第31話 強襲

「いやぁ、ボス。さすがっすねぇ。あのガキ、今にも泣きそうでしたよ」

「そうか? まぁ、ちょっとは世の中の厳しさがわかっただろうよ。力がすべて。力のねぇヤツはただ喰われるのみの弱肉強食の世の中ってヤツをな」


 タング・ランクスが部屋を出て、彼らの乗る馬の足音が遠ざかった後。マローター義勇団を名乗る男たちは下品な笑い声を室内に響かせた。


「それにしても、このガキはどうします? ミレミラ・オーランドって云いましたっけ」

「ヒンガルの悪魔、クルクレア・オーランドの孫娘だとさ。本当かどうかは知らねぇがな」

武人階級クシャトリヤのくせに、修行で至高の業をおさめたって話のですか」

「昔話だがな。しかし、それが本当なら、このガキもそういう力があるはずだ。血筋ってのはかなり重要な要素だからな」

「それで、祖国の解放を目指すわけっすね」

「バーカ、んな面倒なことするかよ。力が手に入りさえすりゃ、裕福なこの国で好き放題するだけだ。さっきみたいな勘違いした金持ち共を利用してな」

「うーん、あの金持ちのボンボンは本当に俺たちがマローター族だって信じてたっすよ、絶対。帝国民を騙し通すなんて。ボス、顔に似合わぬ頭脳派っすねぇ」

「あまり褒めるなよ」


 男たちの間で再び笑いが沸き起こる。


「でもこの小娘、気が強そうっすよ。とても俺たちの云うことを聞きそうには見えませんが……」


 その言葉に賛同するかのように、ミレミラは布で口をふさがれたままうなり声を漏らした。


「なぁに、簡単な話だ。云うことを嫌でも聞くようにしたらいいだけの話よ。殺さない程度にな」

「やっぱ悪っすねぇ」

「犯した女の数を自慢していたお前には云われたくねぇよ。まぁ相手はガキだ。楽しむには熟し足りんが、腕や足を失ったところで力を使えなくなるわけじゃねぇだろ」


 ミレミラの抵抗が一層強くなる。拘束を逃れようと手足をよじる。


「オラッ、大人しくしやがれ」


 男の一人がミレミラの頭を蹴り飛ばす。

 床に倒れた反動で口をふさいでいた拘束が外れる。

 ミレミラは数度せき込んだ。口の中が切れたのか、小さな血しぶきが床に飛ぶ。しかし、そんなことに怯むこともなく彼女は男たちをにらみつけた。


「よくもやったなぁっ! おまえたちっ、ぜぇったいに殺してやるっ!!」


 男たちは目を丸くした後、どっ、と笑い声をあげた。


「この状況でまだ強がれるとは、いじめがいがありそうだぜ」


 そう云って、今度は腕を鳴らすように両手で拳を打った。

 ミレミラが身構える。

 その時、男の顔に何かが落ちてきた。運悪くそれが目に入り、思わず動きを止める。


「いてっ、なんだ。ゴミか?」


 パラパラと、天井から何かが降っていた。


「雨?」

「バカが。ここは屋内だろうが」

「いや待て、おい。あんなところ、穴なんて開いてたか?」


 男たちが見上げる視線。

 窓がない部屋。外光がない中でランプの火に照らされた薄暗い室内に、一筋の陽光が差していた。

 天井に、親指大ほどの穴が開いている。


「暴れたせいで天井が剥がれたのか? ったく、金持ち貴族のくせにボロ家をつかませやがって」


 そう吐き捨てながら、男は気を取り直したように肩を回す。

 対するミレミラは瞳の中で燃え盛る抵抗の意志をえさせてはいない。これほど小さな身体にどこからそんな闘志が湧き出てくるのかは男たちにもわからない。しかしそれでも、彼女は多勢に無勢。どうすることもできない。だから男たちは、安心して彼女を痛めつけることだけに集中できた。


「まずは、その生意気な鼻っ面をへし折ってやる!」


 男が拳に力を込め、振り下ろさんと頭上にかかげた。

 天井から降り注いだくずが、今度はその手に当たる。しかし、楽しみを邪魔されたくない男はそれを無視した。ため込んだ暴力を解放することにのみ意識を集中する。

 だから最後まで、周囲の男たちが驚きの声をあげたことも、その理由にも気づくことはなかった。

 直後、その男は頭上から落下してきた瓦礫がれきに押し潰された。

 破片と粉塵が周囲に舞い、周りの男たちは激しくせき込む。

 天井に、人一人が両手を広げてもゆうに通れるほどの大穴が空いていた。

 穴は、まるでふちを研磨でもされたかのように美しい円形をしていた。

 その大きさに天井の分厚さをかけた質量の瓦礫の下で、ミレミラに暴力を振り下ろそうとしていた男が下敷きになっていた。いや、彼にのしかかる質量には少年一人分の体重も含まれた。

 黒衣を身にまとった少年は、男たちがひるんでいる隙に右手で軽々とミレミラを抱き寄せた。そして、すばやく彼女を左腕で抱え直す。


「な、なんだてめぇはッ!」


 最も早く衝撃から回復したボス格の男が叫ぶ。しかし、相手の少年はそれに答えることはなく、ただにこりと微笑んでから彼らに背を向けた。そして、ただ一言云い放つ。


「“近衛ガーズ”!!」


 少年は右腕を床に向けて振り下ろした。その動作の意味を、見ていた彼らが理解することはない。

 全員が、同時に起きた事象に全ての意識を奪われた。

 天より神速で振り下ろされた巨大な何かが地に向かい、目の前を一瞬で通り過ぎた。

 足元を揺るがす轟音と振動。建物が激しく揺れ、今にも崩壊するかと思われた。

 視界一面を砂煙が覆う。

 やがて晴れた世界に残されたのは、壁の一切が消え失せた外の景色だった。

 男たちは一言足りとも発する余裕がなかった。ただ呆然と、目の前の光景を現実として受け入れることに努力を費やしていた。


「エクア!」


 少年が頭上に声をかけ、空いた右腕をかかげる。

 そこに、もう一人の人物。プラチナブロンドの長い髪をした少女が舞い降りる。

 少年はその身体つきでは想像もつかないほど軽々と、右腕一本で少女を受け止める。

 彼らの足元から、瓦礫の下敷きになった男が消え入りそうな最期のうめきを上げた。

 ミレミラを抱えた少年と地面に降り立ったプラチナブロンドの少女は、男たちを無視するように壁の消え失せた外の世界へと駆け出し、階下へと飛び降りた。


「な、な、なな、おまっ、なぁっ!?」


 ボス格の男は、意味のない叫びを上げた。

 目の前の一切を理解できずに本能のままにあげた声。

 しかし、それは彼の思考を目覚めさせるきっかけになる。


「お前ら! 奴らを追え!!」


 その叫びに、ただ目と口ばかりを開け放っていた義勇団の男たちは一斉に動きだした。

 天井に押し潰されて気を失った一人を除いて、男たちは元の盛んな血気を取り戻し、各々の武器を手に壁のなくなった外の世界へと駆けだした。

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