第11話 勝気なカノジョから入試の日に応援メール⁉︎ 脅迫メールがきた
朝、樹里にモーニングコールをかけ、家まで迎えに行き、一緒に登校して、昼には樹里が作ってくれたお弁当を一緒に食べ、放課後は樹里の家まで一緒に下校するという付き合いが始まった。
きっと、樹里はすぐに飽きて、別れようと言いだすだろうと思っていたが、一向に別れようとは言わない。
朝の会話は約束どおり、僕が新聞を読んで気になった記事の話をして、それについてどう考えるのかと樹里が聞くので、それについて自分の意見を言うだけだ。
昼はお弁当食べながら、演劇を観るのが好きらしい樹里の話す『セビリアの理髪師』や『フィガロの結婚』や『ゴドーを待ちながら』などの演劇の話を聞く。
帰り道では、僕の家のことを樹里が聞きたがるので、母さんが少し天然系かなと思う話や父さんが公務員で真面目だという話をしたりする。
対照的に樹里は、あまり自分の家の話をしたがらない。
やっと聞き出せたのは、3つ歳上のお兄さんがいることと、お父さんが何かの会社をしているということ、お母さんが料理をするのが好きだということぐらいだ。
両親がどこに住んでいるとかは決して教えてくれない。
どうしてそんなに自分の家の話をするのがいやなんだろう。
僕は女子受けするようなファションやグルメの話などできるわけもなく、決して付き合っていて、楽しい人間ではない。
こんな僕と付き合って、樹里は楽しいのだろうか?
そう思いながら、樹里と別れることもなく、付き合い始めていつのまにか1ヶ月が経ったころ、僕の入試の日がきた。
入試当日もいつもと変わらず5時に目を覚して、6時になると、樹里にモーニングコールをする。
何度か呼び出し音が鳴る。
ガチャ。
「おはよう」
しばらく応答がない。また調子が良くないのだろうか。
“……Good morning……Who’s calling?”
と、聞こえた気がするが、なんだ今のは?
いつもの樹里の低音とは違う女性らしい少し高い声で流暢な英語が返ってきた。
英語は大の苦手だから、流暢すぎるうえに声が少しくぐもっているような感じだったので、聞こえたとおりかどうかもはっきり分からないし、なんと答えていいかも分からない。
かけ間違えたか? 毎日かけている樹里の番号にかけているんだから、間違うはずがないんだけど。
「もしもし、樹里?」
僕は不安になって相手を確認した。
「……うん。隆司?」
しばらくして、いつもの樹里の低い声が聞こえた。
「誰かいるの? いま、英語が聞こえたけど……」
たしか、樹里は一人暮らしだと言っていたが……。ということは今の英語は、樹里?
「誰もいないわ。寝ぼけてテレビのスイッチを入れちゃったのよ。その音声が聞こえたのかな。なんか英語番組やってるみたいなの」
なんだテレビか。たしかに樹里の低い声とは違う高い可愛い声だった。樹里があんな声を出せるとは思えない。
「今日は迎えに行けないけど大丈夫?」
今日は入試の日だから当然、樹里を迎えに行くことはできない。
「……うん。分かってる。それよりいいの? 大事な入試の日なのにわたしにモーニングコールなんかしてきて。今日はかかってこないと思ってたのに」
樹里が眠そうな声で答える。
「毎日モーニングコールをするという約束だからね。僕が入試でも関係ないよ」
僕が入試だろうが用事があろうがモーニングコールはできるのだから、約束した以上はしなければいけない。
「そう。でも、入試はしっかり頑張ってよ。受験に落ちたのをわたしにモーニングコールをしたせいにされたらかなわないから」
僕は落ちたことを人のせいにしようなんて思ったことはない。落ちたらそれが自分の実力だ。
「そんなこと言わないよ。それより、遅刻したらダメだよ」
迎えに行けないので、樹里がまた遅刻するのではないかと不安になる。
「遅刻なんかしないわよ!! 人の心配より自分の入試のことを考えなさいよ!! スベったら許さないからね」
ブチッと電話が切れた。眠そうな声だったけど、本当に大丈夫だろうか。また、寝ないだろうか。
高校入試ではまったく緊張しなかったが、今回はちょっと緊張している。
朝、家を出るときに、母さんが緊張して顔を引きつらせている僕を見て、笑い出した。
「隆司が緊張している顔かわいい。ずっとそんな顔だったらきっとカノジョができたろうにね」
いくら親でも緊張している息子を見て、笑うというのは酷いんじゃないの。
「そんなに緊張してたら、実力を出せないぞ。深呼吸でもして、もっとリラックスしないと」
父さんの言っていることは分かるが、いくら深呼吸しても全然リラックスしない。
家から大学まで1時間半ぐらいかかるので、9時からの試験に間に合わすために、7時に家を出た。
