第23話 勝気なカノジョと行った初めてのフランス料理
樹里に引っ張られるままに校門の外に出た。
「どこに行くの?」
樹里とのことでボーっとなってしまい、まだ夢心地のような気分だった僕は意識がようやくはっきりしてくる。
「お昼ご飯を食べに行こうよ」
「でも、紀夫と渡辺さんはどうするの?」
2人を学校に置いてきてしまったが……。
「あの2人なら大丈夫よ。行きましょう。予約してるんだから」
予約って? 一体、どこにいくんだろう。
樹里に引っ張られるようにして歩いて行く。国道に沿ってずっと歩いていたが、突然横道に入り、住宅街へと入った。
「ここよ」
木製の重厚な感じのする扉の前で樹里が立ち止まった。
「ここ?」
看板も何もない。
普通に人の家だと言われてもなんの違和感もない扉だ。
「そう」
たしかによく見ると、扉の横の壁に『Avec Plaisir』と書かれた小さなプレートが埋め込まれている。
だが、これだけでは何のお店か全く分からない。
「ドアを開けて」
樹里に言われて、ドアを引いた。
樹里が先に入る。
中に入ると、すぐに小さなフロントがあり、蝶ネクタイをしたタキシード姿の50代半ばぐらいの男性スタッフが立っていた。
「お待ちしておりました……」
ゴホゴホ、突然樹里が咳き込んだ。
急にどうしたんだ?
「……様。大丈夫ですか?」
樹里の咳きで男性スタッフの声が聞こえない。
「ごめんなさい。大丈夫よ。なんか喉に引っかかったみたい」
「それならよろしいのですが。先日はお兄様にお越し頂きましてありがとうございます」
男性スタッフが丁寧に頭を下げる。
「その時、兄が予約して帰ったと思うんですけど」
「はい。お二人と承っております。コートをお預かりいたします」
樹里がコートを脱いで男性スタッフに渡す。
コートの下はボルドーのニットにブラウンのスカートというお嬢様風コーデだ。
「お連れ様もコートをお預かりいたします」
僕もコートを脱いだ。
コートの下は白いワイシャツに濃紺のネクタイ、ポケットのところに校章が入った紺のブレザーに紺のスラックスという学校指定の制服。
どこから見ても普通の高校生。
大人っぽく見える樹里と並んだら姉弟にしか見えない。
「どうぞこちらに」
男性スタッフは僕たちを店の奥へと案内する。樹里が先に立って歩く。
店の中は隣のテーブルが見えないように両側を壁で隔てられた半個室になっている。
「こちらのテーブルでございます」
僕と樹里は一番奥のテーブルに案内された。
テーブルには、白いテーブルクロスが掛けられ、そのテーブルを挟んで部屋の入り口側と奥に2脚の椅子が置かれている。
部屋の入り口で、樹里が立ち止まって、後ろ手で僕の右手を掴んで引っ張り、僕に小声で
「こっちから行って」と言った。
部屋に入ると樹里は入り口に近い椅子の左側に立った。
先ほどの男性が樹里の後ろに立ち椅子を引く。
樹里の指示どおり僕はテーブルの右側を回って奥にある椅子の左側に立つと、いつの間にか後ろに白のブラウスに蝶ネクタイをし、黒のベストを着て、黒いスラックスを履いた若い女性スタッフが立っていて、椅子を引いてくれる。
僕と樹里は同時に座った。
「お料理はお兄様からお伺いしておりますが、何かお嫌いなものはございますか?」
「特にありません」
樹里が答える。僕も頷いた。
「承知いたしました」
スタッフたちは部屋を出て行った。
こういう高級そうなお店に僕は来たことがない。凄く緊張して、顔が引きつっているのも自分でよく分かった。
テーブルの中央にはお皿の上に布のようなものが花のように折られて置かれていてどう使うものかもよく分からない。
そのお皿の横には何本ものフォークとナイフが並んでいる。これどこから使うんだ?
さらに、左側には小さなお皿まで置いてある。
「隆司」
樹里が僕を呼んだ。樹里のほうに目を向ける。
「ここ、昼間でもドレスコードがあるのよ」
樹里は喋りながら、皿の上の布を広げて半分に折り、膝の上に置いた。
そうやって使うのかと思い、樹里の真似をして、白い布を膝の上に置く。
「ドレスコード?」
なんか聞いたことあるなあ。なんだったっけ?
