第13話 勝気なカノジョが合格祝いをしてくれた

 夕食は豪華だった。

 母さんは寿司屋さんで大トロや鯛の握りが入っている盛り合わせの寿司桶を取ってくれ、さらに『合格おめでとう』と書かれたホールケーキまで買って来てくれた。

 お父さんは丸ごと1匹のローストチキンを買って帰ってきた。

 僕は鶏肉が大好きだ。


「隆司、おめでとう。頑張ったな」

「よかったわね。これで春から大学生ね」

 父さんも母さんも心から喜んでくれる。

「ありがとう。すごく嬉しいよ。大学行ってもちゃんと勉強するし、アルバイトもしてあんまり迷惑をかけないようにするよ」

「すまんな。学費は出してやれるが、隆司の小遣いまでは難しいと思うんだ」

 父さんが謝った。

「謝ることないよ。みんなバイトで小遣い稼ぎしてるんだから大丈夫だよ」

 僕は笑った。私学の高校は公立の高校よりもお金がかかる。僕の性格から公立より私学の方がいいだろうと行かせてくれただけでも有難い。

 学費を払ってもらえるだけでいい。それ以上負担をかける気はなかった。


「さあ、食べましょう」

 母さんはそういうと父さんのコップと自分のコップにビールを注ぐ。僕は目の前に置かれているオレンジジュースを自分のコップに入れた。

「乾杯」

「合格おめでとう」

 口々に言うと、一気に飲み干した。

「いただきます」

 ローストチキンや寿司の他にもサラダ専門店で買ったサラダも並んでる。こんな豪華な夕食は初めてだ。

「隆司、ほらこの大トロ食べて。今度はいつ食べれるか分からないわよ」

「そうだぞ。どんどん食べろ。今日は思いっきり奮発したんだからな」

 父さんと母さんが次々と皿に料理を入れてくれる。僕は今までに味わったことがない豪華な料理を堪能した。


 部屋に戻ると、樹里に電話をした。合格できたのも樹里のお陰と言っても言い過ぎではない。

 樹里が新聞の記事の話をしてくれと言わなければ、僕は毎日新聞を読むことがなかっただろう。もし、新聞を読んでなかったら、あの小論文には相当苦戦していたと思う。

 樹里のスマホに電話したが、なかなか出ない。昼間のことを怒っているのだろうか。

 切ろうかと思った時に樹里の低い声がした。


「もしもし」

「樹里?」

「うん」

「合格した」

 一瞬間があった。

「そう。おめでとう」

 ほとんどなんの感情もこもっていない声だ。

「樹里のお陰だよ」

「どうして?」

 樹里が不思議そうに聞き返してくる。

「樹里が毎日新聞の記事の話をしてと言ってくれたお陰だよ。樹里に話した事と同じようなテーマの問題が出たんだ。だから小論文を上手く書けたと思う。本当にありがとう。感謝しているよ」

