第7話 神術 “近衛《ガーズ》”
「若様。当方の被害が大きすぎます。”
カーティスの背後に控えていた副官の女白衣官がたずねると、カーティスは実につまらなそうにうなずいた。
「”
女白衣官の号令と同時に、周囲の神官たちから青い輝きが生まれる。
レイフの思考に言葉がよぎった直後、周囲を取り囲んでいた白衣官たちの姿が
「おいッ。奴ら消えやがったぞ!」
「あのかぶり物が
「馬鹿、感心している場合か!」
トールスの叫びを聞きながら、レイフは視界の端に気配を感じる。慌てて振り上げた右腕が、横なぎにされた
かわしきれずに右肩で受けた打撃の衝撃にレイフは体勢を完全に崩され、トールスとの距離が開いてしまう。
白衣官たちは気配こそ消しきれないまでも、攻撃を行う最後の瞬間まで手に持つ鎚矛すら透明になった自身の陰に隠してくる。
それまでの優勢が一瞬でひっくり返り、二人は防戦一方になりながら時を追うごとに傷を増やしていく。
手首をかすめた一撃でトールスが鎚矛を落とした直後、彼の腹部に
苦しさのにじむうめき声をあげながらトールスが膝をつく。
そこへ容赦なく、四方から現れた鎚矛が一斉に振り下ろされた。
「トールス!」
レイフがかばう間もなく、したたかに打ちのめされたトールスが地面に崩れ落ちる。
動かなくなったトールスを神官たちが取り囲む。
彼らは止めの一撃を振り下ろさんと鎚矛を構えた。
止めるために近づこうにも、それを阻止する者たちがレイフの前に立ちはだかる。
「レイフ・ブルーウィル」
カーティスの声が夜の街に響く。
姿の見えぬ白衣官たちが立てていた
トールスへと向けられた鎚矛は天高く振り上げられたまま止まっている。
「なぜ、
「何を云ってるんだ、カーティス。今の今までこれを使って戦っていただろ」
「そんな貧相な義腕まがいのことではない。お前の持つ本当の力のことだ」
「あれは……、人に対して使うようなモノじゃない」
「今の状況がわかっているのか? お前がその力を出し惜しむことで、その男は死ぬ。それとも、俺が殺さない可能性に甘えているのか?」
「それは……」
「いいか。敵を見誤るな。深層の眷属が人類共通の敵か? ならば、人間は全て味方か。そんな訳はないだろう。お前の依存するあの女を殺したのは、キワ・イリスではない。あの女を羊として死地に送りだした人間だ。それは教皇庁、そして、組織を統べる我が父、白衣区長官ウィラー・レイ・ホーディアルこそがお前の敵だ」
「君の見解はわかった。だけど、親子の不仲に僕を巻き込まないでくれ。確かに羊計画は、存在したんだろう。でも、それはキワ・イリスという存在があってこそ生まれたものだ。それに、レジーナ。彼女は、全てを理解した上で自分の意志でそこに立ったはずだ。納得いかないことではテコでも動かない人だからね。大体君はいつもそうだ。全てを確信あるかのごとく話して、人を簡単に
「あの時俺の云うとおりにしていれば、ウィラー・レイ・ホーディアルは死に、レジーナ・ブルーウィルが死ぬことはなかった」
「そんな仮定の話は意味ないよ。それに、僕は君みたいに帝国内の権力闘争や政治に深く首をつっこむつもりはない。体制に反逆したりそれを破壊したりするつもりもない。本当に望んでいた平穏は、……もう失われてしまったけれど、だからと云って復讐を志すつもりもない」
「ならば、そのままこの男が死ぬところを黙ってみているがいい」
「それはダメだ。あぁ、くそ。残念だけど、結局はいつも、こうして君の云うとおりになってしまう。確かに、僕は敵を見誤っていた。そもそも、今目の前にいる敵は君だ。君を排除しないと、僕は前に進むことすらできない。レジーナを探しに行くことも、次の羊になることもできない。確かにちゃんとわかっていなかった。君は初めに云った。無能でないことを証明しろと。羊を救う力を持ち、深樹海に入るに足る力を示せと」
レイフは言葉を
中から、濃紺の
「トールスの云うとおりだ。物事はシンプルじゃなくちゃいけない。カーティス、今から君をぶっ飛ばす。それで、僕の力を否応なく認めさせる。そして、一緒にトールスも助ける」
レイフの右腕に青白い輝きが、神術の輝きが生まれる。
