甘々なキス・5

わたしには一人の恋人と、一つの大きな悩みがあります。


恋人は幼馴染でもあり、ご近所に住むお兄さん。


高校2年のわたしと、24歳のお兄さんはパッと見は兄妹のように見えます。


なので二人で一緒に出掛けたとしても、兄妹に見られることはしばしば。


…そしてお兄さんを置いて、ちょっと離れると、すぐに女性達がお兄さんに声をかけます。


お兄さんは男性にしてはキレイな顔立ちをしていますから、それはしょうがないとは思うのですが…。


…問題はわたしが一緒にいても時々、女性達から声をかけられることです。


女性達は兄妹だと思って声をかけたらしいのですが…物凄いショックです。


わたしとお兄さんの仲を知っている友達から言わせると、


「色気が全くない」


らしいのです。


その原因を、何となくは理解しています。


お兄さんは恋人という関係になっても、何も…恋人らしいことはしてくれないのです。


その…キスも、まだ、なのです。


そもそもお兄さんとの付き合いが長すぎました。


知り合って既に10年以上が経過しているのです。


その間に二人っきりで過ごすことは勿論、二人だけで出かけたりなんだりと、すでに一般的なお付き合いはしていました。


でも二年前、お兄さんから「恋人になろう」と言われた時は嬉しかったです。


…やっぱり長い付き合いをしても、お兄さんはわたしにとっては特別な人だったから。


だけど恋人になっても、幼馴染の時の付き合いと全く変わりないです。


時々、額や頬や手にキスをしてくれるだけで…唇には全く近付きもしません。


こう時は、わたしからしたほうが良いのでしょうか?


でも女の子からキスをするなんて、はしたないと思われないでしょうか?


「う~ん…」


「ん? どうかした?」


一緒に手を繋いで歩いていたお兄さんが、わたしの顔を覗き込みます。


「いっいえ! 何でもありません」


わたしは慌てて首を振ります。


「もしかして疲れた? どこかで休もうか?」


「えっと…そうですね。喉が渇きました」


「じゃあ喫茶店に入ろうか」


お兄さんに手を引かれ、わたし達は喫茶店に入りました。


落ち着いた感じの、オシャレな喫茶店です。


「何飲む?」


「そうですねぇ。じゃあミルクティーを」


「僕はコーヒーにするかな?」


若いウエイトレスに、お兄さんが注文しますが…。


…どことなく、ウエイトレスの顔が赤く見えるのは、わたしの目がおかしいせいでしょうか?


「むぅ…」


「ん? 何か眉間にシワ寄っているよ」


そう言ってお兄さんはわたしの頬を優しく撫でてくれます。


「何か心配ごと?」


…ある意味そうですが、本当はくだらない嫉妬。


「…お兄さんがモテ過ぎるので、ヤキモチを焼いちゃいます」


「ぷっ…くっくっく」


しかしお兄さんはふき出し、声を抑えながら笑います。


「なっ何がおかしいんですか!」


「いっいや…。キミにヤキモチ焼かれると、嬉しくて…」


顔を上げたお兄さんは、涙を浮かべるほどウケていたようですが…。


「…わたしは面白くありません」


「ん~。でも僕だってヤキモチ焼くよ?」


「お兄さんが? どうしてですか?」


意味が分からなくて首を傾げると、お兄さんも同じように首を傾げます。


「キミが可愛くて仕方ないから。まあ気付いていないみたいだけど、キミもすごくモテるタイプだよ」


「そう…でしょうか?」


でも告白とか、ラブレターを貰ったことはないんですけど…。


「そう。僕はそんなキミを10年間、守ってきたんだから」


守って? …どういうふうに、でしょうか?


