甘々なキス・7

お正月が過ぎれば、世の中は次のイベントの準備を始める。


2月は特に、女の子にとっては重要なイベントがある。


「お~。バレンタインのディスプレイって、本当に可愛くてキレイだな」


わたしはデパートの一角に作られた、バレンタイン用の売り場を見て心が踊った。


カラフルな色や、可愛い物、綺麗な飾りがいっぱいで、女の子が大好きな物に溢れている。


「おっ、本当だ。なあ、くれるよな?」


不安げな声でわたしに声をかけるのは、一ヶ月前まではただの幼馴染、今では恋人の彼だ。


「良いけど…。どんなチョコが食べたい?」


「それはお前に任せるよ」


「じゃあ既製品で、バレンタインを一日過ぎて半値売りにされているのでも?」


「…手作りの物にしてくれ」


「面倒だけど、了解」


後ろから盛大なため息が聞こえる。


…だから『恋人』になるなんて、止めようって言ったのに。


思い返すこと一ヶ月前。


まだクリスマスも前の話だ。


わたしと彼は幼稚園からの付き合いで、小学・中学・高校と同じ学校に通った。


そして高校二年の現在は同じクラスメートでもある。


ずっと一緒だったせいか、わたしは彼のことを特別な男性とは思えない。


なのに『恋人』になった理由は、彼の告白にあった。


あの日、わたしの家で期末テストの勉強をしていた時、突然言われた。


「なあ、俺と恋人にならないか?」


彼は最近の男子高校生にしては珍しく、真面目で純粋なタイプだった。


だからこんなこと、ウソや冗談で言う人ではないと、分かってはいたんだけど…。


「…アンタ、熱でもあんの?」


ついそう言ってしまう。


「いや、ないが…。本気で真面目に言っているんだ。その…考えてみてくれないか?」


メガネをかけなおしながら言う彼を見て、わたしも流石に真面目に考える。


「…でも止めておいた方が良いんじゃない?」


「なっ何でだ?」


「だってわたし、冷めた性格しているから、恋人になったって甘い関係にはならないと思う。それこそ今のような関係のまま、続いていくだけなら、恋人になるだけムダじゃない?」


思ったことを容赦なく言うと、彼が深く傷付く音が聞こえた。


けれど何一つ、嘘は言っていない。


関係名を変えたところで、中身が変わらないのならば、わざわざ変えることもないと思う。


「でっでも俺は別に、お前に変わってもらおうなんて思っていない。そのままのお前が良いんだから!」


「…あっ、そう」


こんな女を良いと思うなんて、彼の女性趣味は悪い。


「だからその、イヤじゃなかったら…恋人になってほしいんだ」


「むう…」


わたしは腕を組み、考える。


確かに彼とは長い付き合いがあるせいか、一緒にいて苦にはならない。


まあ心トキメクことがないと言えば、やっぱり親愛程度なのかもしれないけど…。


…ここは一つ、確かめてみる必要があるな。


そう思ったわたしは移動し、彼の正面に座った。


「なっ何だ?」


そして彼のメガネを外して、薄く開いた唇にキスをした。


「っ!? んなっ!」


彼の目が白黒するのを見て、わたしは首を傾げた。


「ん~まあキスもイヤじゃないし、とりあえず良いよ。恋人になる」


「どっどういう確認の仕方だっ!」


真っ赤な顔で怒鳴りながらも、彼は抱き着いてくる。


彼の背に手を回しながら、やっぱりイヤだと感じなかったことに気付いた。




だから思う。


彼以外の男とキスしたり、抱き締めあったりするのを考えただけで、鳥肌が立つ。


けれど彼とは平気。


だから彼のことを、少なくとも好意は持っている。


…でもそれが愛情なのかと問われれば、首が曲がるのだから、しょーもない。


「じゃあ材料を買って行くかな」


「…俺に内緒で作るとか、してくれないのか?」


「面倒だ。せっかく来ているんだし、ここで買っていこう」


呆れて脱力している彼の腕を引っ張りながら、わたしは売り場に入った。


呆れた彼の表情を見るのは、ここ最近ずっとだ。


…何だか恋人になる前の方が、笑顔を見ていた気がする。


彼は変わることを望んではいないと言っていたけれど、まさか全く変わらないとは思っていなかったんだろうな。


相変わらずわたしは冷めていて、彼に夢中ってことはない。


好きなんだけど…何だかなあ。


普通、恋人ができた女の子は、もうちょっとはしゃいだり、可愛くなったりするもんじゃなかったっけ?