緊張したままの固い表情で歩いていると、メールの着信音が鳴った。
駅に着いて、メールをチェックすると、樹里からだった。
『入試頑張りなさい。合格したら、豪華お弁当を作って、お祝いしてあげる。不合格だったら、気合いを入れるためにわたしのグーパンチを食べさせてあげるからね」
と、書いてある。
これ一応励ましのメールなのかな? それとも脅しメール? きっと樹里なりの励ましなんだろうなと思った。
そのメールを読んでいると、緊張がなんとなくほぐれてくるような気がして、試験に落ち着いて臨めそうな気がしてくる。
11月も中旬に入り、気温も下がってきていたので、寒さで身震いしながら、試験会場に入っていく。
ここは一番行きたい大学でどうしても合格したい。
僕は子供の頃から妖怪が出てくる昔話や小説が好きだった。妖怪は怖いだけではない。哀しさや滑稽さも併せ持っている。西洋の悪魔や魔物とは異質の存在だ。
どうして妖怪というものが生まれたのか僕は研究したいと思っていた。
この大学は僕の勉強したい「妖怪学」を専門に研究している先生がいる。
たとえ、推薦で落ちても一般入試でもここ一本でいこうと思っているぐらいに通いたい大学だ。
何としても合格を勝ち取るぞ。
心の中で呟きながら、教室に入った。
席に着くと、僕は顔を軽く叩き、自分自身に気合いを入れ、母さんが家の近くの神社でもらってきてくれた御守りを握りしめる。
しばらくすると、数人の試験官が入ってきて、試験用紙を配り始める。
試験用紙が目の前に配られると僕は大きく深呼吸をした。
「始めてください」という試験官の声で僕は問題を見て、ビックリした。
奇跡だ。
数日前、樹里に喋った新聞記事に関連することを論じる問題だった。
これならいける。僕は自信を持って答案用紙を書いていく。
樹里が僕に新聞記事の説明をしてくれと言ってくれたおかげだ。たまたまかもしれないが、樹里に心から感謝した。
「時間です。鉛筆をおいてください」という声がかかった時は、やりきった感でいっぱいだった。
昼休みになると僕は母さんが作ってくれたお弁当を開いた。高校になって食堂で食べたり、樹里が作ってくれるお弁当を食べているので、母さんのお弁当は久しぶりだ。
樹里も料理はうまいが、母さんも負けてはいない。
母さん得意の野菜炒めやオムレツ、縁起担ぎのトンカツ、ご飯には海苔とふりかけをうまく使って『ガンバレ!!』と書いてある。
いかにも母さんらしい。
僕は久しぶりの母さんの弁当を食べながら、受験をさせてくれた両親に感謝した。
午後からの面接も無難にできたので、自分の中ではなんとか合格できたんじゃないかなという手応えを持った。
だが、実際のところは結果がきてみないと分からない。
家に帰ると、母さんがニコニコしながら僕を出迎えた。
「お弁当どうだった?」
入試から帰ってきた息子に開口一番言う言葉だとはとても思えないが。
「うん。美味しかったよ」
僕は内心呆れながら、空になったお弁当箱を渡した。
「よかったわ。最近、隆司がお弁当を持って行ってくれないから、腕の振るいようがなかったのよね。今日は気合い入れて作ったからね」
母さんが自慢するように言う。
結局、母さんは一言も試験のことを聞かなかった。
父さんも夕食前には帰ってきたが、やっぱり試験のことには一言も触れてこない。
二人とも気を使っているのかな。
夜、部屋に戻ると僕は遅刻せずに行けたかどうか気になっていたので、樹里に電話した。
「はい」
不機嫌そうな声がする。
「ごめん。忙しかった?」
忙しいときに電話をかけたのかと思って心配になった。
「別に。それより入試はどうだったの?」
何の気遣いも感じられない単刀直入の聞き方。
樹里らしいといえば、樹里らしい。
「たぶん、出来たと思う」
「よかったわね」
「うん。メール、ありがとう」
本当に樹里からのメールは嬉しかった。
「不合格だったら、わたしの期待を裏切った罰として、本当にグーパンチだからね」
なんの期待だ⁇ 樹里のいつもより低い声が本気度を示している。
「それよりも、樹里、今日は遅刻しなかった?」
一番気になることを聞いた。
「も、もちろんよ」
なぜか樹里の声が焦っている。
「本当に? 生徒指導の先生に聞くよ」
「本当よ。ギリギリだけど間に合ったわ」
樹里がちょっと自慢げに言う。それ自慢になるか?
「明日からまた迎えに行くよ」
やっぱり心配だ。
「当たり前でしょう。必ず来なさいよ」
プツッ。また樹里は一方的に電話を切った。
僕のカノジョは気が短い。
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