第14話 勝気なカノジョと初めてキスをした

 大学に無事合格し、期末テストも終わった。

 あとはクリスマスと正月だけという浮かれた気分で、僕はいた。


 いつものように一緒に登校した樹里と別れて、教室の入り口を開けると、紀夫が待ちかねたように手招きをしている。

「これ、合格祝い」

 席に着くと、紀夫が紙袋を差し出してきた。

「ありがとう」

 さすが唯一の親友だ。忘れずに合格祝いをくれるなんて。そういえば、紀夫の合格祝いは、まだしていなかったな。

 あとで何か考えよう。


 紙袋を開けて、さっそく中を見る。

 裸の女の写真が目に飛び込んできた。

 まさか……。

「もしかしたら、これ?」

「紀夫特選のエッチDVDだ」

「お前なあ。何考えてるんだ」

「何って。お前、これは俺の中ではベスト10に入るものばっかりだぞ。お前だから特別にやるって言ってるんじゃないか」

 確かにDVDが10枚入っている。ひょっとして大阪の大学へ行く前に自分のコレクションを全部処分しようと思っているんじゃないか。


「これを持って帰るのか?」

 親に見つかったらどうするんだ。こんなもの母さんが見たら卒倒するぞ。

「絶対、見て損はないぞ。俺が保障する。お前、真面目だからな。貸してやるって言っているのに、いらないなんていうから」

 そういえば、何度か貸してやると言われたことがある。

 だが、興味がないわけではないが、そんなに見たいとも思わなかったので断っていた。


「別にいらないけど」

 紀夫に紙袋を差し出す。

「カノジョができたんだから、これを見て少しは勉強しろ」

 なんの勉強をしろって言うんだ。それに樹里と僕はそんな関係じゃないし、そもそも樹里に見たことと同じことをしようとしたら、たぶん殺される。

「やっぱり。いいよ」

「いいから。持って帰れ」

 どうしても紀夫は受け取らない。

「一応、もらっとくよ」

 持って帰るしかないが、どこに置こう? 母さんに見つかったら大騒ぎになるだろうな。


「ところで、石野と上手くいってるのか? 昼飯を一緒に食べてるぐらいだから大丈夫そうだけどな」

 樹里は僕と嫌がらせで付き合っているだけだから、上手くいっているかどうか分からない。

 樹里が僕に飽きない限りこの関係は続くだろう。今のところは飽きられていないみたいだけど。

「まあそうかな」

 僕は曖昧に答える。

「そうか。これでしっかり勉強してお互い頑張ろうぜ」

 紀夫が親指を立てた。

 これを見てなにを頑張るんだ? こんなもので勉強したことを実践したら絶対に女子に嫌われるぞ。

「ハアー」

 僕は盛大なため息をついた。

 まあそれでも合格祝いをしてやろうと思ってくれるだけ有難い。僕はその気持ちだけでも嬉しかった。


 終礼が終わって、帰る用意をしていたら、いきなりクラスの女子3、4人が僕を取り囲んだ。

「なに?」

 突然のことで僕はパニックになりそうになる。

 何かした?

