第27話 人さらい
食事を終えて一息ついていた頃。
避難民キャンプの奥の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「もう、また喧嘩してるー」
ため息をつきながら立ち上がったミレミラは、あっという間に人混みをすり抜けて走って行った。
「あ、ちょっと、ミレミラ!」
「いつもそうなのよ。ほっておけばいいって云ってるのに仲裁に行っちゃって」
「いやでも、危ないですよ。あんなちっちゃな子一人だけって」
「死にたくない人間は手を出さないわよ。みんな、あの子の力は知ってるんだから」
それは彼女の
「ちょっと様子を見てきます」
「あ、レイフ。ちょっと待って」
「なんだ、終わったと思ったらまた面倒ごとかぁ?」
駆けだしたレイフのあとをエクア達も追う。
小柄なミレミラとは異なり、人混みの中をかき分けて進むのは中々難しい。時間をかけてようやく騒動の渦中らしき群衆がレイフの視界に入った瞬間、二発の銃声がキャンプに響きわたった。
一息遅れて複数の悲鳴があがる。
「ちょっと、どいてください!」
レイフは意を決し、目の前の人たちを力ずくでかき分けてでも先を急ぐ。
そんな彼の正面から突如、三騎の馬が姿を現した。ぶつかる寸前のところをすれ違い駆け抜けていく。ふと、視界の端に見覚えのある衣服が映った。
「ミレミラ!?」
馬にまたがる男の脇に、小さな少女の姿があった。力なくうなだれ、動く様子はない。
レイフは慌てて引き返し、その馬を追いかける。
しかし、人混みをかき分けた直後、反対側から走ってきた人物と正面からぶつかってしまった。
「うおっ! なんだ、どうしたレイフ。急に……」
トールスの胸元に鼻先を思いっきりぶつけてふらついていたレイフを支えながら、困惑した様子でたずねる。
「トールス。さっきの馬はどこに行きました!?」
「馬? あぁ、えっと……」
すでにその姿は視界の届く範囲からは消えていた。おそらく表通りを駆け抜けていったのだろうが、石畳に出てしまえば足跡も判別はつかないだろう。
「どうしたんだ、そんなに焦って。何があった」
「ミレミラがさらわれました」
「マジかよ……」
トールスは空を仰ぎ見ながら額に手を当てる。
「ねぇ、どうするの。追いかける?」
エクアの言葉にレイフは考え込む。気持ちは焦り、すぐにでも走って追いかけたかった。しかし、馬と人では無茶もはなはだしい。
「それとも現場にいた人の話聞いとく? 犯人の素性とかがわかれば追いかけようがあるかも……」
「そうだね。エクアの云うとおりだ。まずは情報を集めよう」
レイフはうなずき、足早に騒ぎの渦中へと向かう。
野次馬らしき人々が円になっている。
その中心で一人のヒンガル人男性が血を流してうつ伏せに倒れていた。助けに駆けつけた人が呼びかけているがわずかにうめくばかりのようだ。
「どうしました。何があったんです」
「あんたらは配給所にいた……。さっきの奴らがコイツに因縁をつけ始めて。ところが、ミレミラが割って入った途端に今度はあの子に襲いかかったんだ。コイツはその時の争いで流れ弾に当たっちまった」
「ちょっと見せてください。エクア、配給所にいる案内役の白衣官たちに、今すぐ医療品と赤衣官の手配を頼んできて」
「わかった」
エクアは元来た道を駆けだしてゆく。
「おい、レイフ。お前、わかるのか」
「多少のことは。もちろん、外科手術とかは専門外です。トールス、とりあえずここは僕が見ます。その間に、ミレミラの件の聞き込みをお願いします」
「わかった。何か他にやることがあったらすぐに云ってくれ」
レイフは倒れた男性の血のにじんだ衣服を力尽くで引き裂く。銃創はひとつ。左脇腹、すみの方を前から後ろにかけて貫通している。
見た目の出血は派手だが、地面を見る限りではまだそれほど多くの血は流れてはいなさそうだった。
顔色は悪く息も荒いが、体温はまだそれほど下がっていない。
近くの地面に埋まった銃弾は綺麗な形でへしゃげており、体内に破片が散乱している心配は低そうである。
「脇腹の端っこです。この位置ならたぶん内臓は大丈夫でしょう。詳しくは専門家に見せないとわかりませんが、ひとまず止血をして救援がくるまでの時間を稼ぎます」
レイフの説明に、心配そうに見守っていた人々がうなずく。
「銃声は二発聞こえました。もう一発はどうなりました?」
「そっちは明後日の方向だったから誰にも当たってないはずだ。ミレミラが銃口を蹴っ飛ばしたから。でも、さっきの奴らは普通のチンピラの手口じゃなかった。大人一人くらいなら軽くあしらっちまうミレミラをあっという間に昏倒させてさらっていっちまった」
レイフの応急処置が終わった頃、ちょうどエクアが白衣官を連れて走ってきた。
「レイフ、とりあえずこの
「近くに赤衣区の診療所があります。ここに来てもらうよりはそちらに運んだ方が早いし確実でしょう」
エクアに連れられてきた白衣官が説明する。
「わかりました。ありがとうございます。すみません、運ぶのを手伝ってもらえますか?」
「あぁ、もちろんだ」
周囲にいた数人のヒンガル人男性が協力を申し出る。
レイフは彼らと協力し、急いでその負傷したヒンガル人男性を赤衣区の診療所へと運びこんだ。
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