第6話 勝気な女子に嫌がらせで告られた‼︎……告らされた‼︎

 僕は石野さんの横に立ったが、石野さんは気付かないのか顔を伏せたままだ。

「石野さん」

 机に突っ伏している石野さんに声を掛ける。


「今度はなに?」

 明らかに不機嫌な声を上げて石野さんが顔を上げた。

「ちょっと話があるんだけど」

 僕は顔を引きつらせる。

「澤田君?」

 石野さんが意外そうな顔をして僕を見つめる。


 名前を呼ばれてビックリした。どうして石野さんは僕の名前を知っているんだ?

 同じ学年だから知っていても不思議ではないとはいえ、全員の名前を知っているわけではないだろう。

 ましてや僕と石野さんは接点がないし、僕はまったく目立たない存在だ。


「どんな話?」

 石野さんは僕が立っているのとは反対の窓の方に顔を向けた。

 僕にはまったく興味がないということかな。それとも僕の顔を見たくもないってことか。


 石野さんにそんなに嫌われるようなことした記憶はないが。

 そもそも会ったことも話したこともないんだけど。

 まあそんなことはどうでもいいや。

 石野さんに嫌われていようが別にどうでもいい。要件を済ませてさっさと戻ろう。


「石野さん、図書委員だよね?」

 僕は恐る恐るという感じで聞いた。

「そうだったかしら?」

 やっぱり女子としてはかなり低い声だ。

「そうだったかしらって。本当に知らないの?」

 石野さんがとぼけていると思った。


「そういえば、くじ引きでなんかそんなのに当たったような気がするけどよく覚えてないわ」

 よく覚えてないって。そんな無責任な。


「先生からも言われていると思うけど、図書委員には、図書当番っていうのがあるんだ。今日、石野さん、図書当番だから放課後、図書室にきてください」

 たしか、司書の先生が石野さんの担任の先生に当番に行くように言ってもらっていると言ってた。


「行かない」

 顔を背けたまま石野さんが言った。

「行かないってどういうこと? 石野さんは図書委員会に一度も来てないから、知らないかも知らないけど、図書委員はだいたい2週間に1度は図書当番をするように決まってるんだよ。だから石野さんも図書委員だからちゃんと当番をしてくれないと」

『行かない』と言われても、そうですかと簡単に引き下がるわけにはいかない。


「だから、くじ引きで無理矢理やらされたんだからそんなことする気はないわ。無理矢理やらされるなんて絶対イヤよ」

 石野さんの理屈は無茶苦茶だ。


 図書委員なんか僕のような変わり者以外なり手はなかなかいない。

 だから、各クラスでジャンケンやくじ引きで決めたりする。そして当たった人はたとえ嫌々でも図書委員の仕事をちゃんとする。それが当たり前だ。

 そうでなければ図書室の運営ができなくなる。そんなことは小学生でも分かることだ。


「そんな言い訳は通用しないよ。みんな、嫌でも我慢してやってるんだ。嫌だからやらないなんて不公平だろう」

 僕はだんだん腹が立ってきた。あまりにも石野さんは無責任すぎる。

 僕は大声を出したことはほとんどない。だが、今回ばかりは声が大きくなっていく。


「おい。澤田が怒っているぞ」

「澤田君? どうしたのかしら?  珍しい」

 教室の中がざわついてくる。


「つまり、嫌なことを我慢している人がいるんだから、嫌でも我慢してするのが公平だって、澤田君は言っているのよね」

 石野さんが僕の方に顔を向けた。間近で初めて見た。

 ギャルメイクをしてケバい感じはするが、くっきりとした濃い眉に少し吊り上がっている切れ長の大きな目、鼻筋の通った高い鼻、真っ赤なルージュを引いたふっくらとした唇という外国人モデルのような噂通りの美人顔だ。


「簡単に言えばそういうことかな」

 少し興奮していた僕はよく考えずに答えてしまった。

 石野さんはゆっくりと立ち上がって、僕の前に立つと、見下ろすように僕を見た。


 僕よりも10センチ以上高い。遠くから見たときよりもさらに大きく見えた。

 腰までありそうな明るいブラウンの髪の毛を編んで一纏めにし、右胸の前に垂らしている。

 手足も長く、胸の膨らみもしっかりあるモデル体型だ。


「じゃあ、澤田君は図書委員の仕事が嫌なの」

 160センチしかない僕は石野さんに見下ろされると、威圧されているように感じる。

 だが、僕も負けずに見上げて石野さんを睨んだ。


「僕は嫌じゃないよ。好きだよ。だけど、嫌だと思っても当番をしている人もいるんだから石野さんにもしてもらわないと不公平だと言っているんだよ」

 石野さんが一瞬、ニンマリと笑ったような気がした。


「澤田君は私みたいなのは嫌いでしょう?」

「えっ」

 急に何を言うんだ。今そんなこと関係ないじゃないか。


「どうなの? 好き? 嫌い?」

 嫌いだ。自分勝手で責任感のない石野さんみたいなタイプは大嫌いだ。

「好きではないかな」

 だが、面と向かって女子に嫌いとは僕には言えない。


「じゃあ、私なんかと付き合うのはすごく嫌でしょう?」

 いやだ。絶対いやだ。こんな女子と付き合ったら、振り回されるだけ振り回されるに決まっている。

 そんなのはごめんだ。


「そ、そうかも」

 でも、僕は気が弱い。やっぱりそうだとははっきり言えない。

「そう。だったら、私と付き合ってくれたら、図書当番してあげる」


「えー」

 僕だけでなく周りで聞いていた生徒からも驚きの声が上がった。


「なんで僕が石野さんと付き合わないといけないんだ。図書当番となんの関係があるか分からない。それに石野さんは僕なんかにまったく興味がないでしょう。それなのになんで付き合わないといけないの?」