「そっそうですか」


そこで注文の飲み物が来たので、一度会話は中断。


わたしはミルクティーを飲んで、その甘さにほっと一息つきました。


「キミは本当に甘い物、好きだよね」


「はい! 甘い物はほっとします」


けれど友達には、恋人ができたのならば少しは控えた方が良いと言われました。


けれどわたしの恋人は幼馴染。


逆に甘い物を口にしないと、不安な顔をされてしまいます。


「お兄さんの作るお菓子とか飲み物も大好きです」


「それは良かった。まあキッカケはキミなんだけどね」


「わたしが何かしました?」


するとお兄さんは当時を思い出したように、笑みを浮かべます。


「アレはまだ、僕が高校生だった頃の話し。たまたま調理実習でクッキーを作って、キミにあげたら、スッゴク喜んでくれたんだよ」


「ああ…あのクッキー。はい、覚えています」


わたしが小学生の頃、学校帰りのお兄さんと帰り道、一緒になったことがありました。


そしてクッキーを作ったと言うので、お兄さんの部屋でごちそうになったのです。


「あの時、ミルクティーをいれてくださったんですよね。ミルクティーも美味しかったです」


「う~ん。でも実は、ちょっと失敗してたんだよね」


「どこがですか?」


わたしの記憶では、とても美味しくクッキーもミルクティーも頂いたんですけど…。


「実はあのクッキー、砂糖の分量間違えて作ったから、結構甘かったんだよね」


「はあ…」


「けれどキミは本当に美味しそうに食べてくれかたら。それじゃあいけないと思って、ちゃんとしたお菓子作りをするようになったんだよ」


お兄さんは時々、お菓子を作ってくれます。


それはどれも本当に美味しいので…お兄さんの作ったお菓子以外は、食べなくなってしまいました。


お兄さんは失敗作と言いましたが、わたしは…。


「…でもそれでも美味しく感じたのは多分、当時からわたしがお兄さんのことを好きだったから、だと思います」


「うっ…。それを言われると、余計に罪悪感を感じてしまうなぁ」


「えっ!? どっどうしてですか?」


わたしが慌てふためくと、お兄さんはまたもや笑い出します。


「あっ、もしかしてからかいました?」


顔が熱くなるほど慌てる姿を見て、お兄さんはお腹を抱えるほど笑います。


それでも外にいるので、声は出さずに、体が震えるぐらいに抑えてはいますが…。


「ぶぅ」


「ごっゴメン…。本当にキミが可愛くて…」


「どうにもバカにされているようにしか聞こえません!」


わたしはミルクティーを一気に飲んで、立ち上がります。


「わたしは先に出ています。落ち着いたら来てください」


「あっ、待ってよ!」


わたしはズンズンと歩き、お店を出ました。


「あっ、お会計…」


お金のことを思い出し、立ち止まって振り返ります。


しかしお兄さんがすでに伝票をレジに持って、払っている最中でした。


…でもレジをしているウエイトレスの顔が、嬉しそうに見えて…わたしはまた胸が苦しくなります。


恋人になろう、と言ってくれたのはお兄さんの方から。


わたしはわたしなりに、お兄さんへの気持ちを伝えてきたつもりでした。


「でも…幼馴染から、何も変わらない…」


手をつないで歩いたり、二人っきりで過ごすことも恋人と言えるでしょう。


けれどそれは、幼馴染という関係でもできることです。


わたしはいたたまれなくて、歩きだします。


「いざ恋人になったら、期待ハズレだったとか…」


…自分で言って、自分でダメージを受けました。


七歳の年の差は思っていたより、大きいのかもしれません。


わたしはまだ学生で、お兄さんはすでに社会人。


わたしが社会人になるには、あと五年は必要になるでしょう。


大学に進むつもりですし…。


そしたらお兄さんはもう29歳。


…その年齢になれば、結婚ということも考えるでしょう。


でもわたしは社会人になったばかりで、きっと結婚とは両立できない気がします。


そこまで器用ではないと、自覚しているから…。


「ふぅ…」


お兄さんと恋人になってから、何だかため息が増えた気がします。


周囲の人達は恋人ができると、それは幸せそうに見えるのですが…。


今のわたしはきっと、幼馴染の頃より幸せそうな顔はしていないと思います。


悩むことが増え、苦しむことが増えました。


いっそもう恋人を終わらせようかと考えた時も、一度や二度ではありません。


でも…やっぱりお兄さんを他の女性には取られたくないのです。


「…どうしたもんですかね?」


「何を?」


「ぅわあ! あっ、お兄さん」


いつの間にか、わたしの後ろにはお兄さんがいました。


「ようやく追い付いた。恋人を置いて行くなんてひどいなぁ」


「恋人をからかう人の方がヒドイです!」


「ゴメンゴメン。ただキミって僕の一言で、随分表情を変えるからさ」


「…そういうの、面白がっているって言うんです」


意地悪な人です!


