第28話 花の導き
「さっきの奴らは、どうもこの辺りでマローター義勇団なんて名乗っている集団らしい」
怪我人を診療所に運びこんだ後、レイフたちは再び避難民キャンプのそばまで戻りトールスと合流していた。
「マローター義勇団?」
「マローターってのは、ヒンガルにある部族の一派みたいなもんらしい。今、ヒンガルで国を仕切ってる奴らと対立してて、政権転覆を狙ってるとかなんとか。まぁ、名前の背景はどうでもいいんだが、奴らはここ最近数週間くらいに姿を現して、クランツ・クランで活動を始めたらしい」
「こんな要塞都市で犯罪組織? そんなの上手くいくのかな」
「今のところは特にヒンガル人居住区の避難キャンプを中心に暴れ回っているのだと。配給物資の強奪、家財の窃盗、恐喝、乱闘、暴行騒ぎ。エグいのになると、婦女暴行や殺人なんかも数件あるようだな。だが、どうやら軍も教皇庁も口先では警らを強化するとは云ってるものの具体的な対策はほとんどとっていないらしい。一つは深層の眷属相手でそれどころではないという理由。ま、こっちは建前で、実際はもう一つの理由。犯行対象がヒンガル人に限られているってところだな。今のところは、だが」
「ヒンガル人の内輪もめには口出ししないってこと? ひどい話。ってか何か怪しいよね、絶対裏があるよ。実はその犯罪組織とつながってるとかさ」
「まぁ、あり得そうな話だが、そうなるとこっちの関係者であるミレミラが狙われた説明がつかない。この計画が周知されていなくてちんけな汚れ組織には伝わってないだけなのかもしれんが。そうであってもなぜミレミラが狙われたんだ、となる」
「じゃあ、個人的な恨みですかね。あのキャンプでは、どうやら面倒ごとをミレミラが追っ払っていたようですから」
「わからん。ま、そういう訳で、奴らのアジトなんかの詳しい情報はわかっていない。近くを歩いていた帝国軍の警らにも直接聞いてみたがダメだった」
「とりあえず、馬が走って行った方で聞き込みでもしてみる?」
エクアの提案で、レイフたちは周囲の聞き込みを始めた。
露天の店主。立ち話をしている婦人たち。警らの衛兵。
彼らの話からある程度の方角の検討まではついたものの、そこから先を知る人を見つけることができなくなった。
一方で、彼らの口から数多く聞こえてきたのが街の治安に対する不満だった。
要約すれば、最近避難民や脱走兵がこのクランツ・クランに大量に流れてきたせいで街の治安が悪化していること。その結果、単なる人さらい程度では街で目にしても気にすることすらないほど住民は荒み、疲れていること。
一見すればにぎやかな街並みも、皮一枚裏側を覗けば敗戦の余波が色濃くにじんでいるようだ。
「ごめん。私が余計なこと云わずにすぐに追いかけてたら、もっとちゃんとした情報が集められたかもしれなかったのに」
聞き込みの
「でも、僕らが駆けつけなかったらあのヒンガル人男性は助からなかったかもしれない。エクアの判断は間違ってないと僕は思うよ」
「それに、この街の住民もなかなか薄情なことを云ってやがるからな。聞くのが早かろうが遅かろうが変わんなかっただろうぜ。ま、こんな情勢だ。他人の不幸なんざ知ったことかって云いたい気持ちを否定はせんがね」
そう云ってトールスは肩をすくめる。
「しっかし、これからどうしようかね。しらみ潰しってのもこの広い街じゃ限界があるぞ……」
「そうですね。そろそろ、組織の力を借りた方がいいかも……」
レイフがつぶやいた時、横を通りかかった人がトールスの肩にぶつかった。
「おっと、すまねぇ」
トールスが謝ると、相手もわずかに頭をさげてすぐに立ち去っていく。灰色のローブを目深に被った、中身のよく分からない人物だった。
「あんな怪しげな連中がうろうろしてりゃ、そりゃあ元々住んでた住民も嫌気がさすだろう、な……」
そう云いながら、じっとその背中を見つめる。
「トールス、どうしました?」
「いや……、さっきのヤツ、どこかで見たような……。あっ、そうか、気動列車だ」
「乗客の方ですか」
「あぁ、出稼ぎ労働者風の若者がいたろ。ったく、一緒に酒飲んだ仲だってのに、無愛想なヤツだな」
「ふぅん。トールス、お酒飲んで面倒くさい絡みでもしたんじゃないの?」
「あんな上等な酒でそんな酔い方しねぇよ」
「でも、帝都で飲んでいた時も高いのを飲んでましたが
地面に落ちたそれを拾おうとしたレイフは、直前で手を止めた。
息をのみ、慎重にそれを拾い上げる。
それはしおりのような台紙に押し固められた花だった。
「何それ。押し花?」
「黄色い花、か。男が押し花ってのも珍しいな」
「トールス! さっきの人は!?」
「お、おぅ、いきなりどうした。あっちの通りを中に入っていったが……」
「追いましょう! 急いで!」
息巻くレイフに、トールスとエクアは
トールスが示したのは人通りのかなり少ない路地だった。レイフは周囲を注意深く観察する。ほんの一瞬、通りに並ぶ建物の間に灰色のローブのすそが見えた。それを追いかける。
「おい、待てよ! レイフ、なんだっていきなり走り出して」
「詳しくは云えません。ただ、今の僕たちは凄く運がいいってことです」
「はぁ?」
「
「ダメだ。全然わからん。エクア、通訳してくれ」
「トールスってバカ? さっきの人が道案内してくれてるってことでしょ」
「俺だってそれくらいはわかってるっつうの。なんでそう云いきれるのかって話だよ」
レイフは入り組んだ路地を駆け抜ける。どれも、普通の生活路だが比較的狭く人通りも少ない。くわえて、微妙な勾配や曲がり具合の道が多く、だんだんと方向感覚が失われていく。まるで迷路に迷いこんでいるような奇妙な感覚だった。
「トールス。さっきの押し花、なんていう名前か知ってる?」
「そんなもん、知るわけないだろ」
「あれはルドベキア。花言葉は公平、正義、それから“あなたを見つめている”ね」
「それで?」
「あ、これはダメなやつだね。ここまで云ってもわかんないってのはまずいよ。おじさんって云われても仕方ない」
「お前、いちいち腹立つなぁ……。わぁったよ、いい。自分で考える」
トールスがヘソを曲げたところで、レイフの足がようやく止まった。
「どうした、ゴールか?」
「いえ、見失いました」
「だめじゃねぇか!」
「そうとも云いきれないんじゃない。ここ、すっごい怪しい雰囲気だし」
目の前に広がるのは、ごくありふれたクランツ・クランの街並み、とはやや異なる。
前後の通りはゆるやかな傾斜とカーブで、どちらも先を見通すことができない。
建ち並ぶ家々は、全てが二階建て以上で背が高く、通りに影を落として薄暗い雰囲気をかもしだす。
何より、どの家にも通りに面した壁に窓がなかった。それこそが最も異質だと感じる原因だろう。
「おい、もしかして。ここら一帯全部、やつらの根城だなんて云わねぇよな」
「ちょっと待って。誰か出てきた。あの家」
エクアの声に、三人は慌てて近くの建物の影に身を隠す。
姿を見せたのは二人の男だった。
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