第4話 ついていない日はまだまだ続く

「やっと終わった」

 終礼が終わると、僕は朝と同じように机に突っ伏した。

 今日は異常に長い1日だった。


「ハハハハハ。散々な1日だったよな」

 紀夫が鞄を持って、立ち上がると笑った。

「帰るのか?」

 紀夫に声をかける。

「いや、クラブに行ってくる」

「クラブ?」

 紀夫は陸上部に入っている。勉強はあまりできないが、身長180センチで痩せマッチョの紀夫は棒高跳びが得意で、あと一歩でインターハイ出場できるまでいったことがある。

 ただ、3年生は受験があるので、クラブは夏休み前で引退することになっていて、紀夫も引退しているはずだ。


 ちなみにうちの学校は3年生の受験に差し障りがあってはいけないということで、体育祭や文化祭などの学校行事は一学期に纏めてある。

 だが、それでは1、2年生は二学期以降の行事がいくらなんでもなさすぎるので、1、2年生には球技大会とクリスマス会が作られている。

 球技大会は1、2年生限定だが、クリスマス会は3年生でも自由参加することができる。


「ああ、カノジョと一緒に帰ろうと思って」

 そうだった。本来なら運動神経のいい紀夫はモテるはずだが、顔がサル顔でまったくモテない。

 僕と同じで年齢と同じだけのカノジョいない歴であった紀夫だったが、クラブの引退の日に2年生の後輩に告られて付き合い出したんだった。

 引退してからも何回かクラブに顔を出して、後輩たちと練習をしてからカノジョと一緒に帰ったりしている。


「そうか」

 僕は頷いた。

「隆司は帰るのか?」

「今日は図書委員会があるから、今から図書室だ」

「なんか今日はついてないみたいだから気をつけろよ」

 紀夫が笑いながら手を振って教室を出て行く。


 僕は大きな溜息をつくと、立ち上がり、図書室に向かった。

 僕は3年間図書委員をしている。

 図書委員など全然なる気はなかったが、1年生の時に澤田は本好きだから図書委員やれよとクラスメイトに言われてなったのがきっかけで3年間図書委員をやるはめになった。


 別に、僕は図書委員をやることが嫌ではない。

 クラスメイトが言うように本好きだし、図書委員の仕事といっても二週間に一度ぐらいに当番が回ってきて、本を借りに来た人や返しに来た人の手続きをして、返却を受けた本を書架に返すだけだからそんなに大変でもない。


 貸し出しや返却の手続きも本のバーコードと全校生徒や教職員が持っている図書カードのバーコードをパソコンに読み取らせばいいだけだから簡単だ。

 手が空けば図書室の本を読んでもいいことになっているので、本好きの僕にとってはうってつけの仕事だ。


 図書の管理などは司書資格を持っている先生が専属でやっているので図書委員が何かする必要はない。

 あとは月1回開かれる図書委員会に出席することぐらいだ。


 ただ、今年は僕にもう一つ役割が増えた。図書委員長になってしまった。

 図書委員長といってもすることは図書委員会の司会と月1回ある生徒会の会議に出席するぐらいだ。

 図書委員会の司会は司書の先生が必要な話をしてくれるので、後は『質問ありませんか?』とか『何か意見はありませんか』と聞けば、意見や質問がある人がして、先生がそれに答えてくれるので気楽にできる。


 生徒会でしゃべることもこんな本が入りましたとか、返却期限を守ってくださいとか決まっていることを言えばいいのでなんの煩わしさもない。

 クラブに入っていない僕にとってはちょうどいい暇つぶしぐらいに思えた。


 僕が図書室に入ると、すでに各学年の図書委員が集まっていた。

 しばらく待っていると、司書の先生が入ってきたのでいつもどおりに会議を始める。

 ひと通り先生の話が終わり、最後に「何か意見はありませんか」と聞いた。

 いつもなら何もないということで簡単に会議は終わるのだが、今日は違った。


「ちょっと、いいですか?」

 1年生のお下げ髪で眼鏡をかけた女子が手を挙げた。

「どうぞ」

 僕が言うと、その女子は立ち上がった。


「意見じゃないんですけど、明日、私が当番なんですけど、同じ当番の人が一度もきたことがないのですが、明日は当番にちゃんと来てもらえるよう言ってもらえないでしょうか」

「一度も?」

 僕は聞き返した。

「はい。1学期は同じ当番の人が病気で休学しているって聞いて仕方ないと思ったんですけど、2学期はその人の代わりに別の人が図書委員になったと聞いたんです。だけど、その人も来ないんですけど」

