第17話 勝気なカノジョとの初めてのデート
樹里と待ち合わせ場所の駅前に10分前に着いた。僕は待ち合わせの時はいつも早めに着くようにしている。
学校をよく遅刻する樹里のことだから、まだ来ていないと思っていたが、驚いたことにもう来ていた。
駅前で土曜ということもあって人が多いが、樹里は背が高く、美人だから人混みの中に立っていてもすごく目立つ。
樹里はギャザーの入った薄いベージュのマキシ丈のワンピースに黒のライダースを着ている。
樹里に背の高い大学生ぐらいのイケメンがナンパしていた。
「ねえ、1人? 美味しいイタリアンの店知っているんだけど今から行かない? 君、美人だから奢るよ」
樹里はチラッと男を見て、男に向かって何か言った。
「……」
僕は離れているので樹里の低いボソボソとした声がなにを言っているのか聞こえなかったが、そんな長い言葉には思えなかった。
その大学生はポカンとした顔をしている。一体なにを言ったんだろう。
「あっ、隆司」
大学生を無視して、樹里が僕を見つけて手を振ってくる。僕が近づいていくと、大学生は舌打ちをするとどこかへ行ってしまった。
「ナンパ?」
「そうよ。最低」
怒りの目を男の背中に向けている。
「樹里、あの男の人になんて言ったの?」
なぜ男の人が驚いたような顔をしたか不思議だった。
「バーカって言ってやったわ」
それぐらいであんな驚いた顔をするのだろうか?
「行くわよ。ああ、気分悪い」
歩き出す樹里の後を僕は慌ててついて行った。
初めての樹里とのデートだと思うとなんとなくウキウキする。
いや、違う、デートじゃない。
樹里がどうしてアメリカに行くかを聞くために行くんだ。それさえ分かれば、樹里と別れる話をちゃんとしないといけない。
「まだ、時間は早いんだけど、映画館すぐ混むから早めに行っときたいの」
樹里は駅前の映画館の入っているビルに入って行く。
ビルは20階建てで映画館は一番上にある。
ビルに入るとすぐエレベーターホールがあり、人が結構いた。
上りのエレベーターに乗った。途中の階で人が次々と降りていき、結局エレベーターの中には僕と樹里だけが残った。
「ボタン押しておいて」
20階に着くと、樹里に言われるままに僕は『開』のボタンを押す。樹里が先に降りると、僕も降りた。
映画館のチケット売り場には人がもうかなり並んでいる。
「この映画を観たいの」
チケット売り場の前に置いてある大きなポスターが並んでいる中の一つを指差した。
僕でも知っている人気の若手俳優と女優が並んで写っている。たぶんかなり人気がある映画だろう。
封切りされたばっかりの人気映画なら、いくつものスクリーンでやっているが、樹里が見たいと言った映画はもう封切られて随分経っているのかスクリーンは1つしかない。
時間を見ると、上映時間の20分ぐらい前だ。
「チケット買いに行ってくるよ」
チケット売り場へ行こうとすると、樹里が呼び止めた。
「お金出すわ」
黒いグッチの長財布から1万円札を出して、僕に差し出してくる。
「いいよ。僕が出す」
お弁当を毎日作ってもらっているのにお金を払っていない。樹里はいいと言うが、そういうわけにはいかない。母さんから昼ごはん代にもらっているお金がかなり貯まっている。
もちろん今日帰ったら事情を話して残りは母さんに返すつもりだ。
「通路側がいいわ」
僕は頷いて、お金を受け取らず、チケット売り場へ行く。
人気の映画は早くに満席になるが、封切りからかなり日が経っているようなので、かなり後方だが通路側とその隣の席が空いていた。
「空いてたよ」
樹里にチケットを渡した。
「そう。ねえ、喉が渇いたわ。コーラのLとポップコーンのキャラメル味を買ってきて。これで隆司の分も一緒に買って」
先ほどの一万円札を差し出した。
「いいよ。僕が出すよ」
「これで買ってきなさい」
樹里が命令口調で言う。僕は仕方なく受け取る。売店に行って、樹里の分と僕のオレンジジュースとポップコーンの塩を買う。
ポップコーンもいろいろな種類があるが、僕は塩味が好きだ。
店員さんがポップコーン用の穴とジュース用の穴が空いていて、一緒に入れることができる箱みたいなものに入れて渡してくれる。
「買ってきたよ」
樹里のところに戻って、樹里の分を渡そうとした。樹里にお釣りも返さないといけない。
「行きましょう」
樹里は僕にポップコーンの箱を持たせたまま歩き出す。
僕に持てということね。落とさないように気をつけながらゆっくり歩く。樹里はスタスタ歩いて入口のところで待っていた。
僕が入口のところに来ると、樹里はチケットを2枚係りの人に渡して中に入る。僕も後ろからついて入る。
5番と書かれた中に入ると、中は7割ぐらいの人が座っていた。
