お見合いのキス

「まったく…。親がどうしてもと言うから、来てみたら…」





男は私を真っ直ぐに見た。





「相手が女子高校生だなんて…。アイツら、俺を犯罪者にするつもりか?」





それはある意味、同感…。





振り返ること十日前。





実業家として名高い父と、旧財閥の一人娘である母との間に、長女として生まれた私に見合い話が持ち上がった。





ウチは代々見合いの家系。だから私も抵抗無く来てみたら…。





相手は世界に会社をいくつも持つ企業の長男。





優秀な人で、自分でも会社を作ったり、経営したりしている。





見た目もカッコ良い…と言うより、キレイな人だ。





だけど………私は今、17歳。





彼は…………35歳。





歳の差、18歳。


…ありえなくない?





見合い写真を見せられたけど、30歳ぐらいにしか見えなかった。





プロフィールとかは、あんまり気にしなかったから見なかった……それが間違いだった。





着物の裾を握る。朝早くから、母が着付けてくれた。





お気に入りの赤の生地の着物、でも…心が浮かない。





彼はスーツを着ていて、タバコを吸い出した。





今はもう、部屋に二人だけ。





私の好きな料亭を貸し切って、見合いをセッティングしてくれたのは嬉しいけど…絶対失敗だ。





相手は私を一目見るなり、いや~な顔をした。





そして仲介人から歳を聞いて、思いっきり顔をしかめた。





…どうやら彼も写真だけを見て、プロフィールを見なかったらしい。





ある意味、似た者同士かもしれないけど…18の差は大きい。





せめて10歳だろう。





それとも相手が年下好みだからって、私が選ばれたのだろうか?





でも彼だってきっと10歳ぐらいが…。





「おい」





「はっはい!」





「タバコ、苦手なのか?」





「えっ?」





彼は黙って私を顎でさす。





私は右手を袖で隠し、口元を覆っていた。





「あっ、いえっ!」





無意識の行動だった!





タバコは父も吸うが、いつも離れて吸ってたから…。





彼は不機嫌そうにため息を吐いて、立ち上がった。





そして障子戸を開けて、そこでタバコを吸う。





…決定的、かな?





まっ、成功してもあまり良いことない。





上手くいけば、私は高校を卒業してすぐ結婚。自由なんて…無くなる。





ホントはもっと勉強して、私自身が働きたいのに…。





「なあ」





「はっはい!」





「お前、結婚する気、あるの?」





「えっ? あっあります! 無ければ来ません!」





コレは…半分ウソ。





生まれてこの方、家の為に結婚するのだと教え込まれ、抵抗があまり無かったのも事実。





「その相手が18も年上で、こんなヤツでもか?」





「構いません! あっあなたこそ、18も年下の女子高校生相手で良いんですか?」





「俺は構わん。気に入った」





………はい? えっ? 気に入った? 私を?





「どっどこが気に入ったんですか?」





「とりあえず、全部」





とっとりあえず? 全部!?





ぽかーんとしていると、彼はくくくっと笑い出した。





「ヒドイ顔してるぞ? とても女子高校生には見えねぇな」





「なっ!?」





ヒドイのは彼の方だ!





私は袖で顔を隠す。





「―それ、クセなのか?」





ぐいっと腕を捕まれ、顔を出される。





「なっ!?」





「顔も好みだ。和服が似合う女子高校生なんて、今時少ないしな」





ニヤッと笑うなり、いきなりキスしてきた!?





「んっんん~!」





タバコの匂いと苦味が、口の中に広がる。





はじめて感じる男の唇に、頭の中が真っ白になる。





「ぷはっ」





唇を離されると、一気に咳き込んだ。





「げほっ、ごほっ」





「キスもはじめてか。ますます気に入ったな」





満足そうに私の顎を掴み、真っ直ぐに見つめてくる。





「なっ!?」





「眼も気に入った。野心を持っている眼だな」





やっ野心!? そんな大それたもの、持った覚えは無い!





「俺の妻になれ。お前の望むもの、全て与えてやろう」





…この言葉に、ブチッと切れた。





「なめないでっ!」





どんっと彼の体を叩いて、離れた。





「あなたに与えられるものだけで満足するような女じゃないの! 私はちゃんと勉強して、大学も出て、世界相手に働くんだから!」





………。





沈黙、3分後。





時間と共に私の興奮も冷めていき…自分がやった失態で血の気も引いた。





今…何を言ったの? 私。





大学も出て、世界相手に働いているのは彼の方なのに…。





きっと世間知らずのお嬢様が何を言っているんだって、呆れられている…。





かと思ったら。





「くっ…ははははっ!」





お腹を抱えて大爆笑。





「そっそんなに笑うこと、ないじゃない…」





興奮したせいか、涙がボロボロ出てきた。





「いっいや、悪い。そんな大きな夢を持っていたなんて、さすがの俺も考えていなかったからな。そうか、世界か。それはさすがに与えられないな」





笑いながら、私の頬を伝う涙を手で拭ってくれる。





「でもお前と二人なら、可能かもな」





「あっあなたはすでに叶っているじゃない!」





「それはまだ、家の力だ」


ふと、彼の顔が険しくなった。





「俺はこの歳になって、未だに家の力以上のものを手に入れていない。だから足りてないのさ」





「何が…足りないの?」





「そりゃ、パートナーさ」





そう言って不敵な笑みを浮かべる。





「常に俺の隣にいて、離れていても俺のことが分かっているヤツがいないんだ」





もしかして…。





「それが、あなたの結婚相手の条件?」





「ああ。ただ家の中にいて、満足するだけの女には興味がない」





それは…確かに、私があてはまるけど…。





「今までそんな女とばかり見合いさせられた。けれど今回は当たりだったな」





「…写真だけで分かったの?」





「ああ。だから年齢は知らなかった」





それだけが失敗だとでも言うように、肩を竦める。





「けどま、そんなのは障害にもならないか」





そして再び笑うと…いきなりお姫様ダッコして、立ち上がった。





「なぁっ!」





「嫁に来いよ。俺と一緒なら、世界相手に働けるぜ?」





「なななっ…!」





間近で見る彼の野生的な眼を見て、言葉を失う。





確かに…彼と一緒になることが1番の早道らしい。





「…つまり、お互いに利用し合うってこと?」





「それもあるが、まずは…」





彼は外に出て、歩き出した。





「結婚式が最初だな!」





「早過ぎるわ! 私、まだ女子高校生なのよ~!?」





私の叫びは、虚しく庭園に響き渡る。





…世界相手より、彼相手の方が大変そうだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る