第16話 勝気なカノジョがアメリカにいく理由
昼休みになると、樹里がいつものようにお弁当を持って教室にやって来た。
今日のお弁当もなかなか美味しそうだ。
チャーハンにシューマイ、回鍋肉、鳥の唐揚げなどが入っていた。
明日からこのお弁当が食べられなくなると思うと、寂しくなる。
お弁当を食べ終わると、樹里を誘って屋上へと向かう。
ドラマとかの影響かもしれないけど、なんとなく、2人きりで話すのは屋上がいいのではないかと思い込んでいる。
「寒いわね。なんの話? 早くして」
さすがに12月初旬の屋上は気温が低いうえに風が吹いて寒い。
躊躇ってなかなか何も言わない僕に樹里がイライラしたように言った。
「ごめん」
僕は頭を下げた。
「いきなりなによ」
樹里が驚いたような顔で僕を見る。
「樹里とはもう付き合えない」
胸がチクチク痛む。こんなことを本当は言いたくない。
「ハアー、どういうこと?」
樹里の顔が強張った。
「僕には許嫁がいるんだ」
僕は顔を上げた。ギャルメイクをした樹里の顔がなんとも言えない顔になった。
強いて言えば、戸惑ったような顔に見える。
それはそうだろうな。普通こんなこと言われたらこういう反応になるよな。
「だから、もうわたしとは付き合えないって言うの?」
「うん。ごめん」
もう一度頭を下げる。
「ダメ」
樹里が腰に手を当て僕を睨んだ。
「えっ」
樹里の答えに僕は戸惑った。
「絶対別れない。隆司から告っといて、なんでわたしが振られないといけないの?」
明らかに樹里の顔は怒っている。
「でも、あれは……」
告ったというより告らされたっていうか。
「あれはなに?」
樹里がギロッと睨む。
「なんでもないです」
なんか余計なこと言うと怖そう。
「そうでしょう? それにどうしてあの時、言わなかったのよ」
「それは、ウーンと……」
まさか忘れていたとは言えない。
「で、その子はどんな子よ」
樹里がなぜか横を向いた。その横顔はなぜか少し焦っているように見える。
「知らない。会ったことがない」
「会ったことがない? どういうこと?」
樹里の不思議そうな顔がこっちを向いた。
「その子が来年の春に高校を卒業したら、僕と結婚しに日本に来る……らしい」
「らしい? らしいって何よ」
「色々事情があって、父さんたちはそういうことになるだろうと言っていた」
簡単に両親から聞いたことを話した。
「フーン。隆司はどうしてもその子と結婚しないといけないんだ」
樹里は納得できない顔をしている。その反応は当然だ。僕も納得できてないんだから。
「たぶん」
「でも、それはわたしとは関係ないわ」
それはそうだ。
「だけど、父さんと母さんが約束した以上守らないといけないと思うんだ」
たとえ、僕の知らないところでされた約束であっても、約束は約束だ。守らないといけない。
「隆司はわたしが当番をちゃんとすれば、付き合うって約束したわよね」
「したよ」
「わたしは約束どおりちゃんと当番をしてるわよね。そうでしょ?」
それは認めます。僕は頷いた。
僕は樹里の当番が終わるまで図書室で本を読んだり、勉強したりして待っているので、樹里があの1年生の子と仲良く当番をやっているところを見ている。
もっとも僕が当番の時、樹里は「待っている間することがなくて暇だから先に帰るね」って言って、なんの躊躇いもなく帰っているけど。
「じゃあ、わたしとの約束も守らないといけないわよね。それともわたしみたいな軽い女子とした約束なんか守らなくてもいいと思っているんだ」
樹里が苦々しそうな顔をした。
「そんなことは思っていないよ。約束をした限り守らないといけないと思っている。それに樹里のことを軽いなんて思ったことないよ」
樹里と付き合ってみて(もっとも、学校の登下校を一緒に帰るぐらいと昼ごはんを一緒に食べるぐらいだが)、樹里が軽いとは思っていない。
ただ、口が悪くて、少し僕たちとは感覚が違うだけだと思う。
お茶に誘われたから深く考えず、友だち感覚で一緒に行ったり、キスも本当に挨拶代りにしているだけのような気がする。
女の子同士でもキスを普通にしていると言ったときの樹里の顔は冗談で言っているようには見えなかった。
「だったら、約束どおりこれからも当番をちゃんとするし、委員会にも出るわ。それなら、振られる理由はないわよね」
樹里は当然という顔をする。
よっぽど振られることがイヤみたいだ。
「どうして僕にそんなにこだわるの? 樹里なら僕よりカッコいいイケメンといくらでも付き合えるだろう?」
自分で言っていて情けないが、僕は全てにおいて平均以下だと思っている。
