第24話 勝気なカノジョにプレゼントを送ろう
家に帰ると母さんが玄関で買い物に行こうとしていた。
「買物行くんだけど、夕飯は何しようかしら」
樹里と食べたフランス料理でお腹いっぱいだ。
「夕ご飯はいらない」
「どうして?」
「お腹いっぱいなんだ」
「だからどうして」
「石野さんとお昼にフランス料理を食べたから」
今日は紀夫とクリスマス祭に行くと言って家を出た。
樹里のことは一言も言っていない。
「フランス料理? どういうこと?」
母さんは不審げな顔をする。
「お兄さんに僕の怪我の慰謝料っていうことで出してもらったって言って、石野さんがフランス料理を食べに連れて行ってくれたんだ」
「治療費をもらったのに。その上、フランス料理まで奢ってもらったの?」
母さんがあきれ返った表情をしている。
「石野さんが治療費と慰謝料は別だからって」
僕は樹里のせいにした。
樹里ごめん。
「もう!! お弁当を作ってもらうわ、フランス料理を奢ってもらうわ。樹里ちゃんのところにお世話になりっぱなしじゃない。何かお礼をしないと」
母さんが胸の前で腕組みをする。
「樹里ちゃん、お正月はどうするのかしら? 実家に帰るのかしら?」
「さあ、聞いてない」
普通は実家に帰るよな。
「もし、樹里ちゃんに予定がなかったら、うちに来てもらえば?」
「うちに?」
「そう。正月にひとりぼっちっていうのは可哀想だし、隆司と2人でデートじゃつまらないだろうし」
母さんが残酷なことを平気で言う。
「あのねえー」
どうせそうですよ。僕とデートなんかしてもつまらないでしょうよ。
親がそんなことを言うか。その言葉すごく傷つくんですけど。
「一度聞いといて」
僕の抗議の声を封じ込めるように母さんは話を締めくくった。
「分かった。明日、聞いておくよ」
僕は不貞腐れた気分になった。
だが、母さんの言うことももっともだ。僕では樹里が喜ぶような気のきいたことはできないだろう。
明日の終業式の帰りにでも聞いておこう。
次の日学校へ行くと、紀夫が嬉しそうにしている。
あれから渡辺さんと二人で回ったらしい。
「真紀と付き合うことになった」
樹里の言った通りだ。もう名前で呼んでいる。
「お前、渡辺さんのこと気が強いから嫌いだって言ってなかったか?」
「そんなこと言ったかな? 最初は気が強くていやだなと思ったんだけど、喋ると意外と可愛いところもあるんだ。それに関西の大学を受けるらしいから遠距離にもならないし」
紀夫がニヤケ顔になる。
つい一昨日まで落ち込んでいたのが嘘のような顔だ。
「よかったな。これで持っているビデオの実践もできそうで」
紀夫が元気になってよかった。
「バカ。そんな大きな声で言うな。真紀に聞こえたらどうする」
慌てて紀夫が僕の口を押さえる。
「私に聞こえたら何かまずいことがあるの?」
いつのまにか渡辺さんが僕たちの横に立っていて、目を吊り上げている。
「いや、その……」
紀夫が下を向く。
さすがに渡辺さんにエロビデオの実践をしたいなんて言えないよな。
「渡辺さんに聞きたいことがあるんだ」
僕は助け船を出してやる。
「珍しいわね。澤田くんが私に聞きたいことがあるなんて」
不思議そうに僕を見る。
「樹里にプレゼントをしようと思うんだけど、何がいいかな? 女の子が何を喜ぶか分からないんだ」
母さんに何かお礼をしないといけないと言われて、樹里に何かプレゼントをしようと思ったが、何をすれば喜んでくれるか分からない。
「そうね。アクセサリーが無難かな。でも、指輪は重いし、ネックレスも相当親しければ別だけど、なんか首輪を嵌められるみたいで、私はいやかな。イヤリングとかピアスあたりでいいんじゃない。樹里、ピアスの穴を開けてるみたいだから」
「そうなの?」
樹里の耳を見たことはあるが全然気づかなかった。
「まったくどこ見てるのよ」
軽蔑するような目で僕を見る。
「なるほど。ありがとう」
渡辺さんに聞いてよかったと思った。自分で考えてたら何を買っていたか分からない。
「ねえ、紀夫。初詣一緒に行こうよ」
渡辺さんが紀夫を呼び捨てにする。いつの間にそんなに親しくなったんだ。
「うん。真紀は振袖を着るんだろう? 俺はなに着ようかな? やっぱり羽織袴か?」
紀夫が腕組みをする。
「そんなの持ってるのか?」
紀夫が羽織袴を着たところなど見たことがない。
「持ってない。レンタルでもするか?」
どうしてそこまで羽織袴にこだわるか分からない。
「普通の格好でいいわよ」
渡辺さんが呆れたように言う。
そうか。初詣か。樹里も行くかな。樹里の振袖姿を想像する。きっと綺麗だろうな。
「おい。いつまで教室にいるんだ。早く体育館に行け。終業式が始まるぞ」
担任の先生の大声がした。
教室に残っていたクラスメイトが一斉に立ち上がって体育館へ向かう。
終業式も終わり、今年最後の終礼も終わると、紀夫が振り返った。
「隆司、また来年な」
「ああ、来年」
紀夫が手を振って立ち上がると、後ろから渡辺さんがやって来て紀夫の横に立った。
「帰ろう」
渡辺さんが紀夫の腕に腕を絡めた。
渡辺さんがこんな積極的な人だとは思わなかった。もっとツンと澄ました人だと思ってたんだけど……。