と思ってしまうほど、変わらない。


そのうち、彼の方から元サヤに戻ろう、と言い出すだろう。


そしたらわたしはきっと、冷静に受け入れるだろう。


だってそういうのが、わたし、なのだから…。


変わりようがないのだ。


バレンタイン当日。


学校が終わると、わたしの部屋に来てもらった。


「とりあえず、リクエスト通りにラムレーズン入りのチョコレートケーキを作った」


「あっありがとう。嬉しいんだが…何だか大きくないか?」


彼がラムレーズン入りのチョコレートケーキを食べたいと言うので、最初はカットケーキが2個入るぐらいの箱やラッピングを買っていた。


「ウチの母が、わたしがアンタにケーキを作ることを知って、本格的なケーキ作り用の材料を買ってきたんだ」


彼が手作りが良いと言うので、手作りチョコ特集の本を買って、リビングで読んでいたら母に見つかり、問い詰められてしまった。


ちなみに母もわたしの冷静さには呆れを感じているらしく、彼と恋人になったことを一番に喜んだ人だった。


「おばさん、こういうの、好きだもんな」


流石に彼の笑みも引きつっている。


そりゃそうだろう。


何せケーキのサイズは30センチの10号サイズだ。


わたしと彼がどうあったって、食べきれるワケがない。


「まあその…何だ。余ったのはアンタの家の人達にでも食べてもらって」


「勿体無いけど、そうする」


苦笑する彼の前で、わたしはケーキを切る。


そして皿に載せて、皿を持ち、彼に背中から寄りかかった。


「おっおい」


「せっかくのバレンタインだし、食べさせてあげる」


そう言ってフォークで一口分切り取り、彼の顔を見上げながら、口元に運んだ。


「ホレ、あーん」


「ぐっ…! あっあーん」


顔を赤らめながら口を開いたので、ケーキを入れてあげる。


「どう? 甘すぎない? お酒、濃くない?」


「んっ。美味いよ。こんなケーキ、今まで食べたことがない」


嬉しそうに笑いながら、わたしを後ろからぎゅっと抱き締めてくる。


…ああ、本当にわたしは彼に愛されているんだな、と思う。


それは素直に嬉しいんだけど。


「お前も食べてみたら?」


「うん」


自分で食べようとしたけれど、フォークを持っている手を、上から彼の手が掴んできた。


そして手が重なったままケーキは一口サイズに切られ、わたしの口元に運ばれる。


「ほら、あーんしろ」


「あーん」


今度はわたしが食べさせてもらう番。


素直に口を開き、ケーキを食べる。


「…ん~。結構味が濃いような気がする」


母の愛がたっぷりと感じられるのが、ちょっと複雑な気分にさせられる。


「でも嬉しいよ。恋人になって、はじめてのバレンタインだしな」


今までだって、毎年、バレンタインにはチョコをあげていたのに。


やっぱり関係が変わると、気持ちも変わるんだろうな。


わたし達はその後も、互いに食べさせたり・食べさせられたりを繰り返して、ケーキの三分の一ぐらいは食べた。


「う~ん…。もうしばらく、甘い物は食べたくない」


口の中が甘ったるくって、ブラックコーヒーを飲んでもなおらない。


「ホワイトデーはおせんべいかおかきを希望する」


顎を上げて、顔を見上げながら言うと、彼はクスッと笑う。


「分かってる。アメとかマシュマロより、そっちが好きなんだもんな、お前は」


「嫌いではないんだけどね。歯応えがないものって、食べた気しなくって」


「お前らしいよ」


クスクスと笑う彼を見ていると、幸せなんだろうなって思う。


…なのにわたしの心は、いつまでも冷めてばかり。


思いきって体の向きを変え、真正面から彼に抱き着く。


「ん? どした?」


そして甘い匂いがする、彼の唇をぺろっと舐めた。


