同級生とのキス・2

親が転勤族で、学校が変わることなんて当たり前の日々を送っていた。


それは高校に入ってからも変わらず、二年も同じ土地にいられれば良いほうになっていた。


そのせいか、アタシは友達をあえて作らなくなった。


作っても、離れれば意味が無いから。


距離が離れれば、気持ちが離れてしまうのを、よく知っていたから。


だから適度な距離をおいて、友達を作っていた。


学校にいる時は一緒にいても、転校したら一切連絡を取らないような友達を。


友達付き合いもこうなのだから、恋人はもう絶望視していた。


何回か付き合ったけれど、やっぱりお互いにムリだって分かって自然消滅。


全戦全敗なのだから、諦めもつく。


だから今回転校してきた高校でも、同じように済ます気だった。


なのに…。


「…何でアンタがいるのよ?」


「ん?」


ズズッ~と紙パックのコーヒー牛乳をすすりながら、アイツは首を傾げた。


転校してきたクラスで、隣の席になった男子生徒。


まあ適当な接し方はした。


転校してきたばかりだし、彼を頼ることも多かった。


でも…何で昼休みに、アタシはコイツとお昼を食べているんだろう?


人気の少ない特別教室がある四階の階段。


そこでいつも昼食を1人で食べていた。


クラスメートから誘われることはあったけど、あまり一緒にはいたくなかった。


だから週に1・2回はここで1人で過ごすことにしていた。


しかしいつの頃か、アイツがいた。


アタシの後ろで、購買部から買ってきたお昼を食べている。


そして昼休みが終わる頃になって、勝手に戻っていく。


その間、会話はほとんど無し。


「別にどこで食べようが、オレの勝手だろう? ここはみんなの学校だし」


「それはそうだけど…」


でも何故?と聞きたいけれど、同じ答えが返ってくるだけ。


アタシはため息をつきつつも、お弁当を平らげる。


「なあ」


「何よ?」


「その弁当って、お前が作ってきてんの?」


「ううん、お母さんが。ウチ、過保護だから」


そう言いつつ水筒のお茶を飲む。


アタシが生まれる前から転勤族だった両親。


同じ会社に勤めてて、今でも夫婦の仲は良い。


幼い頃から友達が長続きしないアタシを心配して、仕事以外の時間はほぼアタシに付きっきりだ。


2人の愛情はとても優しくて大きい。


おかげで反抗期も、ほぼ無し。


…本当は中学時代、寮のある学校に転校した時に、1人暮らしをしたいと思ったこともあった。


でも…両親から涙を流され、大反対されれば、誰だって折れる。


「ふぅん。娘思いなんだな」


「一人娘ですから」


ちなみにお茶も母の作ったもの。


あたたかいハーブティーは、疲れた心と体を癒してくれる。


もう一杯飲もうとして、コップにそそいだ時だった。


「どれ」


ひょいっとコップを奪われ、ハーブティーはあっという間にアイツの口の中へ流し込まれた。


「ああ!? いきなり何すんのよ!」


コップを奪い返すも、すでに一滴も残っていなかった…。


なのにアイツは青い顔で、口元を押さえた。


「…何か匂いがすっごくて、味がしないんですケド」


「それがハーブティーなの! 味を知らないんだったら、飲むなぁ!」


最後の一杯だったのに…くっすん。


「まあまあ。ホレ、イチゴミルクの方が美味いぞ」


そう言ってアタシの頭の上に、冷たい紙パックのイチゴミルクを置く。


「冷たっ! あったかいのを飲んだのに、冷たいのなんか飲めますか! …でも、いただくわ」


イチゴミルクは好き。…今の季節じゃなかったら、すぐに飲むほどに。


「ついでにコレもどーぞ。購買部で新発売のお菓子」


小さな袋を2つ差し出してきたので、素直に受け取って、1つ開けて食べた。


「あっ、美味しい♪ チョコクッキーだぁ」


「ええっと…。チョコチップクッキーにチョコレートをかけたヤツだって」


「なるほど。美味しいわね」


ニコニコしながら2袋めを開けて食べていると、ふと視線を感じた。


「…ん? 何?」


「…アンタさぁ、そうやって笑ってれば可愛いのに。何で教室ではあんなブスッとしているんだ?」


アイツは頬杖をつき、不審げなものでも見るような目付きでアタシを見ている。


だからアタシの笑みもすぐに引っ込んだ。


代わりに出てくるのは、彼の言う『ブスッ』とした表情。


「なるべく友達を作らないように。アタシ、いつ引っ越すか分からない身だから」


「何だ、そんな理由で…」


「そんな理由なの。だから」


アタシは荷物を持って立ち上がり、まっすぐに彼の眼を見た。


「アタシに構わないで、近付かないで。アタシは誰かと親しくなるなんて、そんなこと、望んでいないから」


ハッキリ言うと、彼はため息をついて、頭をかいた。


頑固な子供でも相手にしてしまった、というように。


だからアタシは彼に背を向けた。


「ジュースとお菓子、ありがとう。―さよなら」


そのまま彼の前から走り去ってしまった。


けれど途中で立ち止まった。


涙が…溢れてきたから。


熱い涙が、冷たい頬に流れるから。


「何で…涙なんか…」


理由は分かっていた。


けれど認めたくなんてなかった。


誰かのことで、心揺さぶられる自分なんて…信じたくはなかったから…。


誰もいない廊下で声を押し殺しながら泣いた。


だけど時間は過ぎていく。


やがて涙は止まり、アタシは走り出した。


教室に戻ると、クラスメートはアタシの異変に気付いた。


「ああ、走って来たから!」


そう言って誤魔化した。


彼は授業が始まるギリギリに戻って来た。


そして次の日のお昼、いつもの所に、彼は来なかった。


…自分のせいだって、分かっていた。


彼には本当に申し訳ないことをしたとも、分かっている。


勝手なことを言って、きっと傷付けた。


教室にいる時も、お互いに意識してさけていた。


…申し訳ない気持ちと、そして…寂しい気持ちが半分ずつ。


だけど、コレで良かったんだ。


誰にも言ってなかったけど、ここには最初っから三ヶ月間の予定だった。


あと二週間で…三ヶ月になる。


荷物をまとめはじめた。


けれど気持ちを整理できなかった。


いきなり転校するより、こうやって彼とは決別をつけたかった。


そうすれば、アタシがいきなり消えても、きっと寂しくなんて思わない。


アタシだって、いつかは忘れるだろう。


ほんのささいなことだ。


お昼休み、いつも2人だけでお弁当を食べていたことなんて…小さな出来事だから…。




―そう思ったのが、つい一ヶ月前のこと。


今はもう、新しい制服も慣れてきた。


アタシは相変わらず、お昼を1人で食べる時間を作っていた。


ここでは中庭がベストスポットだ。


1人で誰にも邪魔されずに食べているのに…思い出すのは彼のことばかり。


「…何で忘れられないんだろう? やっぱり…好きだったのかな?」


好きだったから、あんな別れ方をしてしまったのか?


今更悩んでも悔やんでも、全てが遅いのに…。


「そういうことは、本人の前で言うことだ」


いきなり背後から抱き締められた。


懐かしい彼の声と匂いに、涙が浮かぶ。


「なっんで…!?」


「オレも転校してきたから」


振り返ると、確かにここの制服だ。でも!


「まさか、アタシを追って?」


「当たり前だろう? 惚れた女追いかけて、何が悪い?」


相変わらずのふてぶてしさ。


だけどそれが嬉しくて、アタシは彼に―キスをした。

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