第23話(過去)偽りの使徒

 また夢を見ている。

 それは懐かしくも古びた思い出。今はもう、現実でははっきりと思い出せない奥底にしまわれた記憶だ。


「ほら、右腕に意識を集中して。“近衛ガーズ”って唱えるんだよ」

「がーず?」


 街道の道ばた。周囲に人気ひとけは無く、見渡すかぎり道と森しかない。

 旅の途中、日課のようにして彼女は少年に対して意味不明なことを試させた。

 少年は云われた通りに繰り返すが、自身の身の回りには何の変化もない。


「うーん。もうちょっと調整が必要かな。認証が上手くいってない」


 少年に指導をしていた女性は、目を閉じて何かをぶつぶつとつぶやいている。


「ほら、繰り返して。私がいいって云うまでね」


 少年は疲れた表情を浮かべながらも云われた通りにその言葉を呪文のように繰り返した。


「うーん、一肢が欠落しているからと云って、そう簡単にゴーストを合わせることはできないか。名案だと思ったんだけど……。いっそのこと残りの三肢を……。いや、さすがにそれは不味いか」

「ねぇ、ベイスリー。何やってるの?」

「これはねー。神様を騙す準備をしてるの」

「かみさまをだます……?」

「そっ、君は本来、その腕を本当の意味では使えない。使う資格がないんだ。だから、使える人のゴーストの皮を借りて、こっそり使おうってわけ」

「ひとをだますのはわるいことだよ」


 少年は特に怒るでもなく、淡々と女性を叱った。

 彼と出会ってからまだ大した時間は経っていなかったが、最近では鋭く女性の不備を指摘したりと、今の境遇にも慣れてずいぶんとたくましく感じられるようになってきていた。女性はその変化を内心楽しんでいた。


「そうだね。でも神様はいーの」

「どうして?」

「だって、神様がこの世界を知識の霧で満たしたんだから。そして、人間にはそれを使う知恵がある。ま、深層の眷属にもあるんだけど。これは、どっちが上手く使えるかっていう競争なんだよ。ある意味ではね」

「よくわかんない……」

「使い方を間違えなければ、力は使っていいってことだよ。ほら、ぼーっとしてないでもう一回」


 少年は首をかしげながら、再びその言葉を繰り返した。


「がーず!」


 その時、右腕がロウソクの火よりも儚く、ほんのわずかに青白く瞬いた。


「おぉっ、これはっ」


 女性は喜色めいた声をあげる。

 直後、少年が何の前触れもなく地面に倒れた。

 受け身をとる素振りすら見せずに顔面から。


「うぇっ!? ちょっと、ちょっと!」


 女性は慌てて少年を助け起こす。

 まだ幼く普段はあどけない顔を見せている少年が、不気味なほど見事に白目をむいていた。

 地面に直撃したせいで鼻から流れだした鼻血が、その見た目のひどさを助長している。


「うそ、そんなに負荷高かった!? おーい、起きて、こんなところで死んじゃだめだよ。また一からやり直しになっちゃう」


 ぺしぺしと、少年の頬を叩くが起きる気配はない。

 口元に耳を近づけるが呼吸が止まっている。

 胸に手を当てると心臓の鼓動が止んでいた。


「やばっ、おい! 戻ってこーい!」


 女性は少年を地面に寝かせ、左胸部に両手を載せると強く圧をくわえ始める。何度も繰り返し、心臓の鼓動を再現するように。

 ぺきぺきと、肋骨が折れる音が聞こえた気がするが遠慮はしない。

 数十回繰り返したところで、ようやく少年が一度、二度とせきこんだ。

 それを見た女性は安堵に胸をなで下ろす。

 一方の少年は、苦しみと胸部の痛みからかうっすらと目を開けるのみだ。ただ、その視線はどこか恨みがましいものだった。

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