樹里は後ろへ歩いて行って立ち止まった。通路側から3番目の席には女性が座っていたので、樹里が座るだろうと思うと、樹里は目で僕に奥へ入れと指示する。
「えっ!!」
隣が女性になるので座りにくい。躊躇っていると樹里がイラついたようにもう一度目で合図する。
仕方ない。僕は奥に入る。
隣の女性は大学生ぐらいで、チラッと僕を見て嫌そうな顔をした。
横の樹里を見ると、通路側の席に座って、ポップコーンを食べたり、コーラを飲んだりしている。
僕も隣の女性を気にしないようにして、ポップコーンを食べた。塩味が効いて美味しい。
しばらくすると、暗くなりいくつかのコマーシャルと次に上映予定の映画の紹介の後、映画が始まった。
高校生同士の恋愛映画だ。
バスケットボールの有望選手だった主人公の男子高校生が脳腫瘍に罹り、アメリカで手術することになる。成功確率は20パーセント。たとえ、成功してももうバスケットのような激しいスポーツはできなくなると宣告される。
自暴自棄になる主人公だが、両親やクラブの仲間、そして1学年下の同じバスケット部員のカノジョに支えられ、手術へとアメリカに旅立っていく。
残されたカノジョは主人公の意志を継ぐかのようにバスケットに打ち込み、3年生になった時、チームを高校総体決勝へと導いていく。
高校総体決勝の日に客席でカノジョの活躍を見つめる車椅子姿の主人公の姿があった。カノジョの活躍を涙を流しながら見つめる主人公。
最後は優勝してメダルを掛けられたカノジョと抱き合い、再会を喜ぶ主人公とカノジョの姿が大写しになって、エンドロールが出た。
よくあるパターンの話だが、抱き合う2人の姿を見て僕は涙が出た。鼻をすする音があちらこちらから聞こえる。隣の女性も目をハンカチで押さえていた。
横を見ると、樹里は平然としてスクリーンを見つめたまま、まだポップコーンを食べている。
エンドロールが終わるとパッと明るくなる。樹里はゆっくりと立ち上がった。僕も立ち上がり、後ろからついていく。樹里から空になったコーラのコップとポップコーンの入れ物を受け取って、僕の分と一緒にゴミ箱に捨てた。
「よかったね」
僕は樹里に話しかけた。樹里は横に並んだ僕の腕をとって、腕を組んでくる。
「よくあるわよね。この手の話。今のはやりなのかな。よく泣けるわね」
樹里はどこまでも冷めている。
「隣の女の人も泣いてたよ」
「そう」
関心なさそうに言う。
「どうして、樹里は通路側に座ったの? 僕の隣は女の人だったから樹里が座った方が良かったんじゃない?」
隣の女の人は僕が座ったとき、少し嫌そうな顔をしていたことを思い出す。
そりゃあ男が隣に座られるより、女の人に座れるほうがいいに決まっている。
「隆司はあの女の人を知ってるの?」
「知らないよ」
映画館でたまたま隣合った人が、たまたま知っている人なんていう確率は低い。
「じゃあ、あの女の人がわたしに痴漢をするかもしれないじゃない」
樹里は僕の顔を見た。
「そんなこと……」
僕は絶句した。
「でも、隆司あの人のことを知らないのよね。あの人にそういう趣味がないと言い切れる?」
それはそういう趣味の女性がいないわけじゃない。たしかに彼女を知らないんだから分からない。
「それはそうだけど」
「それとも拳銃を突きつけられたり、ナイフを突きつけられるかもしれないじゃない」
「日本ではそんなことないよ」
日本でそんな話は聞いたことがない。一体どこの国の話をしてるんだ。
「そうかしら? でも確率は0ではないわ。そうでしょう?」
「う〜ん」
言っていることが極端すぎて、どう答えていいか分からない。
「隆司はわたしがそんな目にあっても平気?」
「平気じゃないよ」
「わたしが危ない目にあいそうになったら、守ってくれるわよね」
「うん」
いくら樹里が気が強くても女の子だ。喧嘩とかはからっきしダメだが、精一杯守る。
「隆司が間にいたら、わたしを襲えないでしょう。それに隆司が襲われたらわたしはその間にすぐ逃げれるし。だから、通路側に座ったの。分かる?」
最後の言葉は少しバカにしたような調子だった。
「そういうことか」
つまり、僕を盾にしたってわけだ。
樹里が僕の顔を見てニヤっと笑った。
僕と樹里は行きに乗ったのと同じエレベーターに乗った。
僕はエレベーターに乗って、本来の目的を思い出した。
今日は樹里とのデートに来たのではない。
樹里がアメリカに行く理由を聞きに来たんだ。
そんなことを考えているうちに、エレベーターが1階に着いた。僕と樹里は映画館の入っているビルから出た。
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