 僕は涙が出そうになる。

「偶然よ。よかったわね」

 声はいつもどおりだが、何となく喜んでくれているような気がする。

「うん。ありがとう」

「じゃあ、また明日」

 樹里がもう要件は終わったよねという感じで言った。

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

 僕は電話を切った。

 樹里は僕と嫌がらせで付き合っているかもしれない。僕も樹里とイヤイヤ付き合っていたつもりだが、だんだんと樹里の存在が僕の中で大きくなってきているような気がする。

 早く僕を振ってくれないだろうか。

 このまま続いたら、樹里のことを好きになってしまうかもしれない。


 翌朝、僕はいつものとおり5時に起きた。もう早朝の勉強をやめていいんだから起きる必要はないが、習慣になってしまったのか勝手に目が開いてしまう。

 もう寝れそうにもないので、僕は新聞を取りに行き、ゆっくりと読む。

 今日は樹里に何の話をしようかな。

 新聞を読んでいると、6時になったので樹里に電話する。

「もしもし」

 樹里のいつもの気だるそうな声が返ってくる。

「起きた?」

「隆司? なに? どうしたの?」

 樹里が驚いたような声をしている。


「モーニングコールだけど」

 自分が毎日しろと言っときながら急に何を言いだすのかと思った。

「もうしてこないのかと思っていた」

 合格したら、僕がギリギリまで寝るだろうから、もう電話はかかってこないとでも思っていたんだろうか。

「どうして? 約束したよね」

「そう。優しいのね」

 珍しく褒められた。

「じゃあ、いつも通り迎えに行くから」

「うん。分かった」

 電話を切った。


 いつも通りの時間に出てマンションの前に行くと、いつもはまだ部屋の中にいる樹里が珍しく入り口に立っていた。

「どうしたの? 珍しい」

「今日は調子が良かったから寝起きがよかったのよ。たまにはいいでしょう」

 樹里がいつものように僕の手を握って歩き出す。

「調子がいいんなら良かった。何かあったのかと思った」

 人が違うことをする時、何か理由があることが多いというのを何かの本で読んだことがあった。


「合格おめでとう。ところで、大学では何を勉強するの?」

 そういえば、大学で何を勉強するか樹里には言ってなかったような気がする。

「妖怪」

「妖怪?」

 樹里が驚いたように僕を見る。普通はこういう反応するよな。

「妖怪って『ファントム』とか?」

 ファントムってたしか『オペラ座の怪人』に出てくる怪人の名前だよな。

「ちょっと違うけど、座敷わらしとかあずきとぎとかそっちの方かな」

 西洋の魔物と日本の妖怪は少し違う。西洋の魔物は悪者というイメージだが、日本の妖怪は必ずしも悪者ということにはならない。

「ああそうか。柳田國男とかっていうことね」

 樹里がサラッと言う。

「そうそう。民俗学的見地から妖怪のことを勉強したいんだ。でも、柳田國男なんてよく知っているね」

 樹里が柳田國男を知っていることに少し驚いた。

「学校の教科書に載ってたわよ。『遠野物語』」

 そういえば国語の教科書に載っていたような気がする。


「進路が決まって安心した?」

「うん」

 僕もこれで一安心だ。そういえば、樹里の進路を聞いていないな。前に聞いたときは『ヒミツ』とか言って、はぐらかされた。

「樹里は進路どうするの?」

「聞きたい?」

 樹里がいたずらっぽい目で僕を見る。

「聞きたい」

 樹里がどうするのか聞いてみたい。

「ヒ・ミ・ツ」

 樹里が指を口に当てた。


「どうしてそんなに秘密にするの?」

 なぜそんなに答えたくないのだろうか? 僕があくまでも嫌がらせのために付き合っているカレシだからだろうか?

「今は答えたくない。答えられるようになったら、言ってあげる」

 樹里は眉間に皺を寄せた。


「そう」

 僕は頷いた。本人が言いたくないなら無理に言わせることはできない。

「またお昼休みね。今日のお弁当は期待していいわよ」

 樹里は教室の中に入っていく。

 僕は樹里の背中を見送った。あんなに進路のことを言うのを嫌がるなんて、一体何があるんだろう。

 自分の教室に向かう途中で、今日も新聞記事の話をしなかったということに気づいた。もういいのかな。


 昼休みになると、今日は少し暖かいからと言って、樹里はテニスコートのベンチまで僕を引っ張って行く。

「うわぁー。すごいご馳走だ」

 いつもは弁当箱一つだが、今日は二つある。弁当箱を開けると、一つにはオムライスだ。上の卵焼きには合格おめでとうとケチャップで書かれている。チキンライスが卵焼きに包まれている。

 もう一つにはおかずが入っており、エビチリ、フレンチドレッシングがかかっているサラダ、鯛の煮付け、そしてステーキまで入っている。僕が今まで美味しいと言ったものがみんな入っているような気がする。


「合格祝い。いっぱい作ってあげたから全部食べてよ」

 樹里が脅すようにいう。なぜそんな脅すように言うんだ。

「このステーキすごく柔らかい。高かったんじゃないの?」

 この肉は絶対いい肉だ。口の中で蕩けそうな感じがする。

「大丈夫よ。昨日、私が食べた残りを使って作ったから。わざわざ隆司のために買ったものじゃないわ」

 食べ残しと聞こえて、僕は思わず樹里の赤いルージュを引いた唇を見た。

 あの唇で食べた残り?

 僕は何を考えてるんだ。


「今、私の唇を見たでしょう? いやらしい。食べ残しじゃないわよ。夕食に使った残りの肉を使ったって言ってるんだからね。なんか変なこと考えてたでしょう? 見かけによらずいやらしいのね」

 樹里が揶揄うような目で僕を見る。

「そんなこと考えてないよ」

 顔がカーッと熱くなる。

 お弁当を残さず全部平らげた。もうお腹いっぱいでなにも入らない。

 こんな豪華で美味しいお弁当を作ってくれるカノジョがいるなんて僕はなんと幸せ者なんだろう。

「すごく美味しかった。作るの大変だったんじゃない?」

 これだけのものを作ろうと思ったら、相当な手間ひまがかかったんじゃないかな。


「大丈夫よ。これぐらいなんでもないわ」

「ありがとう。最高のお祝いだよ」

 僕は心からお礼を言った。

「気にしなくていいわ」

 樹里が微笑んだ。

「そろそろ行こう」

 今日はお弁当の量が多かったので食べるのに時間が掛かってしまった。

「そうね」

 樹里も立ち上がり、並んで歩く。

 僕はこっそり樹里の整った横顔を盗み見る。

 駄目だ。樹里は美人すぎる。僕は樹里のことが好きになり始めている。

 どうしよう。



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