笑えるキス

「待ちたまえ! キミ!」


ウンザリする聞き覚えのある声に、アタシは深く息を吐いた後に振り返った。


そこにはやっぱりウンザリする知った顔があった。


「何よ、風紀委員長」


「昨夜、キミを見かけたよ。コンビニでバイトしてただろう?」


「それが何か? ウチの高校の校則変わって、バイトOKになったじゃない」


「問題はそこじゃない。時間の問題だ。校則では19時までならば、となっている。キミを見かけたのは20時過ぎだった」


風紀委員長…と言うのは長いので、アイツと呼ぼう。


アイツのメガネがキラッと光った。


あ~、ヤダヤダ。厄介なヤツに見られたもんだ。


「そうだったっけ? ウッカリ時間過ぎちゃってたか」


「キミは一時間もウッカリできるの?」


「しちゃったもんはしょーがない。と言うことで、サイナラ。アタシ、今日のバイト行かなきゃだから」


腕時計を見ると、そろそろバイトの時間だ。


「じゃ、委員長。また明日ね」


軽く手を振り、全力ダッシュで走った。


「あっ、コラー! 廊下は走らない!」


声ももう遠く聞こえる。


そのぐらい、アタシの足は速い。


勢いを衰えさせないまま、アタシは学校を出る。


途中、他の生徒達が笑顔で手を振ってきたり、またはイヤな顔をしたりする。


コレはしゃーないね。


学校の規則を忠実に守る優等生の風紀委員長派と、アタシは仲が悪い。


世間から見れば優秀な生徒ばかり集まる高校だけど、その分個性が強い。


真面目なのが1番とは言えないこの時代に、アタシみたいな自由な生徒がいたって不思議じゃない。


アタシは面倒見が良い人として、学校で有名だ。


その証拠に、風紀委員と対立する自立委員の委員長だから。


自立委員とは、生徒の個性と自由を重視した委員会だ。


以前は禁止されていたバイトを認めさせたり、またはケータイの所持も許させた。


風紀委員とはそのたびにぶつかり、アタシと委員長はほぼ犬猿の仲。


ほぼ、という微妙な言葉を使うのは、別にアイツのことを嫌っているワケじゃないから。


真面目で一生懸命なのは、尊敬できるところ。


ただ…頭が固いのは、なぁ。


昭和初期のジイさん並みだから。


まっ、それでも関わるのは学校の中だけ。


学校から出れば、アタシ達は無関係…そう思っていたのに。


問題はアタシがバイトを終え、家に帰った直後に起こった。


父を早くに亡くし、母子家庭だったウチ。


母親がモジモジしながら、こう言った。


―再婚したい人がいるのって。


アタシはすぐにOKした。


母は優しく、穏やかな女性だ。今までにも男性が近寄ってきたことはあった。


けれどアタシ一筋だった為、母は男を寄せ付けなかった。


でもこうやって再婚と言い出したのは、きっとアタシの成長を安心したのだろう―と思っていたのに。


いざ相手と顔合わせをした時、アタシは自分の時が凍りつく音を、ハッキリ聞いた。


「なっ何でキミが…!」


…アイツこと、風紀委員長が、いた。


新しい義父も早くに妻を亡くし、息子が1人いるとは聞いていたけれど…。


…黙っていやがったな、母。


アイツのことはほぼ毎日グチってたから、知らないハズは無い。


なのにっ!


…と悔しがってももう遅い。


この日を境に、悪夢が始まった。


朝、目覚ましが鳴るよりも先に、


「いつまで寝ているんだ! キミは! とっくに朝食の準備は終わっているんだぞ!」


…と、アイツが部屋にノックも無しに起こしにくる。


そして家を出る時も、何故か2人一緒。


料理が趣味だというアイツの手作り弁当を持って、毎朝登校。


帰る時も何やかんやと一緒で、帰ったら帰ったで、家事の手伝いをさせられる。


…何、コレ?


虐待? 新手のイジメ!


「…味が濃いな。いつもこんなの作っているのか?」


アタシの作った煮物を食べて、言った一言はあまりに小姑くさいものだから、両親も失笑。


義父はとても優しい人で、いろいろとフォローしてくれるんだけど…。


何でこんな息子に育ったのか、一度問い詰めたい気もする。


または洗濯物をたためば、


「そんな折方ではダメだ!」


部屋に掃除機をかければ、


「違うっ! ゴミがちゃんと吸い取られていないだろう!」


ゴミを捨てようとすれば、


「分別はちゃんとしろ!」


テストで平均点以下を取れば、


「どうしたらこんな点数になるんだ! 今日は徹夜で勉強を教えてやる!」


…果ては裁縫までやらされる始末。


「雑巾ぐらい縫えるようになれ! 何でも買って済ませようとするな!」


しかも新しい洋服を買って、着たら、


「そんな派手な服を着るな! もっと清楚かつ清潔感のある服を着ろ!」


……などという事を、家の外でも内でもやらかすので、最近周囲ではヘンなウワサ話が流れている。


―風紀委員長と自立委員長、同居しているのではないか?


