第15話 特別な乗客とエクアの暇つぶし

 レイフは身体を座席にもたせかけ、エクアの話を思い返していた。

 彼女の話では二度目にカーティスに会った時、彼女の仲間になる二人の人物について説明があったそうだ。

 ミレミラ・オーランドという少女と、ファウス・クロウという軍人。

 そして、彼らとは別に、レイフ・ブルーウィルの名も聞いたのだという。

 自分の代わりに最後まで責任をもって面倒を見てくれる人物であると紹介されたと、エクアは含みのある笑みを浮かべて云った。

 レイフは思わず苦笑をするしかなかった。

 二人が話をしたのは三週間前。

 レイフがレジーナの死どころか、要塞フィグネリアの陥落すら知らない頃のことだった。

 その当時すでに、カーティスは全てを知っていたのだろうか。

 知った上で、レイフを計画に同行させる算段を立てていたのか。

 それともレイフが深樹海へ向かう理由。レジーナの死を予見していたのだろうか。

 ならばなぜ教えてくれなかったのか。そういった気持ちがないではなかった。

 しかし、そんなことを親切に教えてくれる人ならそれはカーティスではない別の誰か、偽物だ。

 考えても仕方のないことを考えてしまう、そんな思考のうねりを断ち切りたくてレイフは身を起こした。


「そういえば、エクア」


 気動列車の外の景色はすでに日が高くのぼりつつあり、霧はすっかり晴れ渡っていた。


「ん。なに?」


 でかかった小さなあくびを抑えながらエクアが応える。


「この列車の後ろの方。特別車両がつながっているのは見た?」

「あー、あのやけに派手なやつね。黄色い人たちが乗ってる」

「黄色い人たち? あぁ、なるほどそういうことか」

「どういうことだよ。レイフ、お前らの仲間か? でも、教皇庁は五色だろう」


 先ほどまで目を閉じていたトールスが、のそりと起き上がりながらたずねる。


「教皇庁じゃありませんよ。帝室です。黄色は帝家の色ですよ」

「げっ、そうなんだ……」


 エクアは気まずそうに表情をゆがめる。

 彼女の姉。ニナリア・フィースライトと帝家との騒動のせいで警戒しているのだろう。


「大丈夫だよ、エクア。皇帝陛下が病でせっている今、皇位継承第一位のアウストファリア殿下がこんなところに来るはずないんだから。それに、歳の離れた妹の君がいくら姉によく似ているからと云って、まさかすぐに身内と見抜いたりはしないでしょ」

「それならいいんだけどね……」

「可能性が高いのは第三皇太子のエーメリック殿下かな? 三人の皇太子の中で、最近特に精力的に活動していると聞くし」

「第三位の人間が、そんなに頑張っても意味ねぇんじゃねーのか? どうせ皇帝にはなれないんだから」

「いや、それがそうとも云えないんですよ。皇位継承の仕組みは帝室の最高機密ですから。そして、過去に継承順位を飛びこえた例があることも事実ですし。もちろん、そういった特例の方が少ないのもまた事実ですが……」

「でも、皇太子の誰かがこの列車に乗ってるとしても、一体何しに行くわけ? 西に向かうって云うなら、目的地は私たちと同じってことでしょ」

「どうかな。途中の街で降りるって可能性もあるとは思うけど。まぁ、今のクランツ・クランは避難民であふれかえっているって云うし、視察をかねた顔見せでもするつもりなのかも。式典をもよおしたりさ」

「ふぅん、そんなことして意味があるのかな」

「それが政務ってものだよ。偉い人が心配してわざわざ様子を見に来てくれるということは、国家がそれだけ自分たちを気づかってくれているという証だし、ということは実際の支援も期待がもてるようになるからね。特に、現状は国防がかなり苦しい状況にあるから、帝国民を守ることができていない帝家としては民心が離れないように一層気をつかう必要があるんじゃないかな」

