第12話 勝気なカノジョにオロオロしていてまた怒られた
合格発表までの1週間が1年のように永く永く感じた。
早く来て欲しいような来てほしくないような悶々とした日々をすごす。
もういっそのこと何もかも捨てて逃げ出したい気持ちにもなる。
そんな僕の様子を樹里が冷たい目で見て一言、「肝っ玉の小さい男ね」と、一刀両断に切り捨てる。
そうだよ。僕は気の小ちゃな情けない男だよ。そんな男が嫌いならサッサッと振ってくれ。
そんな気持ちで毎日を過ごしていると、ついに合否の通知が来る日になった。
合否は郵便で通知されてくる。
昨日の午前中に発送されているから今日には着くはずだ。
ホームページ上では、昨日合格発表が行われているが、僕には変なこだわりがある。
郵便で通知をしてくれるというのに、先にインターネットで見るというのは納得がいかない。なぜだと聞かれてもそれが僕のこだわりだからと言うしかない。
通知をくれるというならそれを潔く待つべきだ。インターネットで見るというのは結果を先に覗き見しているような気がして、潔さを感じない。
昨夜は、発表が気になって、気になって全然眠れなかった。寝よう寝ようとしてもどうしても発表のことばかりが頭をよぎって、一向に眠気がこなかった。
気がつけば、起きる時間になっていった。目は開いているが、頭がボーっとしている。
推薦が駄目でも一般入試がまだあるのだから、そんなに推薦に執着することはないということは頭で分かっているが、どうしても早く通って楽になりたいという気持ちが強い。
いつものように樹里にモーニングコールしてから机の前に座っても、合否のことばかり考えてしまう。
大丈夫だっていう気持ちと、どこかでミスしたんじゃないだろうかとか面接の受け答えはあれでよかったのだろうかという気持ちが入り混じり、頭の中であれこれ考えてしまう。
樹里に話をするために、僕は新聞を取ってきて読んだが、頭に入ってこない。なんとか一つの記事を読んで、頭に入れた。
食卓で、母さんが話しかけてきてもほとんど聞こえていなかった。
「隆司。母さんの話を聞いている?」
母さんが心配そうに僕を見る。
「ごめん。聞いてなかった」
「どうした? 目が赤いぞ」
父さんも見ていたテレビから僕の方へと目を向ける。
「そう?」
僕は無理に笑った。
「ひょっとして、今日、通知が来る日だから気になって寝れなかったんじゃないの? そんなに気になるなら、インターネットでも合格発表しているから見たらいいのよ」
「いや。いいよ。わざわざ送ってくれるっていうのに先に結果を知っているなんて、全然潔くない。僕は通知を待つよ」
「変なところで頑固なんだから。だったら、そんな狼狽えてないで、潔くしていなさい。でも、不合格だったからって落ち込まないのよ。まだ一般入試もあるんだから。それでも駄目なら就職してもいいんだからね。隆司が大学に行かなくても父さんや母さんは悲観したりしないわ。隆司には隆司の人生があるんだから」
たぶん母さんは僕を元気づけようとしているつもりなんだろうけど、スベることを前提みたいに話されると、落ち込みそうになるんですけど。
「そうだぞ。気にすることはないぞ。人生はいいことも悪いこともあるんだからな」
父さんも不合格だと思ってるのかな。
「分かっているよ」
僕はそう言って、家を出た。
「気を落としてはダメよ。気をしっかり持つのよ」
母さんの追い討ちをかけるような声が後ろから聞こえてきた。なんかもう落ちたような気分になってくる。
樹里のマンションに着くと、僕はいつものように呼び出しのチャイムを鳴らして樹里が下りてくるのを待った。
「おはよう。どうしたの? 目が真っ赤だよ」
樹里が僕の顔を見て驚いたような顔をしている。
「おはよう。昨日寝れなかったんだ」
父さんにも言われたが、樹里が驚くほどだからよほど眼が充血しているらしい。
「私のことを考えて寝れなかったの?」
樹里がからかうように言う。
それはない。絶対ない。
「今日、合否通知が来るんだ」
「ああ、そうだったっけ」
樹里が納得したような顔をする。
「うん」
僕は頷いた。
「通知を待つって決めたんなら、男らしく堂々としてなさいよ。そんなことでオロオロするなんてみっともないわよ」
「分かっている」
分かっているが、頭が勝手に考えて、不安になってしまう。
「不合格だって気にすることないわ。一般入試も受けるんでしょう? 一般入試がダメでも浪人すればいいじゃない。今は1浪ぐらい当たり前なんだから」
「いや。うちは浪人する余裕はないよ」