「っ!?」


驚いて身を引こうとする彼の首に腕を回して、逃げられないようにする。


そして何度も唇を舐めたり、またはキスしたりを繰り返す。


はじめのうちは抵抗する態度を見せていた彼だけど、だんだんと力が抜けていくのを感じる。


全身の力が抜けたのを知って、わたしはようやく彼から離れた。


「おっ前…いきなり何するんだよ?」


真っ赤な顔で、息を弾ませた彼はグッタリしてしまった。


「…何かいきなり、アンタを味わいたくなっちゃった」


「お前なあ…」


メガネごしの眼は少し赤くなっていて、ちょっと可愛いと思ってしまう。


「でも、変わったよな」


「へっ?」


突然彼はおかしなことを言い出した。


「変わっているのは今更だろう?」


「まあそうだけどさ」


彼は改めてわたしを見つめる。


「恋人になってから、結構甘えるようになったというか、大胆になったというか。スキンシップをよくしてくるようになった」


「…だって恋人なら、そうするものだろう?」


「だな。でもいきなり変わったからさ。驚いてた」


「でも別に女の子らしくはなっていない」


「そんなのはお前に求めちゃいないから、良いんだって」


彼は楽しそうに言う。


…けど何かわたしは複雑な気持ちになる。


「前にも言ったけど、別に女の子らしいお前を期待しているワケじゃないんだ。だけど恋人らしくなったことは、素直に嬉しく感じている」


そういうものかな?


わたしは無意識に、恋人にはキスしたり甘えたりするものだと思っていたから、そういう行為をしてきた。


彼は一度も拒絶しなかったし、したいと思ったことをしたわたしは素直に満足してたし。


恋人になってから、彼とはキスしたい、触れていたいと思うようになった。


それは恋人なら当たり前だと……って、アレ?


…こういうのって、彼に夢中になっているってこと?


「むむむ…」


「今度は何だ?」


「確かに甘えるようになったとは思うが、気持ちが甘くないと言うか…」


「…前から聞こうと思っていたんだけどさ」


「何だ?」


「お前の中の恋人って、どんな感じなんだよ?」


聞かれて、首を傾げる。


「そりゃあイチャイチャ、ベタベタとするもんじゃないのか?」


「それは一部のバカップルと言われる存在だ」


彼は呆れた表情を浮かべ、ため息を吐く。


「別に俺達がそうなることはないだろう? 俺達は俺達の恋人であれば良いんだから」


「まあ…そうだけど」


わたしと彼とでは、わたしが思い描く恋人になれないことに、悩みを感じていたのは確かだ。


「だからさ、ムリにそういう形に当てはめようとするなよ。俺は今のままでも充分に幸せなんだから」


優しく微笑む彼を見ると、わたしも幸せだと思う。


うん、呆れた表情より、笑顔の方がやっぱり良い。


彼が笑顔でいてくれるのなら、わたしも無理せず背伸びせずに、このままでの恋人を続けようと思う。


バカップルになろうとして、ギクシャクするよりは、素のままでいた方が楽だし。


「んじゃまっ、肩の力を抜いて、いつも通りのわたしのままでいる」


そう言いつつ、彼に抱き着いた。


「ああ、そうしてくれ」


彼が優しく頭を撫でてくれるのを心地よく感じながら、わたしはウトウトし始めた。


そんなわたしに、彼は小さく囁く。


「…お前、気付いていないかもしれないけどさ。俺達がしていることって、とっくにバカップルと同じことなんだぞ?」


いつでもどこでも一緒で、二人っきりになれば抱き着いて、キスばかりする。


とっくに恋人としては甘い空気を出していることに、わたしは全く気付いていなかった。



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