ほのぼのしたキス

「帰って来れないって、どーゆーことよっ!」


『だっだから、こっちにも付き合いってモンが…』


こっち、と言う言葉に、涙が浮かんだ。


「…あっそ。じゃあ、ね!」


ピッ! とケータイを切って、ベッドの上に投げ付けた。


「一ヶ月も会えないとは、何なのよぉ!」


叫んだ後、深く息を吐いて、冷静になった。


…分かっているのよ、本当は。


今、わたし達は高校三年生。大事な時だ。


そんな大事な時に、遠距離恋愛ってのは正直辛い…。


イヤでもイライラしてしまう。


「でも…好きだしなぁ」


付き合って一年目で、彼は親の仕事の関係で、遠くへ引っ越してしまった。


それこそ新幹線を使わなきゃ行けない所へ…。


彼はバイトしてお金を溜めて、こっちへ来てくれる。


わたしに会いに…。


なのにわたしときたら。


「はぁ…。受験ストレス、溜まってるなぁ」


本当はわたしもバイトをして、彼の所へ行きたかった。


でも彼はこっちに帰りたいって言うから、ただただ待つばかりの彼女になってしまった。


そう…わたしには待つことしかないのに…。


「なのに、あのアホウ!」


最近では向こうでできた友達付き合いがあるとかで、結構会うのをキャンセルしてくる。


そのたびに、胸が張り裂けそうな思いをしているのはわたしだけなの?


もう、別れた方が良いのかな?


ついイライラして、彼に当たってしまうことも増えてしまった。


自分で自分がイヤになる。キライにも…なるってもんよ。


せっかくの週末も、行く所は図書館だけか。…しかも一人で。


「まっ、しょーがないか…」


最近では立ち直りも早くなる。


ケータイを拾うと、彼からは何も来てなかった。


向こうも、もういい加減うっとおしく思っているのかもしれない。


それでも…良いと思えてしまう自分がイヤだ。


彼のことは、好き、なのに…。


モヤモヤした気持ちを晴らしたくて、わたしは部屋を出た。


…ケータイを置いて。


週末の公園は結構賑わっている。


わたしは奥へと進み、とある場所を目指す。


この公園は山一つを使って作られたもの。


だから奥の方に行くと、街を一望できる秘密の場所がある。


その場所は彼に教えてもらった。


何かとイラ立ちやすいわたしを心配して、教えてくれた。


彼がいない時も、たびたび訪れてた。


彼との思い出が詰まっているけど、不思議と辛くはなかった。


目の前に広がる景色を見ると、モヤモヤして気分も考えもスッキリするから。


「すぅー、はあ…」


何度か深呼吸して、落ち着いた。


誰もいない秘密の場所。わたしはベンチに座った。


そして頭の中が空っぽになると、眠くなってきた。


最近…寝不足だからな。


そのまま目を閉じて…。


「…い。オイって!」


「えっ…わっ!」


肩を揺さぶられて目を開けると、目の前に彼が…いた。


「えっええ!? 何で?」


「何でって、お前…」


彼は息を切らし、汗だくだった。


「あんな電話の切り方しといて、何だよ…」


「何って、いつものイライラじゃない」


少し眠ったおかげか、あっさり返してしまった。


「…ったく。心配して来たのに」


彼はそのまま私の隣に座り込んだ。


わたしはハンカチを取り出し、彼の顔の汗を拭いた。


「ごっゴメン! 最近、ちょっと受験ストレスで…。でもわたし、あなたのこと好きだから!」


「なっ!」


彼がぎょっとして、目を見開いた。


「別れるとか言わないでね!」


「それはコッチのセリフだ!」


彼はいきなり立ち上がった。


でもすぐに、その表情を曇らせる。


「…不安にさせて、悪いと思ってる」


「うん…」


「でも、もうちょっとの辛抱、してくれるか?」


「もうちょっとって?」


きょとんとしていると、彼はバツが悪そうに向こうを見る。


夕日に染まる街を。


「オレはやっぱりココが好きだからさ」


「うん、知ってる」


彼がここへ来るのは、わたしに会いに来る為もあるけど、この街を愛していることをよく知っている。


「お前、地元の大学通うんだろ?」


「うん」


「だから、オレも同じ大学に通う」


「えっ…」


彼は真剣な顔になり、わたしを優しく抱き締めた。


「いい加減、お前に不安を与えてばっかじゃダメだと思って…。でもオレの頭じゃ、あの大学は到底ムリだから、友達に勉強教えてもらってたんだ」


「でっでもそれなら塾に行けば…」


「アホッ! そんな金があるなら、お前に会いに来る!」


間近で怒鳴られたけど…嬉しい。

「最近になって、ようやく成績が上がってきてさ。でも…同級生に勉強習ってるなんて、カッコ悪くて言えるかよ…」


あっ、付き合いって、そういうこと。


「だから…もうちょっとだけ、ガマンしてくれ。大学は絶対合格する! そしたら…!」


彼はわたしの目を真っ直ぐに見た。


「いっ一緒に暮らそう」


「それって…」


「それなら絶対に、不安にさせないだろう?」


涙が自然にボロボロとこぼれた。


「おっおい!」


「…バカ」


涙を拭いながら、わたしは彼にしがみついた。


「バカって…。ああ、そうだよ。オレはバカなんだよ」

そう言って、わたしの頭を撫でてくれる。


やがて涙は止まり、わたしはヒドイ顔で彼を睨み付けた。


「黙っていることも、不安にさせるって、分かってる?」


「あっああ。マジでゴメン」


しゅん…と落ち込む彼の頬を、両手で包んだ。


そして、わたしの方からキスをした。


「…っ!?」


彼の体が一瞬震えた。


けれどそのまま、時が止まったかと思うぐらいに、唇を合わせていた。


彼のあたたかな優しさが、唇から伝わってきた。


「…不安にさせたくないなら、言うこと、分かってるわよね?」


「あっああ」


彼は顔を真っ赤にしながらも、ぎゅうっと抱き締めてくれた。


「お前のこと、好きだ」


「…うん! わたしも大好きよ」




―そしてわたし達は、夕日が沈むまで、そこにいた。


二人で寄り添って、いっぱい話をした。


やがて暗闇が訪れ、わたしは笑顔で彼を見送った。


多くの人の中に紛れ、帰り道を歩きながら思う。


きっと、わたし達の距離は今1番近くなっている。


そう、見上げた月と星が寄り添っているように。


わたしと彼の心も、側にある。


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