…でも意地悪になったのは、恋人になってからのような気がします。


幼馴染だった頃は、もっと優しかったですから。


「面白がっているというより、嬉しいかな? 僕のこと、気にしてくれているって感じがするから」


「あっあの…ちょっと、ご相談があるんですが…」


「相談?」


眼を丸くしたお兄さんの顔が見れなくて、思わず俯きます。


「…この先に海に面した公園がありますので、そこでお話します」


「うん」


そしてわたし達は公園にやって来ました。


今日は天気が良いので、人も多いです。


人のいない所を目指して歩くも、会話はありません。


やがて海が展望できる場所にたどり着き、そこには誰もいませんでした。


「わぁ…! 今日は海がキレイに見渡せますね」


「だね。ここ、良い穴場みたいだ」


お兄さんと並んで、しばらく海を眺めていました。


けれど…言いたいことが、あります。


「あの…ご相談のこと、ですが」


「うん? 何かな?」


わたしは大きく息を吸い込み、そしてお兄さんの顔を真っ直ぐに見ます。


「恋人、やめませんか?」


「えっ…」


「幼馴染の関係に、戻りませんか?」


「どう…して」


お兄さんは心底驚いた顔をします。


…でもわたしは決めました。


「疲れて…しまったんです、わたし。幼馴染であった頃の方が、楽しくて良かった…。今はもうただ苦しくて、辛いだけなんです」


恋人となってもう2年以上、仲は発展しませんでした。


最初はわたしを大事にしてくれているとも思いましたが…わたし自身、もう限界です。


「…他に誰か、好きな人ができた?」


「いいえ。わたしは今でもお兄さんが一番好きです。大好きです。でもっ…もうイヤなんです」


ボロボロと涙がこぼれ落ちます。


「僕のことが、イヤになった?」


「…はい」


「そっか…」


お兄さんはわたしから海の方へ、視線を移します。


「…最近、キミが悩んで苦しんでいることは気付いていた。けれど何も言い出さないから、口を出すことじゃないと思ってたんだ」


「ゴメンなさい…。わたしが…悪いんです。恋人になっても全然楽しくなくて…。幼馴染であった時の方が、幸せでした」


「楽しく…なかった?」


「正直言えば…。幼馴染であった頃と、何にも変わらなかったでしょう?」


「まあ、ね」


「なら無理に恋人にならなくても良いんじゃないかって、思ったんです」


恋人になってからというもの、お兄さんが他の女性に声をかけられるとイヤになりました。


そして変わらない接し方も…イヤになってしまったのです。


変わったのは、わたしの方。


きっと多くを望みすぎてしまったのでしょう。


「わたし…きっとまだまだ子供なんです。大人になるまで時間がかかりそうですし…」


「うん…。じゃあキミは、もっと恋人らしいことがしたいの?」


「えっ…。そっそうかもしれませんが…本音を言えば、もっと優しくしてほしいです」


「甘やかしてはいるだろう?」


「お兄さんは恋人になってから、意地悪するようになりました!」


甘やかしたりもしてくれるけれど、意地悪を言われることの方が多くなったのです。


「あ~。僕、自覚なかったけれど、好きなコはイジメたいタイプみたい」


…そんなことを今更苦笑しながら言われても。


「―じゃあさ、こういうのはどう?」


お兄さんはいきなりわたしの肩を掴み、向かい合わせにしました。


「えっ…って、んんっ!?」


突然、キスをされました。


「んんっ、ん~ん~っ!」


お兄さんをポカポカ叩いて開放を望みますが、全く効き目がありません。


お兄さんのキスは熱くて深く、…ちょっとだけコーヒーの苦さがあります。


けれど口の中に広がるのは甘さ…。


わたしが大好きな甘さだけです。


どんどん体から力が抜けていき、わたしはお兄さんの体にしがみつくように抱きつきました。


「ふっ…。…どう? こういうの、幼馴染じゃできないよ?」


間近には得意顔のお兄さんの顔。


「キス、イヤだった?」


「………甘かったです」


「それは良かった。キミは甘いのが好きだしね」


正確に言えば、甘い物が好きなんですが…。


お兄さんとのキスは、今まで味わったことのない甘さでした。


それこそ何度でも味わいたいぐらいの、熱さと甘さがあって…身も心も溶けてしまいます。


「どうする? 恋人やめて、幼馴染に戻ると、もうこの甘さは体験できないよ?」


「…う~~~。やっぱりお兄さん、意地悪です」


「だからそうやって、僕の一言一言に振り回されるキミが可愛すぎるのがダメなんだよ」


何がダメなんでしょうか?


聞こうとしても、お兄さんはわたしの頬や額にキスをしてきます。


「んっ…」


「もうこういうキスじゃ物足りないってことだね。それならそうと、早く言ってくれれば良いのに」


「そっそういうのって、女性側から言うものなんでしょうか?」


お兄さんにはしたないと思われなくて、ずっと言わなかったんですが…。


するとお兄さんは一瞬の間を置いて、またもや笑い出します。


「なっ何で笑うんですか! わたしは真剣に言っているんですよ!」


「ごっゴメン…。そっか、そうだよね。そういうの、女の子の方からは言いづらいよね」


「全然謝られているように思えないんですけど…」


「ゴメン。でもどうする? 僕とのキス、やっぱりイヤかい?」


「イヤ…じゃないです」


「じゃあこれからも、いっぱいしたい?」


「うっ…。…しっしたい……です」


真っ赤な顔で呟くと、お兄さんは嬉しそうに笑います。


「んっ。じゃあ幼馴染に戻る必要はないね。そして恋人のままで良いよね?」


…尋ねるような言い方ですけど、何故、有無を言わせない空気を出すのでしょう?


でも…お兄さんとのキスは、これからもその…したいと、心から思います。


わたし以外の女性に、してほしくないと思いました。


「はっはい…」


「それじゃあこれからも、いっぱいしてあげる」


お兄さんはわたしの耳元で、熱く囁やきます。


「キミの好きな、身も心も溶けるぐらい甘いキスをね」


そうして逃れられないように、キツク強く抱きしめられました。


…あのキスで、不安も悩みも全てふっ飛んでしまいました。


そしてあのキスの甘さの虜になってしまいました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る