第25話 勝気なカノジョが年越しそばを食べに来た
コンビニの店員の仕事は思っていたよりずーっとハードだった。
朝から通勤の人がお弁当やパンを買って行くし、休みに入った学生の人たちがお菓子や雑誌などを買いに来たりする。昼間は子連れの主婦の人たちも来て、お店はてんてこ舞いの忙しさだ。
僕は最初レジを任せられたが、袋に詰めたり、お釣りを渡すのにもたもたしたりするので、レジの前には長蛇の列ができてしまう。
叔父さんが見兼ねて代わりにやってくれると、あっと言う間に列を捌いてくれた。
「迷惑かけてすみません」
僕は謝った。
「初めてだから仕方ないよ。そのうち慣れるよ」
叔父さんは笑顔で言ってくれる。
慣れた頃にはバイトは終わってるんじゃないかな。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その後も業者さんが持ってきた品物の品出しやお客さんの問い合わせに答えたり、期限の過ぎた商品を引いたりと、てんやわんやだったが、どれも上手くできず、叔父さんの手を煩わしてしまった。
バイトの時間が終わる頃にはクタクタになった。
疲れきって帰ってきた僕を見て、母さんが叱咤激励する。
「やると決めた以上最後までやらないとだめよ。途中で投げ出しちゃあダメ」
僕は翌日も頑張って行った。
最初は戸惑ってばかりだったが、日を追うごとに慣れていき、終わり頃にはレジを一人で熟せるようになっていた。
「大学生になっても続けないか?」
叔父さんがそう言ってくれた。お世辞だろうけどすごく嬉しい。だが、これ以上続ける気はない。
やりたいバイトがある。
「ありがとうございます。ほとんど役に立たなくてすみません」
本当に叔父さんには迷惑をかけっぱなしだった。
「そんなことないよ。最初はどうなるか心配だったけど、最後の方はちゃんとできるようになったから助かったよ」
「また、機会がありましたら、よろしくお願いします」
僕は頭を下げた。
「じゃあ、これアルバイト代ね。少なくてごめんね。お陰でお正月の準備ができて、助かったわ」
最後の日に叔母さんもお店に来てくれて1万円の約束だったのに1万5000円のバイト代をくれた。
「こんなにもらっていいんですか? こちらこそありがとうございました」
「また、何かあった時は、お願いするわ」
叔母さんが優しく微笑んでくれた。
「叔父さん、叔母さん、お世話になりました」
僕は叔父さんと叔母さんに頭を下げ店を出る。
僕はもらったお金を持って、樹里のプレゼントを買いにデパートに向かった。
買うものはピアスと決まっているが、デパートの中にはたくさんアクセサリーを売っている店があって、どこでどんなピアスを買えばいいか僕には分からない。
一番優しそうに見える女の店員さんのいる店の前に立って、ガラスケースの中にあるピアスを見た。
たくさんの種類があり、どれにすればいいか迷ってしまう。
「どんなものをお探しですか?」
店員さんがにこやかに僕に聞いてくれる。
「ピアスを探してるんですけど、どれにすればいいか分からなくて」
「彼女にプレゼント? 高校生かな?」
店員さんは優しく微笑んだ。
「はい」
僕は恥ずかしくなる。
「予算はどれくらい?」
「1万5000円です」
「そう。じゃあ、こんなのはどうかな」
店員さんはチェーンの先に、星がついたもの、月がついたもの、花の形をしたものがついた3種類のピアスを出してくれた。
「うーむ」
見せられてもどれが樹里に似合うか分からない。樹里を連れてきて本人に選んでもらったほうがよかったか。
「イメージが湧かない? 試しに私が付けてみましょうか?」
店員さんは樹里とはタイプが違うが、美人で髪の色は樹里の髪の色に似ている。
「お願いします」
付けてもらった方がイメージできるような気がする。
