ヘタレとのキス

イライラする。


「ん~っと…」


目の前の同級生の男は、一枚の紙と睨めっこ。


「…まだ?」


「あっ、あとちょっと…」


そう言ってもう三十分は経っている気がする。


相変わらずトロい。


国語のテストで赤点を取り、追試のプリントと格闘して早一時間。


国語の担当者である私は、コイツのプリントを国語教師に提出しないことには帰れない。


誰もいない放課後の教室には、アイツの唸り声しか聞こえない。


もうすでに他の生徒達は、私にプリントを渡して帰った。


…三十分も前に。


アイツの前の席に移動して、追試の用紙を見た。


「うげ…」


前にやったテストそのままなのに、何でこんなに間違えるんだろう?


これじゃあギリギリ合格点だ。


…まあ合格なら良いか。


「『うげっ』って何だよ」


「そのまんま。まあ…良いんじゃない?」


投げやりに言って、手に持った用紙をパラパラ見た。


国語が得意なので担当になったのだが、コイツは昔っから国語が苦手だ。


コイツとは小学生からの付き合い。


実に十年近い。


…腐れ縁だな。

サバサバしている私と、トロトロしているコイツとは何かと一緒にされやすい。


二人セットって何だよ? こんなトロいのと一生はいたくはない。


コイツだってそう思っている。


口うるさく、女らしくない私のことなんて、苦手に決まっている。


なのに何かと一緒にいてしまうのは、やっぱり腐れ縁だろう。


「ん~っと、う~んと」


しかし…何故選択問題で悩む?


問題をちゃんと理解していれば、解けるのに…。


「ねぇ、ちゃんと復習した? 私の答案、貸してあげたじゃない」


ほぼ満点だった私の答案用紙を、復習するコイツの為に貸した。


「やったけど…。お前の字、クセ字で見づらくて…」


「よくもそんな口がきけたもんねぇ」


頬をつねって引っ張った。


「うぎゅぅ」


「ろくに問題が解けていない答案用紙と格闘するのがお好きなら、最初っからおっしゃれば良いのに」


「そっそふいふワケひゃなひ」

(そういうワケじゃない)


「生意気な口を…! 高校入試の時だって、さんざん勉強見てあげたのに」


同級生に勉強を教えるのは結構苦労する。


なのにコイツときたら…!


さらにうにーと伸ばす。おお、よく伸びる。


モチみたいにすべすべの肌。…ムカツク。

背も伸びて、黙っていればカッコ良いのに…。


この優柔不断ぶりには腹が立つ。


「こんな問題も解けないクセに!」


もう片方の頬も伸ばす。


「いっいらひっ! ひらひっ!」

(いっいたいっ! いたいっ!)


…でも、いつまでもこうすることは出来ない。


いずれは…終わるんだから。


私はパッと手を離した。


「う~、痛かった」


痛そうに頬をさする。眼に涙まで浮かべて…。


「…答えは、コレ」


私は用紙に書かれている文字を指さした。


「えっ?」


慌てて用紙に視線を戻す。


「早く書いて! いい加減、帰りたいのよ!」


「わっ分かった!」


そして追試は終わった。


「やっと終わったゴメン。待たせて」


そう言って顔を上げたアイツの顔を掴んで、無理やり唇を合わせた。


「…へっ?」


こんな時までマヌケ面…。


「ご苦労様! じゃっ、先帰ってて! 私は職員室行くから!」


用紙を抜いて、私は教室を飛び出した。


一瞬のキス。でも…確かに触れ合った唇。


泣きそうなのをガマンして、教師に追試の用紙を渡した。


そして気付いた。


…カバン、教室だ。


きっとアイツは帰っているだろう。


ど~せ、ぼ~としながら帰っただろう。


そして次の日には、何にもなかった顔でいつもの日常に戻るんだ。


浮かぶ涙を拭って、私は教室に戻った。


「あっ…」


しかしそこには、まだ帰っていなかったアイツがいた。


「…まだ帰ってなかったの?」


「あんなことされて…帰れないよ」


それもそうか。変に納得してしまう。


「じゃ、一緒に帰る? どーせ帰る方向、同じだし」


「良いけど…。その前にさっきのキス…」


「忘れて。犬にでも噛まれたと思って」


いつものように切り捨てる。


「…ムリだよ」


いきなり肩を捕まれた。


その顔は怖いくらいに真剣で…とても赤かった。


「聞きたい。キスした理由」


「…何となく?」


「本気で?」


いつになく真面目な顔で聞かれても、返す言葉はうまく出てこない。


今すぐにだって、逃げ出したいのに…。

「…俺はさ、真面目なキスがしたい」


「はぁ? 何言ってんの?」


「お前と」


「…本気で?」


「もちろん」


私の肩を掴んだまま屈み込んできた。


だから私は顔を上げて、眼を閉じた。


再び重なり合う唇。


離れてもお互いに気恥ずかしくて、言葉が出なかった。


だから私はそのまま、コイツの胸の中に倒れ込んだ。


「えっ、えっ?」


「…バカね」

私はぎゅっと抱き付いた。


「今は何も言わない方が良いのよ」


「…分かった」


顔を見なくても、優しく微笑んでいるのが分かる。


そのまま抱き締め返してくれるあたたかな体。


伝わる互いの心の音…。


二人の性格はこんなにも正反対なのに、今、きっと気持ちは同じだ。


このまま、この気持ちがずっと続けば良いと思った。

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