわ」

 渡辺さんがケーキと聞いて、目を輝かせる。


 樹里が言っていたお店は神社から5分ほど歩き、大通り沿いを奥に入った住宅街の中にあった。

 樹里の言うように4人掛けのテーブル席が一つとカウンターだけという10人も入ればいっぱいという小さなお店だった。

 4人掛けのテーブルに、僕の隣に樹里が座り、向かいに紀夫と渡辺さんが座った。


「いらっしゃい。何にします?」

 髭面の店主らしい人が水を置く。

「コーヒーとケーキでいい?」

 樹里がみんなに聞く。

「ケーキは何があるの?」

 渡辺さんがマスターを見る。

「今日は苺のショートケーキとモンブランがあるけど」

「じゃあ、私はショートケーキ」

「わたしも」

 渡辺さんに樹里が同調する。

「俺はモンブランで」

「僕も」

 男2人は同じものを注文した。

「飲み物はブレンドでいいかな」

 マスターの問いに4人とも頷く。


「澤田君。ちょっとひどいんじゃない」

 マスターがカウンターの向こうに戻ると、渡辺さんが僕を睨んだ。

「何が?」

 もちろん僕は渡辺さんが何を言おうとしているか分かっていた。

「樹里をどこにも誘わないなんてひどくない? もちろん澤田君がそんなことできるような人ではないことは知ってるけど、付き合っている以上はひどいんじゃない」

 渡辺さんとは1年生の時も一緒のクラスだったから僕の性格はなんとなく分かるんだろう。


「ごめん」

 僕は謝るしかなかった。

「いいのよ。隆司がそういう人だって分かって付き合っているんだから。ただ、ちょっと寂しかっただけよ」

 樹里が寂しそうな顔をする。

「ごめん」

 カノジョにこんな寂しい思いをさせるなんて僕は最低だ。

「なーんて。冗談よ。わたしは別に寂しいなんて思ったことないわ」

 樹里が楽しそうに笑う。また、芝居か。


「そういうことなら、寂しい石野と薄情な隆司に1つ提案がある」

 なんか紀夫の言い方が妙に恩着せがましいんだけど。

「なに?」

 樹里が興味深げな顔をする。

「3月の学年末試験が終わった次の日に有馬に行かないか?」

 うちの学校は3月の初めに学年末試験があり、それが終わると、卒業式の前日まで3年生は欠席しても出席扱いになる自由登校日になる。


「有馬?」

 有馬ってどこだっけ?

「有馬を知らないのか? 神戸の温泉地だ。豊臣秀吉も好んで入ったという有名な温泉のあるところなんだ」

「知らなかったわ。山崎君、よく知っているじゃない」

 樹里が感心して紀夫を見る。

「これぐらい常識だよ」

 紀夫が自慢げな顔をする。


「でも、どうして有馬なんだ?」

 温泉なら関東にも箱根や草津などの温泉地がある。なにもわざわざ関西まで行く必要はないんじゃないの。

「それは、私と紀夫が大阪の大学に行くからその下見に行くのを兼ねてっていうことなの」

 紀夫はともかく、渡辺さんは関西の大学を受けるって言っていたけど、入試はまだだと思うんだけど……。

 合格は当たり前ってことか? たいした自信だな。

 関西の地理はよく分からないが、大阪と有馬は近いってことなんだな。


「わたしたちと山崎君と真紀と4人で行くっていうこと? 日帰り?」

 樹里が紀夫と渡辺さんを見る。

「まさか? 有馬で1泊するんだ。親父の会社が温泉の付いている保養所を持っているらしいから、そこに泊まるんだ」

 たしか、紀夫のお父さんは一流商社の部長をしているとか言ってたな。

「樹里たちと同じ部屋に泊まるのか?」

 いくらもう卒業とはいえ、まだ高校生の僕たちがそんなことをしていいのか?