樹里なら僕よりもっといい男と付き合えるはずだし、実際に付き合っていた。
それなのに樹里がどうして僕との付き合いにこだわるのか分からない。
「別にこだわってないわ。ただ、振られるのがイヤなだけよ。それに隆司は今までにない変わったタイプだから、面白いもん」
樹里が屈託なく笑う。
「でも、僕と付き合っててもつまらないでしょう」
自分が女性に好まれるタイプではないことは百も承知だ。
「今まで付き合った男子はだいたいすぐにキスしたがったり、家に連れ込んでSEXしようとしたりするのばかりだったけど、隆司はそんな素振りを見せないから新鮮なのよ。キスは一度したけどね」
樹里はあんまりいい人とは付き合ってなかったみたいだ。
僕だって、もちろんSEXに興味がないわけではない。
だが、お互いに心から好きだと思っている相手以外とそんなことをしようとは思わない。
喧嘩を止めるためとはいえ、樹里とキスしたのは軽はずみなことをしたと後悔している。
でも、喧嘩を止めるためだけにキスしたわけではない。
僕の中で広がってきた樹里への想いがあったことは否定しようがない。
「でも、やっぱり無理だよ。このまま付き合うのは許嫁を裏切っているようで悪い。本当にごめん。気がすむなら殴ってもいいよ」
樹里と付き合うことはやはり許嫁に悪い。少々痛い思いをしても仕方がない。
「その子が来るのは春なのよね」
樹里は確かめるように言った。
「そうだよ」
僕は頷いた。
「だったら、付き合うのは卒業まででいいよ。それにその方がその子のためにもなると思うわよ」
「どうして?」
なんで樹里と付き合うことが許嫁のためになるんだ?
「だって、隆司はあんまり女の子と付き合ったことないから、女の子のことよく分からないでしょう?」
「う、うん」
年齢と同じだけカノジョいない歴の僕が女の子の気持ちが分かるわけがない。
「そんな女の子の気持ちも分からない隆司と結婚したらその子がかわいそうだよ」
「そ、そうだね」
そう言われればその通りだが、すごい言われようだ。
「わたしと付き合えば少しは女心も分かるようになるでしょう。だったらその子にとってもいいことじゃない」
「う、う〜ん」
樹里の性格はあまりにも特殊すぎると思うんだけど。
「それに、わたしもそのつもりだったし」
何気無く樹里が言った。
「そのつもりだったってどういう意味?」
「あれっ? 言ってなかったっけ」
樹里が肩を竦める。
「聞いてない」
僕は首を横に振った。そんな話は一言も聞いていない。
「おかしいな。言ったつもりだったんだけど……」
納得のいかない顔をしている。
「聞いてない」
僕はテープのように繰り返す。
「卒業したら、アメリカに行くの」
アメリカへ行くなんて初耳だ。
大体、進路のことを聞いても樹里は「ヒミツ」とか言って教えてくれなかったじゃないか。
「アメリカって……留学?」
樹里の家は金持ちのようだ。樹里を留学させるぐらいなんでもないだろう。
「えっ? 留学じゃないんだけど。えーっと……」
樹里は何かブツブツ口の中で言いながら、突然空を見上げた。
しばらくすると、樹里の目の端から涙がこぼれ落ちてくる。
あの樹里が涙を流すなんて。
何かよっぽど言いたくない事情があるんだろう。
余計なことを聞いてしまった。
「ごめん。言いたくないなら別に言わなくていいよ」
僕は慌てて言った。
「そうだ。期末テストは終わったし、大学も通ったから、隆司は週末暇でしょう?」
樹里が急に思いついたように言った。
「別に用事はないけど」
受験勉強もする必要がなくなったし、遊びに行く予定もない。用事があるとすればせいぜい母さんに頼まれて買い物に一緒に行くぐらいだろう。
「土曜日に映画を観に行こうよ」
「映画?」
映画と樹里のアメリカ行きと何か関係があるのだろうか?
「そう。駅前に2時。待ってるからね。寒いから教室に戻るわ」
樹里は一方的に言うと、教室に戻って行った。
なぜアメリカに行くか樹里は何も答えてくれなかったので、理由は分からないが、きっと映画を観れば分かるということなんだろう。
でも、これってデートじゃないのか?
付き合うのをやめようと言いに来て、なんで僕はデートの約束をしているんだろう。
いや。これはデートじゃない。アメリカに行く理由を樹里に聞いた以上、僕にはその答えを聞く義務があるんだ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
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