「これをつけるとこいう感じになりますけど」
店員さんが一つ一つ付けてくれる。花や星型のは可愛く見えるが、月型のものは少し大人っぽく見える。
「この月のものでお願いします」
樹里は大人っぽい感じがするので月型のものが似合うと思った。
「ありがとうございます。お包みしますのでしばらくお待ちください」
店員さんが箱に入れて、綺麗な花柄の包み紙で包んでくれ、ピンク色のリボンを結んでくれる。
「彼女は優しい彼がいて幸せね」
お世辞かもしれないが、そう言われるとなんだか嬉しい気分になる。
僕は幸せな気分で家に帰った。
その日の夜、樹里に電話して、明日の大晦日に年越しそばを食べにこないかと誘うと、「行く」というので、迎えに行く約束をして電話を切った。
買ったプレゼントは明日渡そうか、それとも初詣の時に渡そうかと悩みながらベッドに入った。
翌日は朝から、家の掃除や買い物など母さんと約束したとおり家の手伝いをする。
母さんに樹里が年越しそばを食べに来ると言っていたと話すと、途端に張り切りだす。
「腕によりをかけて作るわ。美味しい年越しそばを食べさせてあげるって樹里ちゃんに言っといて」
夕方になって掃除も終わり、母さんから言い付けられた用事も全部済ましてから、樹里のマンションに向かった。
年越しそばは大晦日ならいつ食べてもいいらしく、うちは夕ご飯代わりに食べている。
いつものように操作盤の前で待っていると樹里が出てきた。
樹里は花柄のフレアースカート、黒のニットのタートルネックの上にグレーのコートを着ている。
「隆司の家は早い時間に年越しそばを食べるのね」
僕は少しでも樹里に触れていたくて、樹里の手を握る。樹里はチラッと僕の顔を見たが、何も言わずに歩いている。
「いつも夕ご飯で食べるけど、樹里の家は遅いの?」
「わたしの家は除夜の鐘が鳴り始めてから食べて、鳴り終わるまでに食べ終わるようにするの」
「夕ご飯はどうするの?」
「夕方に軽く食べるわ」
「へえー」
その家によって風習が違うものだなと思った。
それにしてもよく食べるんだな。だから、樹里もお兄さんも背が高いのかな。
家に着くと、母さんが玄関まで出迎えに来た。
「樹里ちゃん、いらっしゃい。さあ、上がって」
母さんはすごく嬉しそうな顔をする。よほど樹里のことが好きみたいだ。
「お邪魔します」
母さんは樹里をダイニングに連れて行く。
「おじさん、こんばんは。また、ご馳走になります」
もう食卓についている父さんに挨拶して、樹里が僕の横の椅子に座る。
「樹里ちゃん、いらっしゃい。お兄さんは元気?」
父さんは自分と同じ妹LOⅤEの樹里のお兄さんを気に入っているようだ。
「無駄に元気みたいです」
樹里の素っ気ない答えに父さんは苦笑する。お兄さんの愛情が少し鬱陶しいようだ。
「樹里ちゃん、堅くならなくていいからね。家だと思ってちょうだい。私も樹里ちゃんを娘だと思うから。そんな改まった言葉を使わなくていいのよ。これ、前に言ってた唐揚げのレシピ」
「ありがとうございます。わたし、言葉遣い悪いですけど、いいですか?」
「いいわよ」
母さんが樹里の前に年越しそばを置く。樹里の言葉遣い本当に汚いけど大丈夫かな。
「うわあー、すごい具沢山」
樹里が感嘆の声を上げる。
うちの年越しそばは具沢山だ。うす揚げや蒲鉾、ネギのほかに半分に切ったゆで卵や鶏肉を入れ、焼いた餅まで入れる。
樹里は美味しそうにお汁を飲んで、蕎麦を啜る。
「蕎麦の風味が口に広がって、この蕎麦美味しい」
樹里が目を大きく見開く。
「信州の親戚から送ってもらったものだよ」
父さんが自慢げに言う。
父さんの信州に住んでいる親戚が毎年この時期になると、老舗のお蕎麦屋さんで買ったものを送ってくれる。
