第33話 破壊のあと

 二人で少し、話をさせて欲しい。

 レイフがそう云って、ミレミラと一緒に少し離れた場所の地面に座りこんでいる。

 その様子をトールスとエクアはぼんやりと眺めていた。

 ミレミラの破壊の嵐、その現場からかなりの距離を移動し、今は人気のない路地の片隅にいる。


「それにしても、すごかったね」

「何が?」

「何がって、ミレミラの詐術クラック?」

「あぁ、まぁな」


 トールスは疲れた様子でため息をつくだけだった。


「……トールスって、意外と肝がすわってるんだね」

「そうでもねぇよ。ただ、レイフの時とちょっと似てるなと思ってただけだ」

「レイフと……?」


 二人の側には、腕と足を拘束されたまま義勇団の見張り役の男が転がっていた。

 いつ頃から目を覚ましていたのかはわからないが、ひどく憔悴した様子である。

 また、ミレミラの姿にひどく怯えており、助けてくれだの、悪魔の孫だの、何やら独り言をつぶやいていた。

 しかしそのおかげで、トールスは彼からいくらかの情報をすんなりと聞き出すことに成功していた。

 義勇団を名乗る賊の群れ。

 彼らの正体が避難民や脱走兵のヒンガル系移民を集めてできた寄せ集めであること。

 また、マローターという民族とは一切の関係がない、ただの賊であること。

 そして、彼らの活動資金に、やはり裏で教皇庁の人間がからんでいるということ。

 彼らの要求でミレミラをさらったこと。

 それを主導しているのは間違いなくタング・ランクスだろうこと。

 しかし、タングと面識のないトールスにとってはその情報を得たからと云って、だからどうするという方針は思い浮かばなかった。ただ、教皇庁が面倒くさい組織だという認識を強めるにとどまっていた。


「俺とレイフが出会って、アイツが初めて神術を見せた時もひどい有様だったよ。嵐の傷痕なのが街に刻まれて。ホント、同じ人間なのかと心配になるぜ」

「えぇ……、そこまで云っちゃう?」

「だって、レイフのヤツ。あの窓もとっかかりもほとんどない建物の壁面を屋上まで、ほとんど右腕の力だけで猿みたいに登っちまったんだぜ。しかも、お前を背負って」

「いやぁ、確かにあれはすごかった。怖くて男の子の背中に全力でしがみついたのはアレが初めてかも」

「お前の神遺物ラナイーダで少しは手助けしたとはいえ、何というか人間ができることを逸脱しすぎてるんじゃねぇか? 逆に、俺は自分の何もできなさが心配になってきたよ」

「大丈夫だって、トールス。皆ができることとできないこと。少しずつ分け合って補い合えばいいだけだよ。その量は関係ない。その間合いを探っていけば、そのうち収まりがよくなるよ。この前、レイフともそんな感じの話をしてたけど」

「ふうん、そんなもんかねぇ……」


 遠目に見るレイフたちの姿は静かなものだった。

 何か感情的になる様子もなく、顔を寄せ合い、ほとんど身動きもない。

 何を話しているのか、気にならないと云えば嘘になる。

 しかし、トールス自身とレイフとの出会いの際、そこで交わされた会話を思い返せば、あまり人には聞かれたくないことだろうとは何となく想像がついた。だから、そこにわざわざ踏みこむような無粋な真似をするつもりもなかった。


 #


 レイフとミレミラは地面に座りこみ、額がぶつかりそうなほどの近さで顔をつき合わせていた。

 何やらもじもじと、ミレミラは落ち着かない様子を見せる。

 先ほどの争いで見せた怒りの感情はすでに発散しきっており、今は元の彼女に戻っているように見えた。


「ミレミラのお婆さん。クルクレアさんのしつけが酷く厳しかった意味が、少しわかった気がするよ」

「う……、その、ごめんなさい……」

「ううん、謝らなくていいよ。僕は、ミレミラを叱ろうなんて思ってるわけじゃないから」

「そうなの?」


 驚いた様子でミレミラは目を丸くする。


「だって、よく考えてみたら君の何を怒ればいいんだ。君は僕たちを助けてくれた。そのやり方は確かに派手に過ぎたけど、それはあくまで感じ方の問題であって本質じゃない。先にお礼を云っとかなくちゃね。ありがとう、ミレミラ。助けてくれて」

