純愛のキス・4

アタシは毎朝、アイツの寝顔を見て、思う。


「一人占め、したいなぁ…」


消え入りそうな声で呟く。


だってベッドでスヤスヤ寝ているのは、まさに天使の寝顔をしている男の子なんだもん。


高校生になっても、その純粋さは失われず…。


…アタシの方が穢れているようで、少し心が痛む。


幼馴染の男の子は、知能に障害を持つ。


いつまでも子供っぽい態度と口調。


感情を上手くコントロールすることができず、癇癪を起こすことはたびたびある。


そのたびに、アタシが制御役になっている。


元々家が隣同士というのもあるけど、コイツは血の繋がったイトコでもあるから。


でもイトコは感情をコントロールする術を、身に付けはじめていた。


それは美術。


絵画に彫刻、彼の手はさまざまな芸術品を作り出す魔法の手。


すでに世間はコイツに注目し始めている。


脳に障害を持つコが、芸術方面に優れている例は結構あるけど…可愛い顔しているからな、コイツ。


身長は高いクセに、態度は子供なもんだから、人気も出はじめている。


アタシがお役ゴメンになる日も…そう遠くないだろうな。


「んっんんっ…」


アタシが買ってやったウサギの大きなヌイグルミを強く抱き締めながら、寝返りをうつ。


はぁ…。いつまでもこの寝顔を見ていたい気もするけど、遅刻はいけないことだと教えている。


目覚ましは…壁に直撃して、無残な姿。


あれほど物を壊すなと言っているのに!


ムカッときて、アイツの上に覆いかぶさった。


そして鼻をつまみ、唇を奪う。


「うっうんん…」


やがて息苦しさを感じてきたんだろう。


アイツの顔が苦しげに歪んできた。


それでも深く口付ける。


「んっんんんっ!」


両手足がバタバタを布団を叩き、やがてアタシの両肩を掴んで押した。


「ぷはっ! はあっ、はあっ…」


「…おはよう。良い目覚めの仕方ね」


「うっ…。おは、よ」


息を切らせていたけれど、アタシを見て、おびえたように体を小さくする。


「なんか、おこって…る?」


「もちろん。アレ、は何?」


アタシは無残な姿の目覚ましを指さした。


かくんっと首が横に曲がる。


「めざま、し?」


「当たり。アンタってヤツは、何で寝惚けると凶暴になるのかしら?」


柔らかな両頬をぎゅうっとつねる。


「うぎゅっ!」


「アレだけ物には当たるなと、アンタと出会って何回言ったかしらね? 毎日の挨拶のように言っている気がしてきたわ」


「ひっひらないっ、おへ、ひらない!」


「知らないのは寝惚けていたからでしょうが! 寝起きがホンット悪いんだから!」


パッと手を放すと、痛そうに頬を擦っている。


「う~…」


「とっとと制服に着替えて、リビングにいらっしゃい! 朝食、できているんだから」


「うん…。いく」


涙目で頷くのを確認してから、アタシは部屋を出た。


小学生の頃までは、着替えを手伝っていた。


さすがに中学生になると、それなりに意識し始めたのか、アイツの方から断ってきた。


この家はアイツの両親がアトリエ用に建てたもの。


廊下を通じて、実家がある。


アトリエ用の家は、アイツの寝室と作業場、トイレに風呂とキッチン付き。


アイツが芸術に打ち込めるようにと、お金持ちの両親が作った。


アイツは喜んで芸術にのめり込んだけど…実家に戻らなくなった。


それを心配したご両親が、アタシに面倒を見てくれないかと頼んできた。


古い付き合いだし、何よりアイツは基本的にはアタシの言うことしか素直に聞かないから。


お駄賃と言う名の高いお給料を貰っているし、面倒は見るけどさ。


…いつまでやり続けていられるんだろう?


「んっ…。きがえて、きた」


目をこすりながら、台所に入ってきた。


「はい、どうぞ。召し上がれ」


朝っぱらからパンケーキとホットミルク。


…甘ったるいなぁ。


しかしアイツはニコニコしながら、パンケーキにアタシの手作りのイチゴジャムと生クリームをたっぷりかけている。


ホットミルクにもハチミツを…。


「うっぷ…」


焼ける胸を押さえて、アタシはトーストにかじりついた。


ちなみにアタシは野菜サラダにトースト、そしてコーヒーだ。


「こーひー、にがくない?」


「慣れれば平気。飲まなきゃ目が覚めないし」


アンタみたいに高カロリーものばっか食べてたら、アタシの体重は増えるし!


「ふぅん…。でもオレ、いっしょのもの、たべたい」


「太るから絶対イヤ」


「オレは、きにしない」


「アタシは気にする。つーかそれ以上言ったら、マジ首しめる」


「ひっ!」


アタシの殺気にビビッたのか、その後は大人しく間食した。


…パンケーキ3枚を。


顔をしかめつつ、皿を流し場に持っていく。


自動食器洗いがあるから、汚れた食器をセットすれば良いだけ。


楽だなぁ。


「ねぇ」


「んっ? って、うわっ!」


声をかけられ振り返ったら、すぐ後ろにアイツがいた。


しかも思いっきり不機嫌そうな顔で。


「なっ何? どうしたの?」


学校に行きたくないんだろうか? それとも作っていた芸術品が、上手くいっていない?


「なんか、ようす、ヘン。イライラ、してる?」


「きっ気のせいよ! それより早く学校へ行きましょう」


「がっこう、やすむ」


あっ、やっぱり…。


行きたくないという時は、ムリには行かせない。


…暴れるから。手が付けられないほどに。


「じゃあ先生に連絡を…」


「そのまえに、みせたいもの、ある。こっち」


いきなり手を掴まれ、引っ張られた。


「ええっ? ちょっとぉ!」


引っ張られて連れてかれたのは、作業部屋。


壁や床に、コイツの作った芸術品が散らばっている。


画材もメチャクチャ。でも片付けると怒るんだよなぁ。


「コレ、みせたかった」


そう言って白い布を外し、見せてくれたのは…一体の天使像。


「えっ…コレって、天使?」


「せいかくには、めがみ。きみがもでる」


「そう…って、えっ!?」


今までどんなに言われても、誰かをモデルにして何かを作ったことは無かったのに!


思わず女神像をジッと見る。


自信ありげに微笑み、白い翼で今にも飛び出しそうだ。


青い空を自由自在に飛び回る姿が、目に浮かぶようだ。


「…でも何でアタシが女神なのよ? まあ天使ってガラじゃないけどさ」


「オレにとって、キミはめがみ!」


「はい?」


「だから、オレのそばに、ずっといて」


そう言ってぎゅうっと抱き着いてきた。


「あっあの、展開がよく分からないんだけど…」


「ふあんになんか、させない。オレは、ずっと、キミといっしょ」


「あっ…!」


…バレてたんだ。不安を感じていたこと。


「だれが、なんていおうと、オレはキミといっしょ。ぜったい、いっしょ!」


バカ力でぎゅうぎゅうと抱き締められる。


「ちょっ、苦しいわよ」


でも嬉しい!


改めて女神像を見る。


コイツの目には、こんな風にアタシが映っていたんだ。


「いっしょ?」


不安そうにアタシの目を覗き込んでくるものだから、アタシはキスをした。


「もちろんよ! アンタの面倒なんて、アタシしか見られないんだから!」


「うん! いっしょ! オレのおよめさん!」


…って、アレ?


今言われたことって、もしかして…。

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