バレンタインのキス
「あ~、オレってさ、甘いもんキライなんだよ」
ピシッ!
…世界と共に、自分の表情が固まる音がした。
バレンタインデーが間近という時に、付き合い始めた彼氏から発せられた言葉はあまりに衝撃的だった。
いや、面と向かって言われたワケじゃない。
わたしは日直で、帰りが少し遅くなっていた。
彼は一緒に帰ろうと言ってくれて、それまで教室で待ってると言った。
だからわたしは大急ぎで日直の仕事を終えて、職員室から教室へ戻ると、教室からは彼と数人のクラスメートの声が聞こえていた。
そして…彼のあの言葉を聞いてしまった。
扉一枚向こうの、廊下で。
一瞬にして、目の前は暗くなり、頭の中は真っ白になった。
高校に入って、同じクラスになった彼に一目惚れして、ずっと片思いだった。
だけど好きって気持ちが抑えきれなくて、わたしの方から告白したのは二ヶ月前の話。
おかげでクリスマスも初詣も楽しく彼と過ごせたワケだけど…。
恋人にとって最大級のイベントは、楽しく過ごせそうに無いな…。
…思い起こせば、食事に行った時、彼は甘い物を一切食べなかった。
わたしはお菓子作りが趣味ってワケじゃないので、今までそういう話題が無かったワケだけど…まあイベント前に知れて、良かった…かな?
まっまあチョコじゃなくても、おせんべいとかおかきとかでも良いよね?
ようはイベントを楽しく過ごせれば良いわけで、中身は甘くなくても彼が喜べば良いんだ!
わたしはそう決意して、教室の扉を開けた。
「お待たせ~!」
…でも自分の部屋に入ると、気分はズーンと重くなる。
何せ机の上には、チョコ菓子の作り方の本がドッサリ置いてあるから…。
「はあ~」
図書館から借りたり、友達から借りたりしたから、エライ量になっているな。
良いなと思ったページには付箋も付けてるし。
イスに座って、パラパラめくる。
美味しそうなチョコ菓子が、いっぱい載っている。
「…おせんべいとか、おかきの作り方が載ってる本を探そうかな」
帰り道、それとなく彼に好みを聞いたら、好きなお菓子はやっぱりおせんべいとかおかきって答えた。
今、家でも簡単に作れるレシピも出ているだろうし、ムリにチョコを作って、彼にイヤがられることもない。
「でもなぁ、やっぱり普通はチョコよね」
…でも彼が嫌いだというのに、渡せば嫌われることは絶対だ。
「まっ、とりあえずはおせんべいかおかきを作ろっか! そっちの方が簡単に作れそうだし!」
声に出して、明るく振る舞ってみても、…何だか虚しい。
どーせ不器用だから、チョコなんて難しいものを作ったって失敗の確率高いし…。
それに何より、彼に嫌われたくない。
付き合い始めて二ヶ月経つけど、一度も彼から『好き』という言葉を聞いたことがない(泣)。
わたしが、
「あっあのね! ずっとあなたのことが好きだったの! だから、付き合ってほしいの!」
と真っ赤な顔で言うと、
「ああ、いいぜ」
…あっさり彼はそう言った。
その場ではしゃぐほど嬉しかったけど、彼の態度は変わらずクール…。
だから未だにわたしが彼の『特別』なのか、分からない。
分からないからこそ、嫌われるようなことはしたくない。
「…と思っていたのに、なぁんで作っちゃうかなぁ。もう…」
ブツブツ言いながら、紙袋の中身を睨んでしまう。
中身はチョコ入りの箱と、おかき入りの箱。
どちらも手作りだけど、渡すのはおかきだけ!