「何言ってんの、澤田君」

 渡辺さんが軽蔑したように僕を見る。

「隆司の気持ちはよく分かるが、残念ながら男と女は別部屋だ」

「何が残念ながらよ。当然よね。樹里」

 渡辺さんが樹里に同意を求める。


「真紀と一緒の部屋なの? 嬉しいわ。仲良くしましょうね」

 樹里が意味ありげな薄笑いを浮かべ、渡辺さんに妖しい流し目をした。

「ちょっと、樹里、クリスマス祭みたいな冗談はもうやめてよ」

 渡辺さんが少し赤くなる。

「あら、冗談じゃないわよ。本当に真紀ならOKよ。お互い覚悟を決める?」

 樹里に見つめられて、渡辺さんの目がおよぐ。


「おい、真紀。なに顔を赤くしてるんだよ」

 紀夫が怒ったように言った。

「なによ。赤くなんかなってないわよ」

 渡辺さんが顔を赤くしたまま言い返す。

「なんか真紀と石野を同じ部屋にするのは不安だなあ」

 他にどんな組み合わせがあるんだ。


「冗談だって言ってるじゃない。すぐに本気にするんだから。山崎君も見かけによらず、気が小さいわね。ねえ、真紀」

「そ、そうね」

 渡辺さんが動揺している。

「ちょっと」

 と、言って樹里が立ち上がり、お手洗いの方へ歩いていく。


「ところで、澤田君。樹里にプレゼントを渡したの?」

 渡辺さんは気を取り直したように僕を見る。

「まだ」

 すっかりプレゼントのことを忘れていた。

「何してんの? まさか買ってないっていうことはないわよね」

「もちろん。買ってるさ」

 僕は胸を張った。

「なに自慢をしてるのよ。だったら、サッサッと渡しなさいよ」

「うん」

 まったくおっしゃるとおりでなんの反論の余地もない。


 樹里が戻ってくるのと同じタイミングで店主がケーキとコーヒーを待ってきた。

「美味しい。このちょっと酸っぱ目のイチゴと甘い生クリームがすごく合う」

 一口食べて、渡辺さんが賛嘆の声を上げる。

「でしょう? ここのコーヒーの苦味もこのケーキにちょうどいいのよ」

 樹里が美味しそうにコーヒーを飲んだ。

 僕もケーキを口に入れる。栗の味がしっかり口いっぱいに広がり、栗のペーストの下から現れたメレンゲもサクサクの食感でモンブランも美味しい。


「モンブランもうまいぜ。食べてみろよ」

 紀夫が渡辺さんに勧める。

「うん」

 渡辺さんは紀夫が食べた反対側にフォークを入れて、一口食べる。

「ホント。栗だけの味がする。お酒は入れてないのね」

 モンブランは洋酒が少し入っていて風味付けをしているものが多いが、この店のは栗の味だけで勝負している。


「樹里も澤田君から少しもらいなさいよ」

「いいよ」

 僕は樹里の方に皿を押した。

「うん。ありがとう」

 樹里はそう言うと、僕が食べかけている方にフォークを入れた。

「えっ、そっちは……」

 僕が止める間も無く、樹里は口に入れた。

「やっぱり美味しい。栗がすごく甘い」

 樹里が満足そうな笑みを浮かべる。


「隆司も食べていいよ」

 樹里はショートケーキを自分が食べていた方を僕に向けて置いた。

 僕は試されているような気がした。

「ありがとう」

 樹里が気にしないなら僕は別に構わない。

 僕は一口大に切ると、口に入れた。


「美味しい」

「そうでしょう」

 樹里は自分の手柄のように言う。

「さっきの旅行の話だけど、8時半の新幹線に乗ろうと思うんだけど」

 紀夫が僕たちの顔を見た。

「8時半」

 樹里がドスの効いたようないつもよりさらに低い声で聞き返した。

 朝が苦手な樹里にとって8時半の新幹線は早すぎる。


「いや、別に隆司と石野は夕飯までに来てくれたらいいよ。なあー」

 紀夫が渡辺さんを見る。

「そうよ。私と紀夫は紀夫の借りた部屋を見に行ったりするから早めに行くだけだから、樹里たちはゆっくり来たらいいよ」

 渡辺さんは怯えたように樹里を見た。


「そう。それならいいわ」

 樹里が表情を緩ませた。

「じゃあ、僕と樹里は夕方ごろに行くよ」

「家まで迎えに来てくれるわよね」

 樹里が当然のように言うので僕は頷いた。

「新幹線で新神戸駅まで行って、そこからタクシーに乗ればいいよ。ホテルは山崎で予約しているから」

「そうするよ」

 僕は行き方を知らないので、紀夫の言うとおりに行くしかない。

 大体の旅行の予定を決め、僕たちは喫茶店を出た。






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