眠り王子とのキス

「こんにちは」


明るい声と共に、あたしは病室に入った。


「元気してた?」


けれど返事は返ってこない。


部屋にいるのは一人の青年。


あたしの彼。


でも…もう三年間、ちゃんと話していない。


「まっ、しょーがないんだけどね」


三年前、当時はお互いに高校三年生だった。


同じクラスになって気が合って、彼の方から付き合いたいって言われた。


元々気になっていたから、すぐにOKしたっけ。


でも…あたしは変わってしまった。


イヤな方向に。


明るくて社交的な彼は、とても好かれる存在。


だからたくさんの友達がいて、好意を持つ女の子も少なくなかった。


だから…嫉妬深くなった。


彼を必要以上に束縛したり、しつこいくらいに電話やメールをしていた。


周りからいくら言われても、止まれなかった。


今思えば、よく警察に言われなかったなぁなどと思ってしまう。


そんなあたしを、彼がフッっても何にも言えなかっただろうな。


彼が事故に合ったのは、あたしの誕生日だった。


その頃、彼から話がしたいと何度も言われていた。


何となく、別れの予感がしていたあたしは、今度は逆に距離を取ってしまった。


だから何かしら理由をつけては、話から逃げていた。


でもあたしの誕生日、彼は近くの公園で待っていると言ってきた。


来てくれるまで待っているって。


あたしは行きたくなかった。


でも…それまでの自分を振り返って、お互いに別れた方が良いんじゃないかって、思えた。


待ち合わせの時間から、4時間が過ぎていたけれど、もしかしたら本当に待っているかもしれない。


そう思って、あたしは家を出た。


そして公園に行く途中で、騒ぎに気付いた。


近くにいた人に聞くと、暴走してきた車が公園に突っ込み、一人の男の子が轢かれたと言う。


ものすごくイヤな予感がして、あたしは人ごみを押しのけて救急車の前に来た。


そこには…傷だらけの彼がいた。


頭の中が真っ白になって…しばらくは何にもする気力がわかなかった。


でも何とか高校を卒業して、大学に進んで…。


そして決心した。


きっと彼は起きたら別れを切り出す。


だから今度こそ、大人しく受け入れようって。


そう決めたあたしは、彼の看病の手伝いをすることにした。


はんぱなままはイヤだから…最後にきちっと終わらせるように。


いつ起きるか分からない彼を待ち続けるあたしに、周囲は感心した。


けれどそんなキレイなものじゃない。


ちゃんと終わらせる為に、決心が揺るがない為にしていることだから。

何年かかってもいい。


彼の口から切り出せるまでは、しっかり彼女の役目を果たそうと決めた。


なのに…。


「まさか三年も待たせられるとはね」


枕元に置かれた汚れた紙袋を指でつついた。


当時、彼が事故にあっても離さなかった紙袋。


有名なアクセサリーメーカーの袋の中には、メッセージカードがあった。


あたしへの誕生日の祝いの言葉。


プレゼントだ。


「でも嬉しいのか悲しいのか、分からないわね」


最後になるプレゼントなんて…。


いや、でも決めたんだ。


彼の為にも、あたし自身の為にも。


あたしは彼の顔を覗き込んだ。


もうすっかり大人の顔付き。良い男だ。


「早く起きないと、前へ進めないじゃない」


…そう言えば、眠り姫なんて物語があったっけ。


でもこれじゃ眠り王子だ。


「早く起きなさいよ」


そしてあたしを早くフッて。


思いを込めて、あたしは彼にキスをした。


―懐かしい感触。


涙が出そう。


「大好きよ…」


そのまま彼の首元に顔を埋める。


彼の匂いもまた懐かしくて、胸が締め付けられる。


愛しているから、別れる。


大人になったもんだ、あたしも。


そんなあたしの頭に、触れるあたたかな手。


「…えっ?」


ゆっくり顔を上げると、苦笑している彼の顔。


「ゴメン…。もしかして、待った?」


「っ!」


涙がボロボロと零れ落ちた。


「なっ何で今頃っ…! もう三年経ったわよ!」


「三年…。どうりで、キレイになったワケだ」


彼も泣きそうな顔で、あたしの頭を撫で続ける。


あたしは感情を堪えた。


このままじゃ、三年前と同じになってしまう。


「…で? 三年前のあたしの誕生日に言いたかったことって?」


「ああ…」


彼は周囲を見回し、紙袋で視線を止めた。


「アレ、取ってくれる?」


あたしは黙って紙袋を取って渡した。


彼は袋の中に手を入れ、小さな箱を取り出した。


「無事だと良いんだけど」


そう言って箱を開け、中身を取り出した。


指輪のケースみたいだ。


彼に悪くて、中身は見ていなかった。


「サイズ、変わっていないといいけど」


あたしの左手を取り、薬指に指輪をはめた。


誕生石の指輪…。キレイ。

「オレと結婚してくれないか?」


「………はい?」


ぴったりはまった指輪を見ていたあたしは、思わず裏返った声を出してしまった。


「ずっと不安にさせたままなのはイヤだから…。結婚して、側にいれば平気かなって」


真っ赤になった彼から出たのは、予想とは全く違った言葉。


「…別れの言葉じゃなかったの?」


「プロポーズの言葉だよっ! …でも当時、さけられはじめたから、ちょっと不安だったんだけど…」


そりゃ、別れがイヤだったから…。


「で、どう?」


「あっああ…」


返事、今しなきゃダメか。

「…あたし、嫉妬深いわよ?」


「知ってる。でもイヤじゃない」


「束縛するよ?」


「良いよ。キミなら」


「しぶといし、しつこいし…。良いとこなんて、ないじゃない」


「あるよ。ずっとオレを好きでいてくれた。それだけで十分だよ。オレのこと、こんなに愛してくれる人なんて、他に誰もいない」


「確かに」


思わず納得してしまう。


「そこまでカクゴが出来ているんなら…結婚しましょう」


「うん、もちろん」


そしてまたキスをする。


二人のはじまりのキスを―。

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