―あるいは恋人同士?


―それとももう夫婦?


「どれもちゃうわっ!」


上に投げたクッションに、拳をぶつける。


クッションは壁にぶつかり、ぼすんっと落ちる。


「うあがぁ! ストレス急上昇中!」


部屋の中でゴロゴロと転がる。


今日はアイツは風紀委員会で、遅くなる。


なのに先に帰ってろと言われた。


従うアタシもアタシだけどさぁ!


…親が再婚してから、バイトは全部辞めた。


てーかアイツに辞めさせられた。


義父は医者なので金には困らなくなった。


だから変に気を使われる前に、辞めた方がいいとアイツに言われ、それもそうだなと思ってやめた。


でも辞めるんじゃなかった。


家と学校の往復だけでは、疲れる。


友達と遊びに行ったって、門限がつくられて、楽しめなくなった。


親の為と思ってガマンしてきたけど、もういっそのこと! 1人暮らしでもするか!


「ただいま。今帰ったぞ」


いきなり扉が開き、アイツが我が物顔で帰ってきた。


だからアタシはクッションを拾い上げ、アイツの顔目がけて投げつけた!


「失せろ! 元凶!」


「ぶっ! いっいきなり何をするっ!」


ズレたメガネを直しながら、アイツが驚いた顔をした。


「ストレス満タンなのよ! もう耐えられるかぁ! アタシはこの家、出て行く!」


「なっ! どうして?」


「ふざけたことを聞き返すな! アンタの小姑ぶりに嫌気がさしたのよ! そもそもどこの世界に男子高校生が小姑になるのよ! アンタは何時代生まれよ!」


「落ち着け! 僕が口うるさいのはキミの不出来なせいだろう? 僕は家族として、キミがどこの嫁に行っても恥ずかしくないよう…」


「だからその昭和初期の考えを改めろー! 今は平成! 男が家事やってたって、恥ずかしくはないわ!」


言いながらアイツのアゴに飛びケリをくらわし、廊下に吹っ飛んだアイツの腹の上にまたがった。


「アタシだって男並みに強いのよ! アンタだって、女並みに家事ができるでしょう? それと一緒! 時代は変わっているんだから!」


「そっそれはそうだが…。キミの場合、もう少し落ち着かないと、嫁の貰い手が…」


「だ~からそれが余計なお世話だっつーの! 大体相手ぐらい、自分で見つけるわ!」


アイツの襟元を掴み上げ、間近で睨んだ。


その動きで、メガネが床に落ちる。


わっ…メガネなしのコイツの顔、こんなに間近で見たのははじめてかも…。


…やっぱりキレイに整った顔してんな。


風紀委員長は推薦で決まる。カリスマ性を持ち合わせるコイツは、多くの生徒に慕われている。


けれど中身は小姑。


…今までされたことを思い出し、頭に血が上った。


コイツに一泡ふかせたい!


そんな思いにかられて、アタシは…。


アイツに噛み付くようにキスをした。


「んぐっ…!」


頭を掴んで、放さない。


むさぼるようにキスを繰り返した後、息が苦しくなって、離れた。


「なっ…にをするんだっ…! キミは」


「ハッ! ザマーミロ!」


笑ってアイツの上からどこうとした。


けれどいきなり手を掴まれ、引き寄せられた!


「なっ何よ!」


「責任…取ってくれるんだろうな?」


「はあ!?」


何古臭い言葉を言ってんだか…。


「両親には僕から説得するから」


…アレ? 何で寒気が…。


「家事はそれでも分担しよう。やって損はないから…」


……もしかしなくても!


「ぷっプロポーズしてんの!? 頭おかしいんじゃない?」


たかがキスで、責任取って、結婚!?


「もちろんだ! でも結婚できる年齢になるまで、修行は続けるからな!」


修行って、まさかっ!


アイツははじめて見る、満面の笑みを浮かべた。


「花嫁修業をな!」


全身の血の気が、音を立てて下がった。


「いっイヤっーーー!」


…近所中に、アタシの悲鳴が響き渡ったことは、言うまでもない。


悪夢の日々は、まだまだ続きそうだった。



―完―

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