第4話 モテ期の乱とひとりじめ ④
「大きな力を持つ【魔女鉱石】にも、出来ないことはあるってことじゃ」
「それでアメジストは、何て言ってました?」
「大層がっかりしておったよ。奴、どうしてもアーシャと『恋人』になりたいらしいな」
恥ずかしくて、思わず頬を染める。しかし、それと同時に『うれしい』という気持ちも芽生えるのをアナスタシアは感じていた。
「それは出来ないんだって言ったのに……」
「でも、これで諦めるだろう? 【魔女鉱石】と魔女が恋人同士になるなんて、逆立ちしても無理だ……それに、絶対にそんな関係になってはいけない」
アナスタシアは小さく頷く。その様子を見たバルバラは……アナスタシアにバレないように、鋭い目つきで彼女を観察していた。
長く生きたバルバラが蓄えてきた知識の中に、確かに【魔女鉱石】が人間になる方法はない。ただ……【魔女鉱石】と魔女が、恋に落ちたという話は聞いたことがあった。その結末が幸せな物なら、こんな風に悩むアナスタシアとアメジストに助言をすることもできただろう。
しかし、この二人は恋に落ちてはならない。アナスタシアを守るため、絶対に。
「さて、アーシャ。授業で居眠りをしたそうだな」
「ひっ!」
「説教をしに来たわけではない。悩み事があるなら聞いてやろうと思ったんだ」
「悩み?」
「さしずめ、あの【魔女鉱石】のことだろう?」
アナスタシアは頷く。アメジストが誰かからラブレターを貰うたびに、胸がきゅっと軋むように痛くなる。その痛みが何なのか、バルバラならわかるかもしれないと口を開いた。
「それは……」
「バルバラ様でも、わかりませんか?」
それの名前は、きっとバルバラではなくても分かる。『独占欲』という、アメジストが求める『恋』に、いつか繋がる幼い感情。しかし、バルバラはそれを教えるわけにはいかない。言葉に迷いながら、ゆっくりと口を開く。
「自分の物を、勝手に使われて怒っているのではないか?」
「……え?」
「ほら、そういう事あるだろう? もとはと言えばあの【魔女鉱石】はアーシャの物なのに、他の子たちが勝手に自分の物にしようとしている。それにいら立っているんじゃろ?」
「そう、なんですかね……」
「違いない。皆に、あれがアーシャの【魔女鉱石】だという事を分からせたらきっと減るだろう」
「わからせるって、どうしたらいいんですか?」
バルバラは、アナスタシアの頭を優しく撫でた。
「それは、自分で考えてごらん」
「えー……そんなぁ」
「効果的な方法が、きっとあるじゃろう。」
アナスタシアは、バルバラが言っていた「効果的な方法」という言葉を繰り返す。バルバラはにっこり笑い、席を立つ。
「よく励み、よく勉強なさい、アーシャ」
「は、はい!」
アナスタシアは、その姿が見えなくなるまでバルバラを見送っていた。
教室掃除を終えて部屋に戻ると、アメジストはすでに戻ってきていて……ラブレターはうず高く積まれていて大きな山ができていた。中には同じ見習い魔女から十通以上来ている。
「アナスタシア、おかえり」
「……ただいま」
アメジストは暖炉の前に座って、何やら試行錯誤をしているようだ。
「何してるの?」
「暖炉、火つけて、アナスタシア」
「火?」
「昨日みたいに」
「……ああ」
怒りに任せて暖炉に火をつけて、ラブレターを大量に燃やした記憶がある。アメジストはきっとそのことを言っていて、彼も同じように届いたラブレターを燃やそうとしているのだ。中身を見ても、文字も読めない彼は何が書いてあるのか分からないのだろう。アナスタシアのもやもやも、ラブレターが増えるのに比例して大きくなっていく。
「……そうだ」
アナスタシアは、ぱっとひらめいた。バルバラが言っていた「効果的な方法」。アメジストが『男』でもなんでもなくって、ただのアナスタシアの【魔女鉱石】であると知らしめる方法。
アナスタシアはアメジストと一緒にラブレターをかき集めて、籠の中に入れていく。それを校庭まで運んでいった。その道すがらは、多くの見習い魔女たちが見ていた。
「よいしょっと」
籠を逆さにして、ラブレターを校庭に山積みにしていく。
「アナスタシア、どうしたの?」
「暖炉なんてみみっちいことしてないで、ここで一気に燃やしちゃおう」
「ここで?」
「そう」
二人が何をしているのか気になるのか、見習い魔女たちが窓から身を乗り出すように除きだす。アナスタシアは人が増えてきたのを確認して、アメジストに向かって腕を伸ばした。
「なに、アナスタシア」
「キスして、アメジスト」
アナスタシアの言葉ははっきりと、校庭に響く。校舎にいる見習い魔女達にも聞こえたようで、悲壮感に満ちた叫び声がちらほらと聞こえてきた。
「ほら、早く」
注目されて居たたまれなくなったアナスタシアは、アメジストを急かす。彼も、なぜアナスタシアがそんな風に口づけをねだっているのか理解できなかった。しかし、アナスタシアに求められて嬉しいという気持ちがふつふつとこみ上げてくる。
アメジストはアナスタシアの手を握り、自分の近くに引き寄せる。腰に腕を回して、彼自身も少しかがんで、目を閉じるアナスタシアの顔に近づいていく。唇が触れ合った時、校舎からは大きな叫び声が聞こえてきたが……アメジストには、アナスタシアの口から洩れる小さなため息しか耳に入らなかった。
唇を重ね、しっとりと吸い付く。アナスタシアの唇を柔らかく、啄むように食む。顔を少し傾けると、二人の唇はさっきよりも深く、ぴったりと張り付くようにつながっていた。
アメジストからのキスを受けながら、アナスタシアは指を鳴らした。そこから火の粉が飛び散り、手紙の山に引火する。次の瞬間、ゴウッと激しい音を立てながら積み重なったラブレターから火柱が上がった。その炎が、二人の口づけをくっきりと照らす。すすり泣くような声が聞こえ始めた頃、アナスタシアはアメジストから離れていった。
「これで良し」
「? なにが?」
「これでみんなが、あんたは私だけの物ってことがわかったでしょ?」
その言葉に、アメジストの心が大きく揺さぶられた。自分は、アナスタシアだけの物……そう繰り返すと、頬がほころんでいくのが分かる。
「俺、アナスタシアの物」
何度も何度も繰り返すと、アナスタシアも同じように頬を緩めていた。その笑顔は炎に照らされて、キラキラと輝いているようにアメジストの目には映っていた。
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