彼の家に来て、部屋に通されたわたしは、お茶を持ってくると言って出て行った彼を1人待っていた。
「お待たせ」
「あっ、うん!」
彼はホットココアを淹れてくれた。
「あま~い! あったかーい」
「お前、甘いの好きだよな」
「うん! だって女の子だもん」
「何だそりゃ」
彼は優しく微笑んで、わたしの頭を撫でてくれる。
「えへへ。あっ、そうだ。今日バレンタインデーでしょ? お菓子、作ってきたんだ」
そう言ってわたしは、おかき入りの箱を取り出した。
「じゃーん! はい、どうぞ」
「ああ、ありがと」
彼は笑顔で受け取ってくれた。
ここまでは良し!
彼は箱を開けて見て、笑った。
「ははっ、美味しそうなチョコだな」
「でしょー? 頑張って作ったんだよ、そのチョ…」
…チョコ?
アレ…?
わたしは慌てて彼の手元を覗き込んだ。
…確かにチョコだった。
わたしの作った、ハート型のシンプルなチョコ。
「えっ…まさかっ!」
慌てて袋の中に手を入れ、もう一つの箱を開ける。
こっちは…おかきだった。
いやん★ 間違えちゃった♪
「って、思ってる場合じゃない!」
二つとも同じ箱だったから、間違えちゃった!
「ん? どうした?」
彼の方を見ると、すでにチョコを食べはじめていた。
「あっアレ? 甘い物、キライなんじゃなかったっけ?」
「あ~、そう言ったっけ?」
そう言いながらも、彼はチョコを食べ終え、コーヒーを飲んだ。
「確かに甘いモンは苦手だけど、お前の作ったものなら別だろ?」
「えっ? ええっ!?」
カーッと頭に血が上る。
「だから、彼女が作ったもんは、別なんだよ」
「えっ、なっ、だって…」
一度も好きって言ってくれなかったのに…。
…こんな時に言うなんて、卑怯だ。ズルイ…。
「でもこのチョコ、結構甘いな」
「えっ!?」
いっ一応彼に食べもらうところを妄想(!?)しながら作ったから、甘さ控え目のビターチョコで作ったのに!
こっコレでも甘いって言うんだから、よっぽどの辛党なんだろうな。
「あっ、ゴメン…。そっそうだ! こっち、おかきも作ってきたから、良かったら口直しに…」
おかきの箱を差し出そうとして、顔を上げた時…。
「あっ…」
彼の顔が、間近にあった。
そしてそっと唇が重なった。
「…確かに甘いね」
唇から、甘さが口の中に広がった。
「だろ?」
間近にある彼の顔は、真っ赤だった。
「それにしても、おかきまで作ってきたのか。もしかしてお菓子作りが趣味?」
「そっそんなワケないでしょ? ただ、甘い物キライって聞いたから、ならおかきの方が良いかなって思って作ったの!」
「でもあのチョコも作ったんだろ?」
「…食べてもらえなくても、一応作りたかったの!」
「ふぅん。相変わらず一生懸命だよな」
「当たり前でしょ! あなたに嫌われたくなくて、好きになってほしくて、一生懸命になるのがわたしにとって当然なの!」
「お前のこと、嫌いなんて言ってないだろ?」
「好きとも言ってないじゃない!」
「あっ、そっか」
ううっ…!
相変わらずクールだなぁ。
でもそんなところも好きって思うんだから、本当にわたしは彼のことが好きなんだな。
「じゃあ改めて」
ぎゅうっと彼に抱き締められた。
「きゃっ!」
「―好きだ。オレのことで一生懸命になるお前が、愛おしくてたまらない」
「なっ、なななっ!」
きゅっ急に言われると、心臓が痛いくらいに高鳴る!
眼もぐるぐる回ってきて、息苦しくなる!
でも、今、言わなくちゃいけない言葉がある!
わたしは顔を上げて、彼の眼を真っ直ぐに見つめた。
「わっわたしも大好き! あなたのことが1番大好きだからっ…!」
「ああ、知ってる」
彼は優しく微笑んで、また抱き締めてくれた。
やっぱりバレンタインデーは甘くなくちゃ、ね♪
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