「そうなんだ。すごく美味しいよ。おじさん。それにこのお揚げも甘くて美味しい。うちのお揚げは全然甘くないの」
樹里が本当に美味しそうな顔で食べる。
「樹里ちゃんは甘い方が好き?」
「おばさんの揚げが好き。ちゃんと油抜きもしているし。うちのはすごく油っぽいの」
「よかったわ。隆司も甘い方が好きよね」
「もちろん」
母さんの甘いうす揚げの入ったおそばが大好きだ。
「樹里ちゃんの家の年越しそばはどんなの?」
母さんが興味津々という感じで聞く。
「わたしのところは年越しそばはもりそばなの。変わってるのかな」
樹里が自信なさげに言う。
「そうなの。別に変わってはいないと思うわ。東京ではもりそばの人も多いわよ」
「そう。よかった。うちは変わっているのかなあってずっと思っていたの」
「そんなことないわよ」
「もりそばもいいな。母さん、うちも来年はもりそばにしようか?」
父さんはどうやらもりそばを食べたいようだ。
「ダメよ。寒い時にはやっぱり温かい蕎麦の方がいいわ。そうでしょう、隆司」
母さんが同意を求めるように僕を見る。
「そうだね」
正直どっちでもいい。
「おばさん、この揚げの作り方教えて」
「いいわよ。あとで作り方をメモしてあげるわ。樹里ちゃんが来てくれて、すごく嬉しいわ。うちは子どもは隆司だけでしょう。男の子は小さい時は可愛いけど、大きくなったらねえ。樹里ちゃんみたいな女の子がずっと欲しかったの。今から頑張る?」
母さんが父さんに流し目をする。
悪かったね、可愛くなくて。父さんが困った顔しているじゃないか。
樹里の前でそんなこと言うのやめてくれるかな。
「アハハハハハ。おばさん、それ面白い。隆司に妹ができるんだ」
樹里には大ウケしているけど。
「樹里ちゃんは明日も来てくれるんでしょう。お雑煮作るから食べに来て」
母さんが期待した目で樹里を見る。
「そのつもりだけど」
「樹里ちゃんは、振袖を着るのかな?」
どうやら父さんは樹里の晴れ着姿が見たいようだ。
僕も見たい。
「ええ。美容室に予約して着付けをしてもらえるようにお願いしてるから」
それは楽しみだ。樹里が着物を着たらきっと綺麗だろうな。
「樹里ちゃん、行ったり来たり大変じゃない? 今日は泊まっていけば?」
母さんがとんでもないことを言い出す。
「おいおい。樹里ちゃんにどこで寝てもらうんだ?」
父さんもビックリしている。
「あら、1日ぐらいなら、あなたが隆司の部屋で寝て、私と樹里ちゃんが一緒に寝ればいいでしょう。それとも樹里ちゃん、隆司と一緒の方がいい?」
「なに馬鹿なこと言っているんだ。母さん」
思わず僕は叫んだ。
前なら樹里と一緒に寝たとしても絶対何もしないと誓えるが、樹里にメロメロになりかけている今の僕は自信がない。
許嫁がいるのにそんなことになったら大変だ。
もっとも何かしようとしたら樹里に殴り飛ばされるだろうけど。
「おばさん、冗談やめて」
樹里も当惑している。
“Sooner or later”
突然、母さんが英語を喋った。母さんって英語を話せるのか? どういう意味だ。
どこかの教育番組みたいに、どうして僕の周りは英語を急に話し出すんだ。あの番組ではお助けマンみたいな人が出てくるけど、僕にはいない。
訳が分からない。
樹里を見ると、目が大きく見開かれている。
「おばさん、何言っているか分からないわ」
樹里が顔を引きつらせて首を横に振った。
「そう?」
母さんの顔になんとも言えない微笑みが浮かぶ。
「じゃあ、もう帰るわ。明日、また来るわ」
樹里が立ち上がったので、僕も家まで送ろうと思って立ち上がった。
「送らなくていいわ。道は分かるから。明日は来る前に電話する」
樹里はそう言って帰って行った。
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