第29話 隠れ家

「レイフ。さっきミレミラをさらった奴らか?」

「いえ、どうやら違うようですね」


 レイフはその二人の男を観察する。ミレミラがさらわれた時、一瞬のすれ違いで目にした人物のイメージは薄ぼやけていたが、それでもレイフには今表に出てきた人物ではないと云いきる自信があった。なぜなら、今目にしている人物をレイフがよく知っていたからだ。


「タング。どうしてこんなところに……」

「えっ、なに。レイフの知り合い?」

「そうだね、神学院時代の同期というか……」

「じゃあ、お前のダチか」

「友達? うーん、それはどうでしょう……」

「へぇ、お前でもそういう反応することがあるんだな。あのカーティスをダチと云いきるくらいだから、そういう分け隔てがないのかと思っていたが」

「買いかぶりですよ。僕だって、その、苦手な人はいます。それに、カーティスはトールスが思うほど厄介な人物ではないですよ。愛嬌だってありますし」

「マジかよ……。想像できねぇな」

「あれはタング・フィー・ランクス。教皇庁の白衣官です。どうしてこんなところをうろうろしてるんだろう」

「ちょっと待って。レイフ」


 エクアが驚いたように声をあげる。


「今、ランクスって云ったよね。もしかして、あのムカつく貴族の血縁?」

「あぁ、帝都で騒ぎを起こしたって云う……。そうだね、そのランクス家の嫡男で間違いないよ」

「だったら決まってる。計画を邪魔しに来たのよ。だからミレミラをさらった」

「その心は?」

「ランクス家がカーティスを恨んでいるから」


 エクアの難癖に近い見解に、しかしレイフは内心強く賛同していた。それは、神学院時代のカーティスとタングの深き因縁を知っているからだ。厳密に云えば、その執着はタングからカーティスへの一方的なものではあったのだが。


「どうする。知り合いなら声をかけてみるか?」

「いえ、やめておきましょう。彼が本当に今回の件に関わっているとして、僕が出て行けば黒衣区が察知したのだと知らせるようなものです。そうすれば、思いもよらない行動をとられてしまうかも。今は、とにかくミレミラを見つけるのが先です」

「ふん縛って無理矢理聞き出すって手もあるが?」

「彼は話しませんよ。そういう意地っ張りはカーティスに通じるものがありますから」

「お前がそう云うんならそうなんだろうな」


 トールスは諦めたように首を横に振る。

 レイフたちが話している間にタングたちはどこかにつないでいたのか馬を連れ出してくる。

 馬の毛色は人さらいのそれと同じものだったが、残念ながら同じ馬であるかを判別する技術はレイフたちにはない。

 駆け去る二人を見送ったあと、彼らが出てきた建物へと近づいた。

 入口に一人、見張りらしき男が立っている。


「ヒンガル人ですね……」


 濃い褐色の肌の男は、旧式の旋条銃の銃剣を地面に突き刺し、それに左手で杖代わりにしながら煙草たばこを吹かしていた。


「バカじゃないの。あれじゃあ、ここは怪しい建物ですって看板ぶら下げているようなもんじゃん」

「まぁまぁ、エクア。相手が隠れた悪事に慣れていないってことは、僕たちにとってはありがたい話だよ。それじゃあ、ちょっと話を聞いてくる」

「レイフ?」


 エクアたちが反応する間もなく、レイフは姿勢低く駆けだした。

 紫煙を頭上に向かってのんきに吹き上げていた男は、直前までレイフの接近に気がつかない。

 レイフは相手の背後に回りこみ、左手を抑えながら銃を蹴り飛ばす。


「んなッ! ごッ……」


 男が声を上げようとした瞬間に、相手の口の中に右手を突き入れた。喉をふさぎつつ下顎したあごをつかむ。空いた手で相手の左手を後ろ手に拘束すると、男は右手でレイフの義腕をつかんで口から引き抜こうと試みる。しかし、ビクともしない。


「抵抗すれば、あごを引きちぎります」


 男は驚きながらも必死の抵抗から両顎に渾身の力をこめる。ガリ、と嫌な音がして、乳白色の欠片が地面に転げ落ちる。

 折れた歯だった。それを見て、うめき声は悲鳴に変わる。

 すかさずレイフは右手に力をこめた。

 骨が無理にこすれ合う嫌な音が男の顎関節がくかんせつから響いた。男はヒザをガクガクと震わせ何度も首を横に振ろうとした。


「二度目はありません。ですが、協力いただければこれ以上、あなたの歯を減らさないことを保障します。質問には首の動きで答えてください。あなたたちはマローター義勇団で間違いないですね?」


 男はためらいながらも首をゆっくりと縦に振る。

 レイフは内心安堵しつつ続ける。


「ミレミラ・オーランドを知っていますか」


 男は首を縦に振る。


「今日、彼女をさらったのはあなたたちですね」


 ゆっくりとためらいながら縦に。


「どうしてミレミラ・オーランドをさらったのです。私怨ですか?」


 男は首を横に振る。


「じゃあ金ですか」


 さらに首を横に。


「なら、白衣官に命じられたから」


 これでもまだ首を横に振った。

 レイフは戸惑い、わずかに間を置いて考える。


「まさか、ヒンガルでの部族抗争のため……とか」


 男はゆっくりと、縦に首を振る。横から見るその目は、レイフが見る限り苦しまぎれの嘘偽りではなさそうに見えた。

 おそらくタングは、彼らのそういった元々あった野望に火を付ける形で加担しているのだろう。

 今回の件を機に、余計な厄介を呼び込むことになるかもしれない。

 しかしそれでも、レイフがやるべきことに変わりはない。


「最後に一つ。さっき出てきた二人の男は仲間ですか」


 首を横に。

 横に?


「仲間じゃないならなんです」


 レイフの質問に、男はもごもごとうめくばかりだ。当然だ、その質問は首の動きで答えられるものではなかった。レイフはゆっくりと、右手を半分ほど口内から引き抜く。


「やふらは同志どうふぃでふぁない。帝国ていふぉふひふふぁ。ふぁねは持っふぇいるふぁら利用ひほうしふぇふぅふぁふぇふぁ」


 どうやら、仲良く協力し合っているという訳でもないらしい。金だけの付き合い、そんなところだろう。


「わかりました。協力ありがとうございます」


 レイフはそのまま男の足を払い、地面にねじ伏せる。


「トールス、この人をふん縛るんで手伝ってください」

「お、おぅ……」


 上着を力尽くで引き裂き、その布きれを使って、目、口、腕、足の自由を奪う。


「結構なお点前なこった。俺は時々お前が怖くなるよ」


 冗談交じりにトールスがため息をつく。


「こう見えても黒衣官ですから。色々教わっていることもあります」

「なるほどね。で、ここからどうするんだ? 中に突入するにしても、敵の数も武装もわからんぞ」

「正直、正面から戦うつもりはありません。やるなら相手の虚を突くような方法でミレミラだけさっと連れ出したいですが……」


 レイフはそう云いながら、エクアの握っている神遺物ラナイーダを見つめた。

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