純愛のキス・5

好きだと気付いたのは、ほんの些細なことでした。


高校に入ってすぐ、部活紹介の時に先輩を一目見て、


(あっ、好き)


と思ったのが始まりでした。


笑顔がとても優しかったから。


語る言葉もとても柔らかかったから。


だから彼を追うようにして、生徒会へ入りました。


生徒会は多忙を極めていて、とても忙しくもやりがいのある仕事ばかりです。


先輩はどんな時でも笑顔を崩しません。


いつでも優しく微笑んで、怒鳴ったり怒ったりは絶対にしない人でした。


成績も優秀で、人望も厚く、カッコ良い人。


だからライバル…と言うか、わたしと同じように先輩を好きになる女の子はたくさんいました。


けれどどのコとも、先輩は付き合いませんでした。


…そのことに、ほっとしている自分が嫌いです。


わたしは昔っから人付き合いが苦手で、言葉も少ないので、友人と呼べる人はごく少数。


だけど先輩のおかげで、話しかけてくれる人がたくさんできました。


嬉しかったケド…その分、先輩を凄く遠く感じてしまいます。


わたしなんかが側にいて、迷惑になっているんじゃないかと…。


基本的に、生徒会副会長である先輩から何か言われない限り、わたしはどう動いていいか、分からないのです。


気を利かすこともできず、いつも部屋の隅で小さくなってしまいます。


話の輪の中にも中々とけこめないでいるのが、もどかしい…。


でもいつもそんな時、先輩はわたしを呼んで、輪の中に入れてくれます。


嬉しい反面、申し訳なささでいっぱいでした。


そんなある日のことです。


文化祭の準備で、生徒会がいつも以上に忙しく、そして慌しくなりました。


わたしでさえ、息つく暇なく動き回ります。


さすがに目が回ってきたので、生徒会室で一休みすることにしました。


誰もいないと思っていた生徒会室には、先客がいました。


先輩です。


イスに座り、眠っていました。


わたしは気配を消し、できるだけ足音を立てないように先輩に近付きました。


…かなり熟睡しているようです。


眠っている顔を見るのは、はじめてでした。


きっとファンの女の子達も見たことがない…寝顔。


思わず先輩の唇に見入ってしまいます。


薄く開かれた唇。


「………」


そこから少し声が出ているようです。


わたしは思わず顔を近付け、耳を傾けてしまいます。


「…好きだ」


「えっ…」


思わず声を出すと、先輩の瞼が震えました。


いけない!と思って、慌てて先輩から距離を取りました。


「んっ…? アレ? オレ、もしかして寝てた?」


「はっはい。でもわたしは今来たばかりなので、どれだけ眠っていたのかは分かりませんが…」


「そうか。いや、ゴメンゴメン。ちょっと疲れててさ」


そう言いつつ目元をこすり、立ち上がります。


「おっと、もうこんな時間か。急がなくちゃな」


机に置いていた書類を持って、先輩は生徒会室を出て行こうとしました。


「あっ、そうだ」


「はっはい」


先輩は振り返り、真っ直ぐにわたしを見ます。


「オレ、何か寝言言ってた?」


どきっと心臓が高鳴りました。


「いっいえ、何も聞いていません」


頭と両手を振ると、先輩はフッと笑いました。


「そうか、なら良いんだ」


いつもの笑顔で、先輩は今度こそ生徒会室を出て行きました。


「ふう…」


本当はウソはいけないことだけど…正直に、あの寝言のことを言う気にはなれませんでした。


先輩はあの時、確かに、


「…好きだ」


と言いました。


それはつまり…先輩には好きな人がいるということです。


…胸が苦しい。


ぎゅうっとして、息ができない…。


わたしは一人、生徒会室で声を押し殺して泣きました。


それからというもの、わたしは生徒会の仕事に打ち込みました。


動いている間は、先輩のことを忘れられるから…。


でもムリがたたったのか、わたしはある日、倒れてしまいました。


意識を失い、その場にバタンッと…。


次に目を覚ましたのは、額にヒンヤリするものを感じたからです。


「あっ、気付いたか?」


「先輩…。あれ、わたしは…」


辺りを見回すと、どうやら保健室に運ばれたようです。


「いきなり生徒会室で倒れて、オレが運んだんだ。ゴメン、具合悪かったんだな」


うっ…!


よりにもよって、先輩に運ばれてしまったようです。


「いっいえ…。わたしこそ、体調管理を怠ってしまい、すみませんでした。もう大丈夫ですから」


そう言って起き上がろうとしたわたしの肩を、先輩は優しく止めました。


「いや、今日はもういい。一段落ついたし、しばらく休むといい」


「…はい」


本当に役立たずです、わたしは…。


先輩の手には冷たいタオルが握られていました。きっとわたしの顔を拭いてくれたんでしょう。


申し訳なくて、わたしは上半身だけ起こしました。


「あっあの、先輩はもう戻っていただいてかまいませんよ? ご迷惑はもうおかけしませんから」


「迷惑だなんて思っていないよ。逆に役得だったから」


そう言って笑われても、わたしにはサッパリ意味が…。


「ちょうど聞きたいこともあったしね」


「聞きたいこと?」


「そう。以前、生徒会室で居眠りしているところ、見られちゃっただろう? その時、オレ、本当に何も言ってなかった?」


そう聞く先輩の目は…笑っていませんでした。


顔は笑っているのに…。


だからか、身の危険を感じて、わたしは白状することにしました。


「すっすみません。本当は聞いちゃいました」


「うん。オレ何て言ってた?」


「すっ『好きだ』って…」


思わずわたしの顔が赤くなっちゃいます…。


「そっか。やっぱり言ってたか」


先輩はため息をつくと、真っ直ぐにわたしを見ました。


「その言葉を聞いて、キミはどう思った?」


「どうって…」


胸が痛くなりました。先輩に好きな人がいるなんて、今まで考えていなかったから…。


「…先輩が好きになった人が、とても…羨ましく思いました」


「羨ましい? 何で?」


「何でって…。そう、思っただけですから!」


そう言って、わたしは先輩から顔をそむけました。


「うん。でもキミがそう感じる必要はないんだよ?」


「えっ…」


思わず顔を戻すと、先輩の顔が間近に迫っていました。


「だってオレの好きな女の子って、キミのことなんだから」


にっこり微笑むと、先輩は軽く私の唇に触れました。


…これって…!


「なっ!」


キス!?


両手で唇を隠します!


顔が音を立てて、赤くなります!


「…ホントに素直で可愛いなぁ」


今度はいきなり抱きつかれました!


あまりの展開の速さに、目が回ってきました…。


「キミ、オレにスゴク懐いてくれるし、素直で可愛いし。ホントにたまらない」


先輩はそう言って、頬をすり寄せてきました。


「わわわっ!? せっ先輩、いつからわたしが先輩のこと好きだって、気付いたんですか?」


「ん~。何となく? 気付いた時にはオレもキミのこと、好きだったしね。何せ夢にまで見るぐらいだもの」


あっ…あの寝言って、わたしの夢を見てたから?


「でもせっかく現実世界でも両想いになれたんだから、言ってほしいな。あの言葉」


間近で微笑まれ、言葉に詰まります。


だけど精一杯の勇気を持って、わたしは言いました!


「すっ好きです! 先輩!」


「―うん。オレも好きだ」


先輩の頬が赤くなりました。


再び近付いてくる唇。


わたしは先輩にしがみつきながら、そのキスを受け止めました。


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