機械的で無機質な右腕に、まるで血管が走り、その血管が青く燃え上がっているかのような姿だった。
「その男はいい。レイフ・ブルーウィルを速やかに制圧しろッ!」
女白衣官の
迫り来る白衣官たちが振り下ろす鎚矛を、レイフはまるで木の枝葉をかき分けるような何気ない動作で右腕を振るい、払いのける。
凶器の質量から想像される慣性を全く無視した動きで、鎚矛の
周囲の気配が警戒をするようにわずかに遠のく。その隙に、レイフはトールスへ近づき、そして左足を大きく前へと踏みだしながら右腕を後ろへ大きく振りかぶった。
「カーティス。あれだけ大口で
カーティスの顔にわずかな緊張の色が浮かぶ。彼をかばうように女白衣官が前に飛びだす。しかし、レイフは彼らの反応を
「“
レイフの声が夜の帝都に響き渡る。
彼の振りかぶった右の拳が、目の前の虚空を殴りつけるように前へと突きだされた。
その一連の動作と同時に変化が現れたのはレイフの頭上。周囲の街並み、屋根上ほどの高さ。
何も無い空間に不可視の穴が開いた。
中から現れたのは巨大な手、そして腕。圧倒的右腕。
レイフの右腕と同じように機械的で無機質。いや、それをさらに巨大に、暴力的に、より機械的に形作った何か。
夜の海よりも暗い紺色の巨腕が、レイフの動きとまったく連動する形で虚空へと突きだされた。
二本の腕の動きを大気が追いかける。
伸ばせば月をもつかめそうなほど巨大な腕。
その場にいた全員が、まず鼓膜を叩きつける大気の音を聞いた。
直後、全身を大気の壁が殴りつけ、元いた場所と一瞬で別れを告げる。
周囲の街並み、吊り下げられた看板が木の葉のように宙を舞い、屋根は端から一切を残すことなくめくりあげられ彼方へ消えてゆく。
通りに面した窓ガラスがくまなく割れて大音響を奏でる。
白衣官たちは削り取られた石畳の瓦礫と一緒に、大気の渦に揉みくちゃにされながら押し流されてゆく。
ただ一人、レイフだけが聖域に護られているかのようにその場に立っていた。
今いる通りから見渡すかぎり全ての範囲に、嵐の後すら生易しいと感じられるほど深い傷跡が刻まれていた。
いや、もう一人無事な者がいる。
トールスがレイフの足元で
「な、なんじゃこりゃぁ……」
「大丈夫ですか、トールス。すみません、もっと早く決断していれば、貴方に怪我をさせずにすんだのですが……」
レイフは大きく長い呼吸を繰り返しながらつぶやく。彼のこめかみには汗が流れ、この一瞬で膨大な疲労をためこんだかのように肩の上下が続いていた。
「あ、あぁ、大丈夫だが、大丈夫じゃねぇよ……。助けてくれたのはありがたいんだが、その代償がこれじゃあ、俺の命とは釣り合わねぇよ……」
「加減はしたんですけど」
「これでかぁ?」
「彼ら以外の人的被害が少ないことを切に願うばかりです。建物についてはどうにかしますよ。カーティスが」
「お前、意外と薄情なとこあるな」
「売られたケンカを買っただけです。まぁ、こうなることはわかってたので、コレを街中で使いたくはなかったんですが……。ただ、これであっちも文句はないでしょう。トールスの云ったとおり、殴り飛ばしてやりましたから」
「俺が思ってたのとだいぶ違うがな……」
ふいに、レイフの身体がぐらりと傾く。トールスはあわててその身体を受け止めた。
「お、おい。レイフ。大丈夫か!?」
返事はなかった。生きているのか心配になるほど身体は冷たく、ほんのわずかな寝息が聞こえるのみだ。
「ほんと、どうすんだよ、これ……」
気づけば当然のことながら、周囲の街並みは大騒ぎになっていた。悲鳴や怒号。野次馬の嵐。
その注目は当然、台風の目のように無事に残されたレイフとトールスのいる場所に集まる。
トールスは途方に暮れて空を見上げる。すでに、例の巨腕は姿を消していた。
月明かりが、まるで舞台上の主演俳優を照らしだしているようにまぶしく降り注いでいた。
幸い野次馬たちは
トールスは身体中の痛みに歯を食いしばりながらレイフを背負いあげ、ひとまずは責任を押しつける相手であるカーティスを探すためその場から足早に逃げだした。
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