「男性はジャケット着用になってるの」
「だから制服で来いって言ったんだ」
「そうよ」
たしかにジャケットは制服以外に持っていない。
そんな話をしていると、さっきのスタッフたちが数種類のパンが入った籠を持ってくる。
「どれになさいますか?」
どれも美味しそうで悩んでしまう。
「のりのパンとバゲット」
樹里が即答する。
「僕も同じで」
分からないときは樹里の真似をするに限る。
パンを小さなお皿に入れてくれ、バター皿も置いてくれた。
バケットにバターを塗って食べた。
「美味しい」
バケットって硬いイメージがあるが、皮もそんなに固くないし、中はしっとりしている。バターもあっさりしていて、クリームのような感じだ。
「あれ、もう食べたの? マナー違反だけどいいか。本当は前菜が出たあと食べるんだけどね」
樹里は呆れたように言った。
「そうなんだ」
僕はそんなことを知らないから食べてしまった。
「まあいいわ。美味しいでしょう。ここのパン好きなの。中でも、のりのパンが大好きなの。わたしも食べちゃおう」
樹里は下を向いて、ポシェットからティッシュを取り出して、唇を拭った。
派手な赤色のルージュが取れ、本来のピンク色の唇が現れる。
樹里が一口ぐらいのサイズに千切ったのりのパンを口に入れる。
「もう最高」
樹里が満足そうな顔をした。
僕もつられ、のりのパンを食べた。口全体にのりの風味が広がっていき、美味しい。
「本当に美味しい。いくらでも食べられそう」
「ダメよ。パンを食べ過ぎたらほかの料理が食べられなくなるわよ」
樹里がそう言うのと同時に、今度は皿に入った料理が運ばれてきた。
「まずは、前菜の野菜のテリーヌでございます」
置かれた皿を見ると、四角くスライスされた肉のようなものに野菜が入っていた。
いざ、食べようと思うが、このたくさんのフォークとナイフの中からどれを使ったらいいか分からない。
思い切って店の人に聞こうと顔を上げた。
「隆司、私の皿を見て。ソースで凄く綺麗な模様が描かれているよ」
樹里の皿を見てみると、ソースで模様が描かれている。
「すごく上手いよね」
樹里が一番外側のナイフとフォークを取るのが見えた。
そうか。一番外側から使うのか。
フォークとナイフを取り、テリーヌを食べる。すごく柔らかく、野菜と肉の旨みが溶け合い美味しい。
「生まれて初めて食べたけど、これ好きだ」
僕は満面の笑みを浮かべる。
「そんなに喜んでくれたら連れて来た甲斐があるわ。ちょっとごめん」
樹里がフォークとナイフを揃えて皿の上に置くと、椅子にナプキンを置いて立ち上がろうとするとスタッフがきてすぐ後ろに立ち、椅子を引く。
樹里は僕をチラッと見て、椅子の左側に出て、部屋から出て行く。
その間にスタッフが入ってきて僕と樹里の食べ終わった皿を片付けて行く。
なんとなくだけど、樹里は僕が恥をかかないようにそれとなく教えてくれてるような気がする。
樹里が戻ってくると、前菜の後に野菜のポタージュ、舌平目のムニエル、牛フィレ肉のロッシーニー風と続いて、最後のデザートはクリスマスだからということでブッシュ・ド・ノエルが出てきた。
さらに、最後にコーヒーと小菓子といってチョコレートやマシュマロが出てくる。
「もうお腹いっぱいだ」
どれも食べたことがない料理に僕は満足した。
「美味しかった?」
樹里に聞かれ、僕は頷いた。
「凄く美味しかった。特に、フォアグラが美味しかった。聞いたことはあったけど、食べたことなかったんだ。全然臭みがなくて驚いたよ」
「安物は臭みがあるけど、ここのはいいフォアグラを使っているから臭みはほとんどないわ。そんなに喜んでくれてお兄ちゃんに奢らせた甲斐があったわ」
「どういうこと?」
樹里のお兄さんには治療費をもらっている。これ以上何かしてもらうわけにはいかない。
「慰謝料よ。怪我をさせたんだから治療費だけじゃダメよねって言って、ここの代金を払わせたのよ。先払いしているからお金はいらないから」
「それって恐喝じゃないの?」
いくら兄妹でもそれはダメでしょう。
「大丈夫よ。お兄ちゃんにとってこれぐらいのお金は大したことないわ」
樹里が笑った。まあ確かに樹里の言う通りかもしれないが、そこまでしてもらってはかえって悪いような気がする。
だが、この店はかなり高そうだ。今の僕ではとても払えそうにもない。
帰ってから父さんたちと相談しよう。
僕と樹里はスタッフたちに見送られて店を出た。
時計を見ると、もう3時を過ぎている。そろそろクリスマス祭も終わる時間だ。
紀夫と渡辺さんのことが気になり始めた。あの後、2人はどうなったんだろう。
「紀夫と渡辺さんはどうしたかな?」
「大丈夫よ。あの2人は、今頃手を繋いで仲良く帰ってるわよ。山崎君の前のカノジョも可愛いって感じだったから、きっと可愛い子が好きなのよ。真紀は性格はきついけど、顔は可愛いからきっと山崎君好みよ」
樹里が自信満々で言う。たしかに紀夫は小学生の頃から可愛いと言われているアイドルが好きだったし、好きになる子も可愛いという感じの子ばっかりだった。
「でも、渡辺さんが紀夫のこと好きかどうか分からないじゃないか」
渡辺さんは性格はともかく可愛いし、頭も良く、いつもテストでは上位10位に入っている。どう見てもゴリラのような顔をした陸上だけが取り柄の紀夫を好きになるとは思えない。
「大丈夫よ」
樹里が自信ありげに言う。
「真紀はわたしと喧嘩している時でもチラチラ山崎君を見てたんだから、山崎君のことを相当意識してるわよ。だから2人きりにしてあげたんだから」
そうだったのか。それは分からなかった。
「でも、あの演技すごかったよ。てっきり、渡辺さんと仲が悪いと思ってたのに」
あの渡辺さんにキスしようとした演技はすごかった。
見ているこっちまでドキドキした。
「最初は演技のつもりだったけど、近くで見た真紀の顔があんまりにも可愛かったから、だんだん本気になってきて本当にキスしちゃおうかななんて思っちゃった」
樹里が危ないことを言う。
「樹里。ひょっとして百合?」
「その気があることは否定しない」
その割には女子に嫌われているけど。
「じゃあ、僕とはどういうつもりであんなことしたの?」
思わず口走ってしまった。あれは本当に演技だったんだろうか?
「どう思う?」
じとーっとした目で僕を見る。
「……」
僕には分からない。
「また、明日ね」
いつのまにか樹里のマンションの前に来ていた。樹里は手を振ってマンションの中に入っていく。
意地の悪い女だ。
でも、僕は樹里が好きだ。僕は自分の気持ちをはっきり自覚した。
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