第9話 勝気なカノジョが下級生に慕われていた
放課後、一緒に帰るためにD組の教室に行くと、樹里が教室を出て行こうとしていた。
「どこか行くの?」
「ごめん。先生に呼ばれたの。校門のところで待ってて」
「分かった」
僕は仕方なく校門で樹里が出てくるのを待っていると、この間の1年生のお下げの女子が近づいてきた。
「委員長。この間はありがとうございました。お陰で石野先輩が当番に来てくれました」
僕にペコンと頭を下げる。
「石野さんはちゃんとやってた?」
まさか下級生の前で『樹里』と呼び捨てにするわけにはいかない。
「石野先輩はいい人ですね。今まで来なかったことを謝ってくれて、『サボってたから、次から私一人でやるから来なくていいよ』とまで言ってくれたんです。仕事も早いし、1回説明しただけで全部覚えて、ほとんど一人でやってくれて。すごい人だなと思いました」
樹里をいい人とかすごい人とか呼ぶ女子がいるとは思っていなかったので、びっくりした。
「そう。それは良かったね」
これまでは委員長らしいことをあまりしてこなかったので、ちょっとは委員長らしいことができたかと、嬉しくなった。
「でも、どうして、石野先輩の評判があんなに悪いのか不思議なんです」
お下げの女子は不思議そうな顔をする。
「まあいろいろあるみたいだからな。見た目もあんな感じだし、人のカレシを取ったとか言われてるし、授業態度もあまり良くないみたいだから」
樹里にこんなことを聞かれたら、殴られるな。
「私、入学前に石野先輩に会ってるんです」
「どこで?」
樹里からそんな話を聞いたことがない。
「ここの入試を受ける時に、一緒に受ける人たちとの待ち合わせ時間に遅れてしまって……待ち合わせ場所にはもう誰もいなくて、一人で行こうとしたら道に迷ってしまったんです」
うちの学校は大通りに面しているわりに、結構複雑な道なんだよな。
「もう間に合わないと思って、涙を流しながら歩いていたら、石野先輩に会ったんです。見た目で怖いなと思っていると、『どうしたの?』って聞いてくれて、事情を説明したら、『うちの学校だよ』って言って道案内してくれて」
へえ、意外といいところあるじゃないか。
「歩いている間も自分の学校がどんなにいい学校か話してくれて、『絶対大丈夫だから、頑張りなよ』って言ってくれたんです。すごい緊張してたんですけど、そう言われてなぜかホッとして緊張がほぐれた感じがして、お陰で合格できました。お礼を言いたかったんですけど、名前を聞かなかったんで、どこにいるか分からなくって……一度、廊下で見かけたんで声をかけようと思ったら、『あの人、評判悪いから近づいたら駄目だよ』って友だちに言われて、それで声をかけられなくって」
すごく申し訳なさそうな顔をする。
「石野さんは女子には嫌われているからね」
「でも、あんな優しい人がそんなことないとは思ったんですけど……それで一緒の図書委員で当番も同じと知って、あの時のお礼を言おうと思ってたんです。だけど、委員会も当番にも来ないから……別に一人で当番をしても苦じゃなかったから黙っていようかと思ったんですけど、どうしてもお礼が言いたくて……」
樹里が当番に来なかったのは事実だし、それは仕方ないんじゃないかな。
「お礼は言えたの?」
「はい。でも、覚えてもらってなかったみたいで。だけど、『合格できてよかったね』って言ってくれたんです。私の勘なんですけど、石野先輩は何か理由があって嫌な女子の役を演じているんじゃないかと思うんです」
思うのは勝手だけど、どうしてそんな役を演じないといけないんだ。
「そうかな?」
「私の勝手な想像です。ありがとうございました。お先に失礼します」
帰っていくお下げの女子の背中は妙に嬉しそうに見えた。
今の話を聞いていると、いろんな噂を聞いて樹里のことを偏見をもって見ているだけで、本当は優しいのかもしれないと思えてくる。
しばらく待っていると、樹里が走ってきた。
「ごめん。先生がしつこくてさ。行こう」
樹里が先に立って歩き出す。
「何かあったの?」
先生がそんなにしつこいというのはよほど重大なことだろう。
「進路のこと」
「進路?」
「そう。進路希望書を検討中って書いて出していたから、早く決めるようにずっと言われてたんだ。だけど、考えるのも面倒くさいから知らんふりをしてたんだ」
