オレ様とのキス
「あっ暑い…」
ダラダラと絶えず汗が流れる。
「オーイ! 走るから、ちゃんとタイムとっとけよ!」
「分かってるわよ!」
「んじゃ、行くぞ!」
そう言って構えるアイツ。
わたしはストップウォッチを握り直した。
「用意! スタートっ!」
わたしの声と共に、風のようなスピードで走り出す。
そして目の前を通り過ぎると同時に、スイッチを止める。
「…良いタイム出すわね」
「当然だろ?」
自信満々に髪をかき上げる仕種を見ると、イラッとしてくる。
…これでも我が陸上部のエース。
短距離走で高校記録を軽く抜いていくほどの、才能と実力がある。
なのにこの自信満々で、オレ様的性格が、どーにも気に入らない。
「ねぇ、ちょっと休憩しましょーよ。暑くて眼が回る」
「何だ、女みたいなこと言って」
「生まれて十七年! 男だった覚えは無いわ!」
怒鳴ってわたしはアイツに背を向けた。
木陰に置いてある自分のペットボトルを手に持った。
冷たい麦茶を飲んで、一息。
「ふぅ…」
「あっ、オレにもくれよ」
わたしはアイツの荷物からペットボトルを取り出し、剛速球のごとく投げた。
「うをっ!」
しかしきっちりキャッチされた。
「チッ」
「おまっ…エースのオレに何かあったら、どーすんだ!?」
「こんなことで何かあるなら、アンタなんて大したことなかったってことでしょ?」
冷静に言って、わたしは再び背を向ける。
あの顔を見ると、殴りたくなる。
…なのに、アイツの自主練に付き合っている理由は…この後、アイスを奢って貰うからだ。
うん、それだけそれだけ。
「でもマジであっちーなぁ」
ちらっと振り返ると、汗を拭いながらスポーツドリンクを飲んでいる。
…ふとした時に見せるあの顔は、キライじゃない。
でも、言うと絶対に調子に乗る!
黙って走っていれば、キライじゃないのにぃ!
……でも黙っているアイツなんて、それこそアイツらしくないしなぁ。
「なぁに黙ってんだよ」
「ぎゃああ!」
いっいきなり背後から抱き付かれた!
コイツは時々、こんなイタズラをしてくる!
「うわ~。汗くせ」
―殺意100%充電完了。
「何ですって!」
振り返ると、アイツの顔が間近にあった。
うっ…!
この至近距離での笑顔は反則だ。
…何も言えなくなってしまう。
「何、オレ様がイイ男すぎて、言葉が出てこない?」
「んなワケ…」
ない、と言えない。
でも精一杯の抵抗で顔を背けると、いきなり顔を捕まれた。
「んんっ…!」
そのまま熱い唇と重なる。
「ん~!」
胸をどんどんと叩くも、そんな抵抗なんてアイツには効かない。
―熱い。
唇から、アイツの熱が伝わってくる。
「ふっ…」
やっと離されたかと思ったら、アイツは唇をぺろっと舐めた。
「なぁっ!」
「今日の自主練、付き合ってよかっただろ?」
「どこがよっ!」
「秋の大会には、絶対に良かったって思えるぜ?」
…それは新記録を出すことを言っているのか。
「待ってろよ」
いきなりわたしを解放したと思ったら、スタートラインに走って行く。
「お前の方から『好きですぅ』って言うようになるからな」
「ななっ!」
「まっ、今はオレ様の方が夢中っていうのも、しゃくだから」
「はあっ!」
何コレ! 告白!?
「今度はお前の方から、していーぜ?」
「誰がだぁ!」
叫びながらも、顔が熱くなっていく。
「…わたしに惚れさせたいなら、ちゃんと優勝して、新記録出しなさいよっ!」
アイツはニッと笑い、ガッツボーズを決めた。
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