ストーカーとのキス

最近、アタシには日課になっていることがある。


朝、玄関を出てすぐに。


「おはようございます」


「ひぃっ!」


…と、地面から3センチ飛び上がることだ。


アタシはゆっくりと振り返り…。


「おっおはよう。早いのね」


いつもより三十分は早く家を出たのに…。


「そりゃあもう! 一時間前から待っていましたから!」


一時間…。よし、明日は頑張って一時間半前に家を出よう。


「じゃ、行きましょうか」


そう言ってアタシのカバンを持って、歩き出す。


「ちょっちょっと!」


一つ年下の彼は、何故だかアタシに夢中。


日夜、ストーカーと化してしまった。


ううっ…!


いくら言ってもやめてくれないし、周りからはもう諦めろという声まで出ている。


別にキライなタイプじゃない。


けどストーカーは別っ!


特に行きも帰りも待ち伏せされたり、電話やメールが頻繁なのは恐ろしいの一言に尽きる!


…仮にも首席で入学してきたのに、大丈夫なんだろうか?


いや、頭が良過ぎるとアレというパターンかもしれない。


「先輩、今日の帰り、どうします?」


「えっ?」


「買い物でも行きますか? そろそろ新しい服、欲しがっていたじゃないですか」


そう言ってニッコリ微笑んでくる。


背中にぞわわ~と鳥肌がたった。


何で知っているの? 少なくても彼には話していないことなのにっ!


「先輩が気になっているお店に行きましょうか? 最近駅前に出来たあのお店に」


何でそんなことまでっ!


しかも昨日、友達と雑誌を見ながら教室で話していたことなのに!


軽くパニックになっていると、彼は再び微笑んだ。


「俺、先輩のことなら何でも知っているんです」


度があるだろうぉ~!

―放課後。


アタシは周囲をキョロキョロしながら、教室から出た。


一年生と二年生では、授業が終わる時間が違う。


今日はいつもとは違って、二年生の方が早く終わる。


だから逃れられるかもしれない!


アタシは注意を払いながら、遠回りして下駄箱にたどり着いた。


時間のせいか、誰もいない。


「良かった…」


ほっとして自分の下駄箱に向かっていると。


「遅かったですね、先輩。遠回りしてたんですか?」


ぴきっと、顔と体が固まった。


後ろを恐る恐る振り返ると、彼がいた。

「どっどうして…!」


「今日は一緒に買い物に行く約束してたじゃないですか? 俺が先輩との約束、破るワケないですよ」


サボりやがった!


「あっあのね!」


アタシはカバンを握り締め、彼に向き直った。


「そっそういうところ、やめてよ! 怖いのよ!」


「そういうところって?」


「ストーカー的なこと! 恐ろしくて夜も眠れないのよ」


「先輩、それって恋ですよ」


「恐怖体験よっ!」


ああ、もう! 


…どうあっても、言うこと聞いてくれない。


「…アタシのこと好きなら、少しは言うこと聞いてくれない?」


「先輩が俺のこと好きになってくれて、付き合うことになったら良いですよ」


悪循環だ…。


「それにね、先輩」


顔を上げると、彼はすぐ間近に来ていた。


そして下駄箱に両手を付き、アタシを逃げられなくした。


「えっ!?」


「俺、先輩の性格を熟知しているんです」


間近でにーっこり微笑んでも、怖いだけ!


「頼まれたらイヤと言えないこととか、強く出られたら引いてしまうところとか」


うっ…! それはアタシの短所だ。


「だから俺は先輩の弱いところをついているんです。何があっても、先輩のこと諦めたくないから」


「…その為にアタシが苦しんでも?」


「ええ、俺は自分勝手な性格なんで。先輩の控えめな性格とは相性が良いと思いますけど?」


良い…んだろうか?


思わず考え込むと、彼はクスクス笑った。


「ホラ、人の言うことを素直に信じる。そんなところも好きですけど…」


そう言って、ずいっと顔を近付けてきた。


「俺以外の人にそんな無防備な姿、見せちゃダメですよ」


今まで見たことの無い真剣な表情に、心臓が痛いくらいに高鳴る。

「だから、俺がずっと側にいて、先輩を守ってあげますよ」


「いっ一番の障害って、キミだと思うんだけど…」


「言いますねぇ。でも否定はしません」


再び微笑む彼。


「でも先輩だって、俺がいたら安心でしょ? 悪いヤツには絶対に近付けさせませんから」


あっ、くらくらする…。


もういろんな意味で、考えられなくなる。


「だから先輩も、俺に夢中になって」


そして逃げられないアタシに、キスする彼。


いきなり唇を奪うなんてヒドイ…。


けれど胸が熱い。


「愛してますよ、先輩。ずっと俺が守ってあげます」


そして抱き締められる。


息が出来ないくらいの苦しい抱擁。


ああ…くらくらする。


だからだ。


この腕から逃れないのも、何も言い返さないのも。


きっと胸が熱いせいだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る