 僕はクラスの女子と用事がある時以外はほとんど喋ったことがない。

 だからこんな囲まれるような覚えはまったくない。

 紀夫が心配そうな目で振り返ってこっちを見ている。


「澤田君、石野さんと付き合っているんでしょう」

 クラスの女子では一番可愛いと言われている渡辺さんが口を開いた。

「どうかな」

 元々、僕は女子と喋るのはすごく苦手だ。

 樹里の時みたいに用事があって喋るならまだ喋れるが、こんな風にわけも分からず囲まれたりしたら、どうしていいか分からなくなってしまう。


「何それ? 付き合ってないの?」

 渡辺さんが詰問口調になる。

 渡辺さんはストレートの髪を肩先で揃えていて、大きな目をした西洋人形みたいな可愛い顔をしているが、性格はかなりキツイ。

 だから、顔は可愛いが男子受けは非常に悪い。


「えっと、あのー」

 渡辺さんのキツイ調子に完全にテンパってしまい言葉がうまく出てこない。どうして僕がこんな目にあわないといけないんだ。

「付き合っているの? 付き合っていないの? どっちなの」

 渡辺さんの眦が上がる。

「そうよ。はっきりしなさいよ」

 渡辺さんの取り巻きの女の子たちも口々に責めるように言う。

 樹里といい渡辺さんたちといい、うちの学校の女子は気が強い。

 思わず、下を向いてしまう。

 女子たちに囲まれて口々に責められ、緊張と怖さで体が固まってしまい、もう泣きそうだ。


「おい……」

 僕のことをよく知っている紀夫が堪りかねたような声を出したのと同時だった。

「付き合ってるわよ。それが何か?」

 突然、樹里の低音が聞こえてきた。顔を上げると、いつのまにか樹里が小柄な渡辺さんの後ろに立っていた。渡辺さんを押し退けるようにして僕のそばにくる。


「わたしのカレシと何を話しているの? 渡辺さん」

 樹里が肩に優しく手を置いた。なぜか気持ちがスーッと落ち着いてくる感じがする。

「大丈夫? 落ち着いて」

 樹里が少し屈んで、今まで聞いたことがないような優しい声で囁く。


「別に。石野さんと澤田君が本当に付き合っているか聞きたいだけよ」

 渡辺さんが挑むように言う。

「それが渡辺さんと何の関係があるのかしら?」

 樹里がゆっくりと渡辺さんの方を向いた。


「カレシなら石野さんが他の子のカレシを取らないようにしっかり縛り付けておいてと頼もうと思ったのよ。」

 僕より一回り小柄な渡辺さんが見上げるようにして、樹里を睨みつける。

「あら、人のカレシなんか取ったことないわよ。勝手に向こうが寄ってくるだけ。その子に魅力がないからカレシがわたしに寄ってくるんじゃないの?」

 樹里の言い方はそっけない。


「そうよね。石野さんは顔だけはいいですものねえ〜。性格は別にして」

 渡辺さんが嫌みたらしく『顔だけ』の部分を特に強調して言う。

「少なくとも渡辺さんにそんなこと言われる筋合いはないと思うんだけど。渡辺さんのカレシを取った記憶はないし。カレシもいなさそうだし」

 渡辺さんがなぜか紀夫の方を見たような気がした

「うるさいわね。そんなこと関係ないわ。1年経っても相変わらず、同じことばっかりして、みんなが迷惑しているって言ってるのよ。人のカレシばっかり取ってたら、ろくな人間にならないわよ」

 渡辺さんが噛みつきそうな顔で言った。せっかくの可愛い顔が台無しだ。


「相変わらずお節介ね。その性格だったらカレシは出来ないわね。1年前にも言ったけど、そのお節介をやめたら、少しはモテるんじゃない? 顔はそこそこいいんだから」

 樹里が馬鹿にしたように言った。

 そういえば、樹里と渡辺さんは2年生の時、同じクラスだったよな。

 それにしても渡辺さんは『カレシ』という言葉が出るたびに紀夫の方に視線が行っているような気がする。


「何ですって。性格のことを石野さんに言われたくないわよ」

 今にも掴み合いの喧嘩をしかねない顔付きをしている。

 2人の勢いに渡辺さんの取り巻きは完全に引いてしまって、このままじゃ本当に喧嘩になってしまうかもしれない。

 どうしたらいいんだ。

 紀夫と目が合ったが、紀夫は小さく両手を上げた。

 お手上げということか。

 僕のためにこんなことになってるんだ。

 なんとかしないと。

 でも、どうしたらいいんだ?

 何かしないと。


「僕と樹里はラブラブなんだから。他の人のカレシを取ったりするわけないよ」

 体が勝手に動く。

 僕は立ち上がると背伸びをして、素早く樹里の唇にキスをした。

 キスと言っても唇が触れるか触れないかのキスだ。

 でも、それは僕のファーストキスだった。


「きゃー」

 女子たちが悲鳴に似た声を上げる。

 渡辺さんがポカンと口を開けていた。

 樹里もビックリした表情で僕を見つめている。

「そ、それだけ仲がいいなら大丈夫よね」

 渡辺さんがぶつぶつ言いながら、僕と樹里から離れていった。取り巻きも無言で後について行く。


「時々、お前、とても想像できないようなことをするよな。カノジョが待っているから、クラブに行ってくるわ」

 僕の肩を叩き感心したように言って、紀夫は教室を出て行った。

 僕と樹里の周りには誰もいなくなった。

 教室に残っているクラスメイトが僕と樹里を見て、何か囁き合っている。


「帰ろう」

 樹里は何事もなかったかのように言うと、呆然としている僕の手を取って引っ張った。

 僕は慌てて手を伸ばして鞄を掴むと、樹里に引っ張られていく。


 校門を出ると、樹里は僕を引っ張るのをやめた。僕と樹里は手を繋いだまま無言でしばらく並んで歩く。

「どうして、あんなことをしたの? 無理しちゃって」

 樹里が不思議そうに顔が火照ったままの僕を見た。

「なんとかしなくちゃと思ったら、体が勝手に動いたんだ」

 2人を止めなきゃという思いだけで、体が動いていた。思考は完全に停止していた。


「呆れた。わたしとそんなにキスしたかったの?」

 樹里は小馬鹿にしたように言う。

「ごめん。でも、樹里にとってはキスなんて挨拶なんだろう?」

 樹里は前にそんなことを言っていた。

「バカね。あれは頬や額へのキスのことよ。唇にキスをするのはよほど親しい人にだけよ」

 樹里が呆れたように言う。


「ウソ!!」

 僕はなんという勘違いをしたんだ。顔から火が出そうだ。

「隆司はカレシだから別に平気だけど」

 樹里はなんでもないように言う。

「でも、僕はファーストキスだった……」

 僕はボソッと呟いた。

「なんか言った?」

 樹里には聞こえなかったらしい。

「なんでもない。じゃあー、また明日」

 いつの間にか、ちょうど樹里のマンションの前だったので樹里に手を振ると、あまりの恥ずかしさに走って家に帰った。

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