父さんも母さんも口では就職すればいいと言っているが、頼めば多分、1浪ぐらいはさせてくれるだろう。
でも、家のローンがあり、私立の高校まで行かせてくれた両親に浪人までさせてくれとは僕には言えない。
「だったら、グーパンチをしてから、就職するなら、パパに頼んであげるわよ。パパ、顔が広いからきっといいところを紹介してくれると思うわ」
まずはグーパンチなんだ。
娘をあんな家賃の高いマンションに住まわせるぐらいだからパパは相当金持ちだろうからね。
「ありがとう。その時はお願いするかもしれない」
それにしても父さんにしろ母さんにしろ樹里にしろ僕がスベることを前提でなぜ喋るんだろう。よっぽど僕が勉強できないと思っているのかな。
「いい? もうオロオロしない」
樹里がいきなり僕の頭を叩いた。
「痛い」
パーで叩かれてもけっこう痛い。これがグーパンチならもっと痛そうだ。
「ちゃんと授業を聞くのよ。また昼休みね」
樹里は僕に手を振ると、自分の教室に入っていた。授業態度を樹里にだけには言われたくない。
紀夫が言っていたが、樹里は、ほとんど外を見ているか寝ていて授業を聞いていないらしいから。
「どうした。眠そうだな。Hビデオの見過ぎか?」
席に着くなり紀夫が僕の顔を見て笑った。そればっかり。
「違うよ。今日、合否通知が来る日だから、気になって眠れなかったんだ」
僕は大きな欠伸をひとつした。
「ああ、そうか。落ちても気にするなよ。一般も受けるんだろう?」
おおー、紀夫よ、お前もか。
どうして僕にみんな落ちる、落ちるっていうんだ。もう聞き飽きた。僕の周りにはデリカシイのある人は1人もいない。
「そうだな」
僕は文句を言うのも疲れるので頷いた。
「まっ、座して待つの心境にならないとな。それにしても大変だな俺にはもう入試なんか関係ないから気楽だよ」
紀夫が余裕の表情をする。紀夫は陸上部のスポーツ推薦で関西の大学に進学が早々と決まっている。
「気にするな。気にするな」と、みんなに言われたので、なんとか授業に集中しようとするが、気にしないようにと意識すればするほど余計気になって、なかなか授業に身が入らなかった。
通知が来たら、母さんがメールをしてくれることになっているので、休み時間ごとにメールをチェックするが、なんのメールも来ていない。
昼休みになると、樹里が教室にやって来た。
11月も終わりになると、外で食べるのはさすがに寒い。
この頃は、テニスコートのところで食べるのをやめて、僕の教室で食べている。
カノジョといつもどこかで食べている紀夫の席に樹里は座り、後ろを向いて、僕の机でお弁当を食べている。
お弁当を食べ終わると、そろそろ郵便がきているのではないかと思ってスマホが気になって仕方がない。
「よっぽど気になるのね」
樹里が呆れたように言う
「ごめん」
僕は素直に謝る。
「気にするなって言っても無理なようね」
樹里は諦めたようにつぶやくと立ち上がった。
「本当に情けない男ね」
樹里の目が憤怒で険しくなる。
「弁当美味しかったよ。いつもありがとう」
樹里は嫌がらせで付き合っているといっているわりには毎日違うおかずを作ってくれる。
「そうそう、今日、私、図書当番だけど先に帰っていいわよ。目の前でオロオロされても鬱陶しいだけから」
樹里の軽蔑したような眼で僕を見る。
「分かった。ごめん」
本当に樹里に嫌われたかもしれない。
いつもは昼休みいっぱいまで話をしているが、今日は食べ終わると樹里はサッサと教室に戻って行った。なんか悪いことをしたような気がする。
午後も授業には全く身が入らなかった。休み時間にメールをチェックしたがまだ何もきていない。
終礼が終わると、僕は教室を飛び出して家に向かって急いだ。
家に帰る途中でメールの着信音が鳴った。スマホを見ようかと思ったが、僕はそのまま見ずに家に帰ることにした。
ここまできたら自分の目で確かめたい。
僕は家に入ると、すぐにダイニングに向かった。
「来たわよ」
母さんがテーブルの上を指す。僕はテーブルを見た。
大きい封筒だ。深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから封をハサミで切る。
「合格」
の文字が目に飛び込んできた。
「ヤッタア!!」
僕は大声をあげた。
「よかったね」
母さんもホッとした顔をした。
これで僕は春から大学生だ。
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