第32話 詐術《ラージプート》

「レイフ、派手にやり過ぎだぜ。正直こっちが死ぬかと思ったぞ……」


 合流したトールスは、粉塵を頭からかぶったせいで全身が白くなっていた。彼の足元には気絶した見張りの男が転がっている。


「ミレミラは無事です。奴らが追ってくる前に逃げましょう」

「数はどれくらいだ」

「たくさん!」


 レイフのあとを駆けてきた勢いでエクアが叫ぶ。

 彼女の発言を証明するように、瓦礫の山と化した建物から旋条銃ライフルを手に男たちがわらわらと出てくるのが見えた。

 散発的に銃声が響く。

 エクアが小さく悲鳴をあげたが、銃弾はレイフたちの居場所とはかなり離れた建物の壁を削っただけだった。

 興奮による暴発、あるいは威嚇。無駄の多い行動ではあるが、状況的に不利なレイフたちへの心理的な効果は大きかった。


「コイツとミレミラを抱えたままで逃げ切るのは厳しいぞ」

「情報源になるかと思ったのですが……、残念ですが彼は置いていきましょう」


 レイフは気絶したままの見張りを見下ろしながら云う。


「レイフ、ボクは自分で走れるよ」

「わかった。エクア、ミレミラの拘束を解いてあげてくれないかな」

「うん、わかった」


 エクアが神遺物ラナイーダを慎重に使ってミレミラを縛っていた拘束を断ち切る。

 ミレミラは地面に足を慣らすと、大きく何度か息を吐く。ひとしきり呼吸を整えてから、男たちの追いかけてくる方角へと向き直った。


「ミレミラ? どうしたの、早く逃げないと」

「ごめん、レイフ。でも、ボク、もう我慢の限界なの」


 ミレミラの周囲に、青白い輝きが生まれ始めた。

 神術オーセンティケート。いや、レイフのよく知るその輝きとは雰囲気が異なる。

 目の奥を突き刺す、とげとげしく過剰な光の明滅。

 神術の穏やかな輝きとは正反対の、不規則的で見ているものを不安にさせる輝き。


「これが詐術クラック……?」


 エクアがつぶやく。

 直後、ミレミラが天に右の拳を突き上げた。


「”ラージプート起動”!!」


 叫びとともに大気が揺らいだ。

 レイフは、自分の神術ガーズと同じ気配を感じた。それは、巨大な何かが虚空より現れる気配だ。

 不可視の扉より現れるのは、無数の部品たち。暗灰色で無機質的な金属の塊たち。

 それら一つ一つが宙に浮き、目にもとまらぬ早さで巨大な構造物を構築する。


「“艦隊司令より命ずる。敵対勢力捕捉。この全てを撃滅せよっ”!!」


 ミレミラが、まるで呪文でも唱えるかのように意味不明な言葉をつむぐ。

 エクアが神遺物ラナイーダと行う会話のように、彼女の言葉に反応してその構造物は動いているようだった。

 虚空に浮遊する構造物。その高さは5mほど。横幅は高さの二倍弱。ずんぐりとしたシルエットは迫撃砲台のようで、大砲らしい長い砲塔のようなものはない。しかし状況的に、それが何らかの射出装置であろうことは予測できた。

 低くうなりを上げながら、その構造物が明らかに攻撃的な行動へ移ろうとしていた。

 そのうなりは頂点へと達し、ミレミラの最期の合図を待った。


「“ガウスエフェクタ、撃てぇっ”!!」


 エレミラの命令に合わせて轟くのは、大砲の咆哮とは異なる雷鳴の如き轟音。

 大気が震え、超高速で飛翔した弾体が義勇団の男たちの足元にある瓦礫に向かって撃ち込まれた。

 瓦礫の中に飛び込んだ直後、真っ赤な熱の輝きをともなって弾体が弾け飛ぶ。

 視界を白く染め上げる粉塵は、レイフたちの頭上、天を全て覆い尽くした。

 その中に一瞬、人らしきものが飛散しているのが見えた気がした。

 ミレミラの操る砲台は驚くべき速度で弾体を連射する。

 一発が致命的な破壊をもたらす弾体があたり構わず発射され、レイフが半壊させた建物がすでに跡形もないだろうことは容易に想像ができた。


「ミレミラ!」


 レイフはあまりの異常事態にその元凶である少女の名を叫んだ。

 しかし彼女は、破壊の余波が自身の小さな身体を襲い顔の皮膚が破片でえぐれて血が吹き出すことすら気にせず、怒りに燃えた熱い視線を黙々と攻撃目標へと向けていた。


「やめるんだ! もう十分だからッ!!」


 レイフは彼女の肩を強引につかみ寄せ、窒息させんばかりの勢いで彼女の頭を抱え込んだ。


「もももっ、もも……、もごもご!」


 ミレミラが何かを叫びながら抵抗するように激しく頭をゆすった。

 しかし、レイフは腕の力を弱めることはしない。抱擁と云うには攻撃的すぎる、まるで猛獣を捕獲しようとでもしているかのような荒っぽさ。それはレイフの余裕のなさの現れだった。

 ミレミラの抵抗は次第に弱まっていく。それでもまだ、レイフは力を弱めることはない。

 やがて苦しさの限界に達したミレミラが、レイフの手を激しく叩き始めてようやく腕の力を抜いた。


「けほっ、けほっ、ふしゅっ、くしゅん! はぁ……、死ぬかと思った……」


 肩で息をしながらヒザをつくミレミラ。

 彼女の命令で破壊のかぎりを尽くした構造物はいつの間にか沈黙していた。

 そのことに気がついたレイフは内心胸をなでおろす。

 しかし、彼の安堵はほんの一瞬のことだった。

 粉塵が少しずつ晴れていくことで、周囲の景色が視界に戻ってきた。

 その光景は背筋を凍らせるほど凄惨なものだった。

 ただの瓦礫の山と化した建物。そこにいたはずの男たちの気配は一切を感じ取ることができない。

 レイフは、その光景を見て初めて気がついた。

 ミレミラが喧嘩騒ぎに駆けだした時の、リラのどこか冷めた態度。

 その理由は彼女たちが、今目の前にある光景と同じ破壊行為を、自分たちの故郷で目の当たりにしたからだろう。

 得体の知れない圧倒的な破壊をもたらすミレミラという少女を、彼女たちは無意識的に恐れ、遠ざけていたのだ。

 レイフは、現実に思考が追いついていないのを感じながら、自分がミレミラにどう接すればいいのか悩んでいた。

 次の場面で、自分は彼女になんと云うべきなのか。

 この行為を叱るべきなのか。それとも理解を示すべきなのか。あるいは……。

 幼い身にはあり余る破壊の力を持ち、それをこれほど簡単に行使する彼女を、一体どう理解すればよいと云うのか。

 ここに来てレイフは初めて、カーティスが自分に課した役目の重さをわずかばかり実感したように思えた。

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