 その女の子は今にも泣き出さんばかりに言う。


 たしかに、委員が1人休学しているという話は司書の先生から聞いていて、その分は先生がフォローすると言っていた。

 しかし、2学期は新しい委員が選ばれたと聞いて僕も安心していたのだが。

 まさか当番にきていないとは。

 それに気づかなかったとは僕も委員長失格だ。


「誰だよ? その新しい図書委員って」

「本当よ。私たちも委員だから嫌でもやっているのに。サボるなんて」

「そうよ。そうよ」

 ほかの委員たちが口々に文句を言いだす。


 図書委員は各学年の全クラスから1人ずつ出ている。全学年6クラスあるので、委員は全員で18人いる。

 その18人を2人ずつ9組に分けて当番を回している。1年生は上級生と必ず組むようにしているので彼女と組んでいるのは2年生か3年生だ。


「それって3年D組じゃないの? たしか、2学期から石野さんに代わったって聞いたけど」

 誰かが言った。

「そうです。3年D組の石野さんです」

 1年生の女子が頷いた。

「石野……」

 3年生全員が黙った。

 よりによって石野さんか。僕の顔も渋くなる。


 うちは私立の高校なのだが、不良やヤンキーというたぐいの生徒は1人もおらず、素行の悪い生徒がほとんどいないという大変珍しい学校だ。

 その中で、石野さんは目立つ存在だ。

 僕は石野さんとはクラスが違うから直接は知らないし、噂しか知らない。


 石野さんは2年生の時にうちの高校に転入してきた。どこから転入してきたのかなぜか誰も知らない。

 石野さんは転入初日から目立つ存在だった。

 身長170センチ近くあり、切れ長の目で、鼻も高く、薄い小さな唇の美人顔にギャルメイクをしていて、手足も長いモデルのようなスタイル、腰まである髪の毛を明るいブラウンに染め、制服は着ているもののスカートは膝上30センチという下着が見えるのではないかという短さで登校してきたらしい。


 これはあくまでも噂だが、髪の毛を染めてることやスカートの長さ、メイクの濃さはさすがに校則違反だろうと先生の間で問題になったそうだ。

 だが、うちの高校は自由な校風というのを売りにしていて、もともと素行の悪い生徒がこれまでいなかったこともあり、校則が曖昧で身なりについては「高校生らしい身なりをすること」となっているだけだった。

 だが、「高校生らしい」というのは曖昧過ぎる。

 高校によっては私服OKのところもあり、膝上30センチのスカートでも何も言われない高校もあるらしいし、意見は多々あるだろうが、髪の毛も染めている高校生もいるので、髪を染めているから高校生らしくないとも言えない。メイクもうちの高校でも薄くだがメイクしている子もいるので、どこまでのメイクをしてはいけないという基準もなかなか細かく決めにくいということになっていったようだ。


 いっそうのこと校則を変えたらどうだという意見も出たらしいが、石野さんを狙い撃ちするような校則変更はまずいのではないかということと、これもあくまでも噂だが、石野さんの転入には理事長が関係しているということで、黙認になったということを聞いたことがある。

 石野さんは入学してからも授業態度や生活態度があまりよくなくクラスの中でも浮いた存在だという噂だ。


「私も担任の先生を通じて、委員会や当番に出るように言ってもらったはずなんだけど……ひょっとしたら、うまく伝わってないかもしれないから、同じ3年生の人で、誰か石野さんに説明に行ってくれないかしら。3年生の人で石野さんと親しい人はいない?」

 司書の先生が3年生の顔を見回す。


 石野さんと親しい人は3年生はおろかこの学校中を探してもなかなかいないだろう。男関係が派手だと言う噂もあるから、ひょっとしたら男子の中には知り合いがいるかもと思ったが、誰も名乗りを上げない。


「委員長がいいと思います」

 3年生の1人が声を出した。

「そうね。委員長も3年生なんだから、委員長が適任だとおもいます」

 僕以外の3年生の全員が賛成の声を上げている。

 みんなの視線が僕に集中した。


「えっ、僕?」

 僕は石野さんのことをまったく知らない。当然喋ったこともない。遠くから見たことはあるが、背の高い子だなと思っただけだ。

 いや、すれ違ったことはある。チイちゃんのマンションと通学途中の道で。

 だが、ただそれだけだ。

 そんな僕が行って石野さんが話を聞いてくれるだろうか。

 だが、みんなが僕に押し付けようとしているのは明らかだ。

 それも相手が石野さんなら仕方がないか。それに僕は委員長だ。当然の役目だろう。


「分かりました。でも、当番に来てもらえるかどうか分かりませんよ」

 話しに行けと言われれば行くが、ちゃんと当番にきてくれるかどうかは責任は持てない。

「それは仕方ないわ。とにかく言ってみて。もし、だめなら担任の先生と話をして、委員を他の人に変えてもらうことも考えてもらうわ」

「はい。分かりました」

 しかし、本当に今日はついていない。

 さらに、明日はあの石野さんと話さなければいかないかと思うと、気が重い。

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