「うぇ、えぇ……?」


 ミレミラは戸惑った様子で視線をさまよわせた。


「それに、僕はべつに君の監督者でも保護者でも、上司でもない。君の判断で行った行為を、僕が勝手に叱るなんて失礼な話だよ」

「そう、かなぁ……?」

「ただ、僕たちはまだ出会ったばかりだから、こういう出来事があるたびにお互いを誤解しがちだ。だから、もう少し、ミレミラのことを教えて欲しいんだ。さっきのは、ミレミラがそうしようと思ってやったこと、そうだね?」

「うん……。アレがボクの詐術クラックの一つだよ。アレは、この世界に残された神遺物を使う術の一つ。その神遺物を本来使える人間をかたり、自分の支配下におく手法。ちなみに、さっき呼び出した砲台は、ボクの推論では普段はあそこにあるんだ」


 そう云って、ミレミラは頭上を指さした。


「空……?」

「ううん、もっと上。空の向こうの、この星の回り。そこにはたくさんの神遺物が残ってる。宙を漂っているんだ。その中には、さっきみたいに別の場所に大きなものを送りつける仕組みを持った神遺物があるってこと」

「へぇ、と感心するしかない世界だなぁ。なんだか、天文学じみてはいるけど、それも少し違うだろうし……。どうやったらそんなことがわかるの?」

「ねぇ、レイフ。深気の本質はどこまで理解してる?」

「そう聞かれると答えにきゅうするなぁ」

「深気は、ボクたちの間では知恵の霧インテリジェンスフォグなんて呼ばれることがある。あらゆる可能性を秘めたその霧は、一粒一粒が、互いにつながり合うことができる。その組み合わせは無限に存在し、互いにつながり合うことでどれだけ離れていても、何であっても、その存在を共有することができる」

「うん、うん、うーん……」


 レイフの首の角度がどんどんと横に深く傾いていく。


「まぁ、つまりはその霧の一粒をたどっていけば、この世界のあらゆる真実にたどり着くことができるってこと。他の学問の研究と同じだよ。一つ一つたどり、解き明かしていくことで、あぁ、この星の回りに使える神遺物があるんだな、とわかったってわけ」

「なるほどね。とりあえず、わかったふりをしとくよ」

「レイフは賢いね」


 そのミレミラの言葉が皮肉なのか本心なのかはわからなかった。なので、素直に賞賛として受けとっておくことにする。


「いろいろ教えてくれてありがとう。最後に一つだけ、僕からお願いがあるんだ」

「ん、なぁに?」

「何かやる時は、やる前に僕たちに教えて欲しい。これから僕たちは一つのチームとして深樹海に向かう。今回の方法が最善策だったかはわからないけど、もしかしたら他の選択肢があったかもしれない。そういう可能性を探りながら、僕はできる限り良い形で困難を乗り越えていきたい」

「うん、わかったよ。ただ、ちょっとカッとしやすいとこ、あるんだよね……」

「じゃあそこは、僕がみっちり指導してあげるよ。レジーナ式の教育法でね」

「それって前に話してた、ばーちゃんに似てる人? うぇぇ、それはちょっと……」


 渋面をつくるミレミラの頭を、レイフは軽くなでる。


「今まではどうだったかはわからないけど、これからは一人で抱えこまずに僕たちも頼って欲しいんだ。ミレミラほどの力はないけど、僕だって多少は腕っ節に自信があるからね」

「うん……、気をつける。―――あっ、そういえばレイフ」

「ん? なに」

「ごめん、云いわすれてた……。その……」


 ミレミラはもじもじと云いにくそうに視線をそらす。


「……助けにきてくれて、ありがと」

「どういたしまして」


 レイフは微笑み、もう一度ミレミラの頭を優しく撫でた。

 彼は内心、ここまでのミレミラとの会話が正しかったのか判断がつかずにいた。

 レイフが本心の疑念を包み隠したところで、彼女が賊とはいえ、結果的にマローター義勇団を名乗る男たちを惨殺したことには変わりがない。

 結局、レイフはその事実についてミレミラを追及する勇気がなかった。性急に踏みこむべきではないという言い訳を盾に、一切を触れることがなかった。

 その選択が今後の二人の関係に、あるいはミレミラという人間にどう影響してくるのかは定かではない。

 確実に云えることはこれからミレミラと関わっていく中で、ずっとレイフが悩み続けなければいけない事柄の一つであるということだった。

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深海羊 平水 流良 @oukacha

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