「なるほどねー。金ピカボーイズも大変だね」

「お前、変なあだ名つけるの好きなのな」

「アウストファリア皇太子じゃないなら大丈夫かな。ちょっと見に行ってみよっか?」

「やめとけやめとけ。下手すりゃ、首ねっこ捕まれて列車の外に放り出されちまうぞ」

「そういうトールスも特別車両に興味津々でしたよね」

「う、まぁそりゃ、あんだけ目立ちゃあな。でも、これ以上の面倒ごとは正直ごめんだ。せめて目的地に着くまでは平穏に過ごさせてくれ」

「ならしょうがないなぁ。そうだ。ね、レイフ。じゃあ列車の前の方を見に行ってみようよ」

「前?」

「動力車があるでしょ。何かもう、暇すぎて身体が痛くなってきたし」

「白衣官は大人しくしとけって云ってたけど……」

「別に悪さするわけでも逃げるわけでもないんだから。私たち、別に牢屋に入れられているわけじゃないでしょ」

「まぁ、そりゃそうだけど……」

「お前ら、無茶なことして騒ぎを起こしてくれるなよ。頼むから」

「大丈夫だって。ほら、レイフ。いこ」


 エクアは勢いよく立ち上がると、レイフの手を取りぐいぐいと強く引く。


「じゃあトールス。ちょっと出かけてきます。前の方にいますから、何か困ったことがあったら呼んでください」

「お前は俺の保護者かよ。お前こそ、ちゃんと大人しくしてるんだぞ。どうも、今のお前は厄介ごとを呼び寄せる潮目になってる感じがするからな」

「なんか、父親みたいなこと云うね?」

「まぁ、年齢的にも……」

「俺はお前らみたいなデカい子供がいるような歳じゃねぇよ! ほら、行くならさっさと行っとけ」


 トールスは厄介払いでもするような仕草をしながら、自分はレイフがいなくなって空いた座席にだらしなく横になりだした。


「パンを作ってない時のお父さん、いつもあんな感じなんだよ。そっくり」


 エクアはトールスに聞こえないようにつぶやき、悪戯っぽく笑った。

 二人が通路へ出ると、車両の前後から白衣官の視線が集まった。

 そのうちの一人が気難しい表情を浮かべて近づいてくる。


「お前たち、何をしている。部屋に戻れ」

「ちょっと散策しに行くだけ。気にしないで。身体が硬くなっちゃったら、いざっていう時に戦えないでしょ?」

「心配なくても、お前たちの出番はまだずいぶん先だ。こんなところに深層の眷属はでない」

「わかりませんよ? 深樹海を飛びだす種もいたりしますからね」

「少なくとも、私は見たことない。さぁ、早く―――」


 その時、客車の窓が激しく打ち鳴らされた。

 その場にいた全員が驚き視線を向ける。


「風……か?」

「いや、これはもしや、深層の眷属の仕業かもしれませんね。大変だ、見回りに行かないと」

「そうそう、見回り。ね、私たちは戦う役目なんだからさ。常に最前線に立たないと」

「お前たちなぁ……」


 白衣官は諦めたように大きなため息をつく。そして、一人の部下らしき白衣官を呼び寄せた。


「フィリス。羊が放牧されたいと云っている。お前が羊飼いだ。付き合ってやれ」

「は、放牧ですか……?」


 近づいてきたのは灰色の髪をした青年だった。どことなく白衣官らしくないユルさを感じさせる雰囲気をもった男性で、歳もレイフとさほど変わらないくらいの若さに見えた。


「レイフ・ブルーウィルです。なるべくお手間をとらせないようにしますので、どうぞよろしくお願いします」

「はぁ、そうですか。フィリス・クリミアです。どうも、こちらこそ」


 覇気がないの見本のような態度でフィリスは浅く頭をさげた。

 レイフとエクアは一瞬顔を見合わせる。

 彼女の顔には、見張りがこんなので大丈夫か、と疑問符が描かれていた。

 フィリスをくわえた三人は、さっそく前の車両へと移動し始めた。


「そういえばレイフ」

「ん、何?」

「深樹海を飛びだす深層の眷属って本当にいるの? もしかしてでまかせ?」

「いや、いるよ。ただ、観測事例はほとんど無い。キワ・イリスと同じく伝説に近い存在だから、出会おうと思って出会える存在じゃないよ。もちろん僕も見たことがない」

「ふぅん、その怪物、名前はなんて云うの」

「“リーフィーデプスドラゴン.”。幾重にもなる海草うみくさの翼を持つ、とても美しい翠色をした深層の眷属。深気の渦巻く風を操り、風と共に空を自由に飛び回るんだそうだよ」

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