紀夫と渡辺さんが教室を出て行くのと入れ違いに樹里が入ってきた。
「……」
渡辺さんが樹里とすれ違う時に何か言っているのが見えた。
「あの2人付き合うことにしたんだ」
「そうみたいだね。渡辺さんはさっきなんて言ってたの?」
樹里を見ると、ドキドキする。
今までこんなことなかったのに。
「『ありがとう』って。どうしたの? 顔赤いわよ。熱でもあるの?」
樹里に触れたい。
「なんでもないよ。帰ろう」
自分から腕を樹里に絡める。
「今日はいやに積極的ね。腕を組んでくるなんて。今まではわたしから手を繋いでも嫌そうだったのに」
校門を出ると、樹里が揶揄うように言う。
嘘だ。僕は今まで嫌がったことはない。
「そんなことより、紀夫と渡辺さんが樹里の言う通りになったからびっくりしたよ」
本当に紀夫と渡辺さんが付き合うとは正直思っていなかった。
「吊り橋効果かな」
「吊り橋効果?」
聞いたことがあるような気もするが、どう言う意味か分からない。
樹里はそれ以上何も言わなかった。あとでインターネットで調べよう。
「でも、樹里は渡辺さんのことをてっきり嫌いだと思っていたのに」
あんなに言い合いして仲悪そうだったのに、なぜ、渡辺さんの恋の手助けをするようなことをしたのだろう。
「真紀は2年生のとき、クラスで完全に浮いていたわたしに色々話し掛けてくれたりしてくれたんだけど、ここの暮らしにまだ慣れてなくて、無視したんだよね」
渡辺さんは気は強いが、基本的に同性に対しては面倒見がいい。
だから、女子には人気がある。
「ここの暮らしって?」
「この学校っていう意味よ」
樹里が焦ったように言う。
そういえば、樹里は転校生だった。
「だから、いつかちゃんとあの時のお詫びをしなくちゃと思っていたんだけど。わたし、こんな性格だからなかなか言えなくて」
意外と樹里は義理堅いんだと思った。
「だから、渡辺さんの恋の応援をした?」
「まあそんなところね」
樹里が照れたような顔になった。意外と可愛いところがあるんだ。
「ところで、樹里は正月どうするの? 実家に帰るの?」
「帰らない。たぶん、一人寂しく家で正月を迎えるわ。せっかくの正月なのに冷たいカレシからなんのお誘いもないから」
樹里は皮肉を言う。
「ゴホン。僕の家に来ない。母さんが実家に帰らないならウチに来ないかって言ってるんだけど……」
僕はわざとらしい咳払いをする。
「へ〜え。おばさんが……」
樹里の目が細まっていく。いくら僕が鈍くても樹里の態度が何を意味するかは分かる。
「もちろん、僕も樹里に来て欲しいよ。樹里が嫌でなければ、お正月を一緒に過ごしたいと思っているんだ」
「本当に?」
目を細めたまま樹里の右の眉が上がる。
「当たり前だろう。樹里と一緒に年越しそばを食べて、初詣にも行きたいよ」
樹里と一緒に初詣に行けると思うとすごく楽しみだ。
「そんなに隆司が来て欲しいんなら行ってあげるわ。お正月には行くからって、おばさんに言っといて」
樹里が目を輝かせる。
「言っとくよ。正月が楽しみだ」
「わたしも楽しみよ。おばさんにいつ行ったらいいか聞いといて。わたしは特に予定がないからいつでもいいわ」
「分かった。また電話するよ」
僕は樹里と過ごすお正月を想像しながら家に帰った。
家に帰ると、母さんに樹里が正月に来ることを伝えた。
「年越しそばも食べに来るように言っといて。張り切って作るから」
「分かった。言っとく。それと明日から陽子叔母さんのお店の手伝いに行くから」
「陽子さんのところへ? どうして?」
嫌いな父さんの妹の名前が出たので母さんの顔が渋くなる。
「叔母さん、年末で家のこともしないといけないのに、お店も忙しいらしいから、朝から夕方まで手伝いをすることにしたんだ」
叔母さんの旦那さんはコンビニの店長をしていて、夜中はアルバイトを雇っているが、朝からバイトの人が来るまでは叔母さんと旦那さんで切り盛りをしている。
「どうして陽子さんの手伝いをしないといけないの。そんな暇があるなら、家の手伝いをしなさい」
母さんの機嫌は悪い。
「樹里にいろいろしてもらってるから、プレゼントをしようと思って、お小遣い稼ぎで叔母さんに頼んだんだ」
僕は毎月のお小遣いというのは貰っていない。必要なときにその都度母さんに言ってお金をもらっているので、余分なお金を持っていない。
樹里が毎日お弁当を作ってくれたので、毎日もらう昼飯代が貯まっていたが、この間まとめて母さんに返したから、樹里にプレゼントを買うお金が無い。
そこで、昨晩、叔母さんに電話して、アルバイトをしたいと言った。
子どものいない叔母さんは小さいときから僕を子どものように可愛がってくれている。
叔母さんが旦那さんに頼んでくれて、雇ってくれることになった。
「仕方ないわね。いつまで行くの?」
母さんが諦めたような顔になる。
「30日まで」
大晦日には叔母さんもひと段落ついてお店に出れると思うから、30日まででいいと言われた。
「大晦日は家の手伝いをするのよ」
母さんが渋々という感じで認めてくれた。
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