それは呼び出されるはずだ。うちの高校は3年生の4月に進路希望書を出し、それに基づいて先生方は指導するようになっている。
様々な理由でなかなか決められない人もいるが、どんなに遅くとも夏休み前には出すことにはなっている。
10月も中旬を過ぎたこの時期まで出さない人がいるとは聞いたことがない。
「それで進路は決まったの?」
「ヒミツ」
樹里は悪戯っぽい顔をした。
うちの学校はほとんど進学するが、少数だが就職する人もいる。
樹里はどうするんだろうか。
「隆司は大学行くんでしょう」
「学校推薦もらってて来月試験なんだ。もう時間がないから、朝早く起きて勉強しているんだよ」
「へえー、もうすぐじゃない。それで、朝早く起きてるんだ」
僕は3日に1度小論文の課題を先生に出してもらい、書いた物を提出して添削してもらっている話をした。
「そうなんだ。頑張ってるんだ」
だから樹里に振り回されている場合じゃないんだけど。
「それより、さっき窓から見ていたんだけど、1年生の子となんの話をしていたの」
先生の話を聞きながら外を見ていたのか。やっぱり態度悪いな。
「別に大したことじゃないよ」
「言って。隠れてほかの女の子とコソコソされるのは嫌いなの」
樹里の目が厳しく光った。
自分はいろんな男と付き合っても相手が他の女子といっしょにいるのは許さないってことかな。
別に、隠れてコソコソしていたつもりはないけど。
「樹里のことだよ」
「私のこと?」
1年生の子が僕に話してくれたことを樹里にも話した。
「ああ、そのことね。あの子にも言ったんだけど、覚えてないのよね。なんかそんなことしたような気もするんだけど……」
樹里が首をかしげる。
そうだろうな。半年以上前のことなんて覚えてないよな。
「樹里のことすごく褒めてたよ。優しくていい人だって」
「そう。まっ、見る人が見ればちゃんと分かってもらえるのよね。わたしは誤解されやすいの」
樹里の顔はどこか誇らしげだった。多分、誤解されやすいことをしてるからだと思うんだけど。
樹里はチイちゃんと同じマンションの前まで来ると立ち止まった。
「部屋番号を教えるから一緒に来て」
樹里が僕の手を取り、マンションの自動ドアの中に入って、操作盤の前に立った。
「このマンションは隆司も知っているようにオートロックだからこの操作盤に私の部屋の番号を入れて、この呼び出しボタンを押したらいいの」
樹里が自分の部屋番号を押してみせた。小さな画面に部屋番号が表示されている。
「樹里はチイちゃんのことを知っているの?」
「どうしてそう思うの?」
「僕がチイちゃんを抱いているのを見て『大変ね』って言ってたし、チイちゃんが樹里に向かって手を振ってたから、知ってるのかなと思って」
まったく知らない人にいくら小さい子とはいえ、手を振ったりはしないだろう。
「知ってるわ。あの子、お母さんの目を盗んで、よく一人で外に出て行くみたいなのよ。わたしも2回くらいあの子を部屋まで連れて行ったわ。あのお母さん、シングルマザーらしいんだけど、もうちょっとチイちゃんのことを見ていないとそのうち大変なことになるわよ」
樹里が顔を顰める。
「そうだね」
僕は頷いた。
「それで、部屋番号覚えた?」
「えっ」
僕はボーっと見ていたので、全然覚えていない。
慌てて盤を見たが、もう消えていた。
「見てなかった」
僕が正直に言うと、軽蔑したような目を樹里が向けた。
「なにをボーっとしてるのよ。なんのためにここへ連れてきて操作してみせたと思っているのよ」
「僕が操作盤の操作を知らないと思って」
「あのねー、いくら隆司でもそれぐらい知っていることは分かってるわよ。それとも知らないの?」
「知ってる」
「ハアー、もう1度押すからしっかり見てなさいよ」
樹里が呆れたように僕を見る。
「ごめん」
そうか。自分の部屋番号を教えるために引っ張ってきたのか。てっきり僕が操作盤の操作を知らないと思っているのかと思った。
今度は樹里が押す番号をしっかり見て頭に叩き込んだ。
「覚えた?」
「大丈夫」
「明日からちゃんと迎えに来るのよ。じゃあね」
樹里は操作盤に鍵を差し込むとそのままマンションの中に入っていた。
部屋番号を忘れたらきっとグーパンチだろうな。忘れないようにしないと。
僕は頭の中で何度も樹里の部屋番号を暗誦しながら帰った。
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