 顔を背けるぐらい興味がない男と付き合おうと言う石野さんの気持ちが分からない。


「嫌がらせ」

 石野さんが低い声でボソっと言った。


「嫌がらせ?」

 なんで僕が石野さんから嫌がらせをされないといけないんだ。


「澤田君は嫌なことを我慢してやっている人もいるんだから、私も嫌なことを我慢してやるのが公平だと言ったわよね」

 そんなようなことを言ったような気がする。

 僕は頷いた。


「じゃあ、澤田君の言うとおりに私が図書当番をしたら、嫌なことを我慢して私はすることになるわ。でも、澤田君は図書当番することは嫌じゃないんだよね」

 たしかに嫌じゃない。僕はまた頷いた。


「それじゃあ澤田君は嫌なことをやってないじゃない。私には嫌なことを我慢してやらせといて自分が嫌なことをしないのは不公平じゃない?」

 石野さんの綺麗な顔が必要以上に近づいてくる。

 僕は好きでもないのにドギマギしてしまい、冷静に考えられなくなってくる。


「それで嫌がらせで僕と付き合うというの?」

 僕は石野さんの言い分に納得ができない。


「そうよ。私が嫌なことを我慢してするんだから、澤田くんにも嫌なことを我慢してやって欲しいわ。そうじゃないと不公平なんでしょう。違う? そんな不公平なことを私にだけさせようっていうの? 私の言っていること間違っている? どこか間違っている?」

 さらに石野さんが顔を近づけてくる。


 見下ろされるだけでも威圧感があるのに、さらに美人顔を近づけられるとドキドキしてしまい、頭がうまく働かない。


「僕が石野さんと付き合えば不公平じゃないっていうこと?」

 石野さんの理屈は絶対おかしいんだが……。


「そうよ。澤田君は私と付き合うのは嫌なんでしょう? 私に嫌なことをさせる以上澤田君も嫌なことをしてよ。私と付き合う? それとも私にだけ不公平なことを押し付けて知らん顔するわけ? 澤田君はそれで平気なの? 澤田君はそんな人なの?」

 ダメだ。いくら考えても石野さんの言い分のどこが間違っているのか分からない。


 付き合うことを断ったら、たぶん当番をしないと石野さんは言うだろう。

 別にそれで司書の先生に駄目でしたと言えば、先生は何も言わないだろう。


 だが、ちゃんとしている人がいるのに自分はしたくないからしないという理屈を僕はどうしても許すことができない。


 僕が我慢すればいいんだ。

 僕は女子に気に入られるような話をすることもできないし、イケメンでもない。

 なんの取り柄もない僕に石野さんはすぐ飽きて別れるって言うだろう。

 少しの間辛抱すればいいんだ。

 それぐらいなら我慢できる。


「分かった。付き合うよ。その代わり当番と委員会には必ず出てよ」

 石野さんが不満そうな顔をしている。石野さんの言う通りにすると言っているのに何が不満なんだろう。


「別に無理して付き合ってもらわなくてもいいわよ。わたしは別に図書当番なんかしたくないんだから。澤田君がわたしと付き合いたいって言うなら別だけど」

 僕なんかに自分から付き合ってくれって言うのはプライドが許さないということか。


 もうこうなりゃヤケだ。

「石野さん、僕と付き合ってください」

「いいわよ」

 石野さんがニコッと笑った。

 これで断られたら、殴ってやろうかと思った。

 もちろんそんなことは僕には出来ないだろうけど。


「じゃあ、今日は当番だから必ず図書室に行ってよ」

 僕がそう言うと、石野さんが突然手を出した。

 握手かな?

 石野さんの手を握った。


「何してるの?」

 石野さんが不思議そうに僕を見る。

「握手」

「なんで握手をしないといけないの。バカじゃないの? 私と付き合うんでしょ。どうやって連絡し合うのよ!!」

 アドレスとかスマホの番号を教えろっていうことね。

 だが、僕はスマホも書くものも持っていない。


「ごめん。書くもの持ってないよ」

「ここに書いて」

 石野さんは何かのノートの一番後ろを開けると、シャーペンを僕に渡した。

 僕はスマホの番号とメールアドレスを書いた。


「私のは後でメールするわ」

 石野さんはそう言うと、用事は終わったと言わんばかりに机に突っ伏してしまう。

 なぜこうなったんだろう。全く理解できない。

 僕は極度の緊張と精神的疲労で、フラフラしながら教室を出た。


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